―どうしようもない心―
キャリーは俺の考えていることなど知らず、眉を寄せて俺に告げる。
「ブライト……あんたがユーヴェンさんに助ける役やらせてたからローリーがユーヴェンさんを好きになったんじゃないの?」
「は?」
キャリーの言葉に目を見開く。
俺に向かって盛大な溜め息を吐くとキャリーはそう思った理由を零す。
「そんなにブライトに甘えてるのにユーヴェンさんを好きになったとか……絶対そうに決まってるわ。毎回毎回ユーヴェンさんに助けられてたらそりゃ気になって好きになってもおかしくないでしょ。あんたは触らないとか変な一線引いてみたいだし」
キャリーの話が信じられなくて思わず目を泳がせる。
そんな事はないはずだ。だってローリーはかなり昔からユーヴェンを好きだった。
だから俺は首を振った。
「いや、俺……結構早くからローリーがユーヴェンを好きじゃねぇかって気づいてたぞ……」
ローリーは一年次から好きだった。それは……俺がずっと見ていたから知っている、想いだ。
キャリーは息を整えるように静かに息を吐いた。そして少し目を伏せる。
「……ブライトも聞いたんでしょうけど、あんたがローリーから距離を取った時、ローリーはあんたに嫌われたのかもって思ったって言ってたのよ」
「……ああ」
それは、聞いた。
ローリーを悲しませてしまった、苦い記憶。それでも、言ってくれたからいいと笑ってくれたローリーがとても愛しくて堪らなくなった。
キャリーは目を伏せたまま続ける。
「……そうやって…………嫌われてるって少しでも思い込んだら、なかなかその意識って消えてくれないのよ。だからローリーも嫌われてないってわかってからもあんたに対して甘えてはいても一線は引いたんだと思うわ。傷心の所にユーヴェンさんが変わりなく接してくて……助けてくれた。だから……ユーヴェンさんに惹かれたんでしょうね」
「……」
その話に沈黙する。
言われるとそうなのかもしれないと思ったからだ。
――俺があんな事をしてなけりゃ……ローリーはユーヴェンを好きにならなかったって……言うのか……。
思わずぐしゃりと自分の髪を掴む。
ローリーがユーヴェンを好きだった事が悔しくて堪らなかったのに、そう仕向けてしまったのが自分自身だなんて話はかなり堪える。
キャリーはそんな俺を見て短く息を吐く。
「まあローリーが今は幸せそうだし、今はあんたはっきりと自分の気持ちを口にしてるみたいだから何も言うことないわよ。それに今知った話自体があんたにとっては罰だろうし。またローリーをそんな風に悲しませたら承知しないけど」
そう言って鋭く俺を見た。
キャリーは昔とはいえローリーにそんな思いをさせた俺が許せなかったようだ。
――やっぱ、キャリーはローリーのいい友達だな。
ローリーを思ってのキャリーの言葉に、俺は深く頷いた。
「おう、わかった。ローリーを悲しませる真似は絶対しねぇ」
「その言葉、信じるわよ」
「ああ。ありがとな、キャリー」
俺の言葉にキャリーは口端をふっと上げて笑った。
そんなキャリーにさっきの話で思った事を伝えておく。
「…………キャリー、カインはお前を嫌いだったわけじゃねぇぞ」
「!!……いきなりなによ、わかってるわよそんな事」
琥珀色の目を大きく見開いたキャリーは噛みつくように返してきた。
「そうか、そうだよな。まあ、なんとなく……カインはキャリーの事を大事に思ってるって話をしとこうと思っただけだ」
キャリーは俺の言葉に、ぐっと眉を寄せて黙り込んだ。
キャリーの話を聞いて思ったのだ。もしかしたらキャリーも『嫌われている』という意識が残っているのかもしれないと。
数年に渡ってのカインの暴挙の所為でなかなかすぐ消えるものではないかもしれないが、他人から話を聞くことで楽になる事はあるだろう。
ローリーもユーヴェンから俺が気にし過ぎなだけだと聞いていた。それでも不安は消えなかったと言っていたが、多少は慰めになったのではないかと思う。
…………それもローリーがユーヴェンを好きになった一因かもしれないと考えると過去の自分に苛立つ。
――あー……!……でもローリーがこんなに甘えてくれんの、あん時俺が話を聞いたからかもしんねぇし……今すっげぇ可愛いし……告白した時もすっげぇ可愛かったから……なんとも言えねぇ……!
ローリーがハブられていた事をあってよかったと言ったのを思い出す。
確かにローリーの言う通り、あの出来事がなかったら俺達の関係性は今と同じではなかっただろう。
その事を考えると、過去の全てが繫がって今があるのだと考えられる。……まあ、それでもどうしようもなく許せない事はあるんだが。
キャリーは暫く黙り込んだ後、睨むように俺を見た。
「……なんなのよ、それ……。……幼馴染なんだからそれくらいは当たり前でしょ……。ちょっとカインが女性を苦手に思ってたから変な風になってただけよ……」
「はは、そうだな」
苦々しく言ってきたキャリーになんだか笑ってしまった。
――カインは女性が苦手っていうわけじゃなくて、ただキャリーが好きでおかしくなってたんだよなぁ。
流石にそれは言えない。
笑っている俺にキャリーはすっと目を細めた。
「…………ローリー、あんたに抵抗なく抱き着きそうなくらいに甘えてるわよね」
「ごほっ」
動揺して思わず咳き込むと、キャリーはにっと笑った。
「あら、図星ね。昼間二人だけ残ってた時にローリーが抱き着いてきたってとこかしら」
「な、なんでわかってんだよ……!?」
狼狽えながらキャリーを苦々しい顔で見返すと、キャリーは首を傾けて話し出した。
「んー……この前ローリーを抱き締めたらいいんじゃない、って助言はしたし……。だからたぶんブライトがするとしたら額にキスとか抱き締めるぐらいだと思ったけれど、それじゃあ私に注意してくれとはならないと思うのよね。そうしたらローリーからしてくる事に限定されるけど……あんたがローリーに注意しにくいって事は抱き着いてくるくらいかなと思ったのよ」
「ぐっ……み、見事な推理だな……!」
「ほんとはほぼ勘だけど」
「勘かよ!」
思わずダンっと拳を地面に打ちつける。勘で当てられたのが悔しい。
キャリーは楽しそうに笑いながら飲み物をぐいっと飲んでから零す。
「なるほどねー。だから警戒心が薄過ぎる、なのね」
「わ、わかったなら注意してくれ!」
「あんたローリーに少しは言ったって言ってたけど、何を言ったの?」
俺の切実な頼みに少し考えるようにキャリーは聞いてくる。
顔を俯かせながら言った事を答える。
「…………こ、コートとかなしで抱き着かれると……さ、触りたいって考えちまうって……ことは、言った……」
「意外とはっきり言ってるわね……」
「はっきり言わねぇと気づかねぇかと思って……」
驚いたように目を瞬かせたキャリーは、俺の返しを聞いて頷いた。
「なるほど……。……それ、ローリーわかってるんじゃないかしら?たぶんあんたが鎖帷子着てるから問題ないって判断したんじゃない?」
「はあ!?いや……だからってな!?」
――わかってる!?嘘だろ!?あれで!?
俺が鎖帷子を着てるから問題ないなんて判断は降さないでほしい。ぐっと眉を寄せて顔を顰める。
キャリーは肩を竦めた。
「だってローリー、多少はわかってたもの。ただブライトに対してだけかなり無防備なだけで。やめさせるの無理ねー。あんた言えるの?『胸が自分にぴったりくっついてるのを見るだけでもやばい』って」
「あー!!キャリーはっきり言うんじゃねぇよ!!」
キャリーの言葉を遮るように叫ぶ。なんていうことをはっきり言ってくるのだ。
――ぐっ……!俺が悩んでる事まで当てられるとかなんなんだ!
「それを言ってもいいならローリーに言ってあげるけど」
ぐっと眉を思いっきり寄せる。
――そんなことを……ローリーが知るのはどうなんだ……?
……正直知ってほしくない。
キャリーは迷っている俺をジト目で見ている。
「でも私も可愛くって純粋なローリーに男の欲の事なんてあんまり教えたくないのよね……。どうせ何もしないんだから我慢しなさいよ」
「ぐ……」
その言葉に思わず呻く。
――確かに俺はローリーに許可得ずに触るとか絶対しねぇが……!
しかしどうしたってちょっとそういう事を考えてしまうのだ。その事をローリーに申し訳なく思う。
キャリーは難しい顔をしたままの俺を見てからパンッと手を叩いた。
「はい、決まりね。頑張って可愛くって無防備なローリーに耐えなさい」
「くっそ……!」
また地面に拳を打ちつける。俺が耐えるしかないのはもうどうしようもないらしい。
――耐えるけどな!当たり前に耐えるけどな!
しかし少しでも考えしまうのを減らしたかったのだ。……結局できなかったが。
俺はとても大きな溜め息を吐いた。
読んで頂きありがとうございます。
更新が遅くなってすみません。
これからも読んでもらえると嬉しいです。




