友人の秘めた心
あの後すぐ家に着いた。苦笑いしていたユーヴェンを二人で見送った後、家に入ってからカリナは宣言した通り私をソファーに座らせてハーブティーを入れてくれた。
そしてカリナも隣に座るとにっこりと笑って言った。
「ローリー、今度スカーレットを問い詰めようね?」
「え……?」
カリナの言葉に目を丸くする。
「ふふふ、ローリーも気づいたでしょ?」
可愛らしい笑顔のカリナが言っている意味に気づく。
たぶんこれは……フューリーさんに対するスカーレットの態度の話だ。
スカーレットは昼間、フューリーさんと距離が空いたのは『四年次』だと言っていたのだ。
その発言をする前にも少し違和感もあった。違和感からの推測に、スカーレットの言葉は裏付けを与えた。
――スカーレット、仲が良かった男子に彼女ができて、距離が空いたの『四年次から』って言ってたもの……。
フューリーさんに彼女がいたとわかって、その後にスカーレットの距離が空いたのは四年次からという発言だ。
たぶんフューリーさんに相当怒っていたから自分の発言にそれ程注意を向けていなかったのかもしれない。
――あれは売り言葉に買い言葉で出た感じだったもの……。
だからきっと……スカーレットの二度目の恋の相手は、フューリーさん、なのだろう。
思えばスカーレットはフューリーさんと仲直りできたのがとても嬉しそうだったし、雑な扱いだけどフューリーさんにとても心を許しているようだった。
それはきっと、昔馴染みだから、というだけではなかったんだろう。
ちらりと深い笑みを湛えるカリナを見る。
「……その……スカーレットが言ってくれるまで待たないの……?」
スカーレットが言わないなら黙っているべきなのかと思っていたけれど、カリナは違う考えらしい。
カリナは頬を膨らませる。
「だってスカーレット、私達には頑張ってね、って言ってたのに自分は頑張る気なさそうだったよ?」
それに首を傾げる。
「え……?そう……かしら……?魔導グローブに術式入れるって……言ってたし……」
あれはもしかしたらスカーレットも入れたかったのかもと思った。
そうだとしたらスカーレットも頑張っているのでは、と思っていたのだ。……きっかけはアリオンよりも下手な魔術式だったけれど。
カリナは首を振る。
「ローリーみたく無事を祈りたいから剣帯に刺繍したいって言ってないから駄目だよ。みんなフューリーさんが雑だから術式を入れるんだって納得してたでしょ?フューリーさん自身もそう思ってた」
「……カリナ……わざわざ剣帯の事まで言わなくてもいいわ……」
カリナの言葉に恥ずかしくなって口を尖らせる。
カリナは楽しそうに笑った。
「ふふ、わかった。スカーレットね、怒って口を滑らすまで私達に悟らせないようにしてたでしょ?だからスカーレットは私達に知られたくなかったってことなの。それはたぶん、頑張ろうと思ってないからだよ?」
「恥ずかしかっただけではなくて……?」
カリナは目を伏せながら答える。
「それも多少はあるのかもしれないけど……。……スカーレットね、フューリーさんに突っ掛かられるようになった事……基本的に怒ってはいたけど……時々悲しそうな目をしてたの……。だからね、たぶんスカーレットは……フューリーさんの事、諦めちゃってるんだと思うんだ……」
辛そうな顔をしたカリナの背中を撫でる。
「……そうよね。スカーレットからすると急に突っ掛かられてたんだものね……。スカーレット……嫌われてると思ってたのかしら……」
それは……とても辛いと思う。
――好きな人に……嫌われた、って考えないといけないなんて……悲しいもの……。
アリオンに嫌われたら、とそんな事を考えるだけでも息が詰まって苦しい。
なのにスカーレットは、フューリーさんの態度のせいで本当に嫌われたと考えたのだ。
……やはりフューリーさんは許しされざることをした。制裁はかなり重くするべきだろう。
カリナは少し顔を上げて続ける。
「……スカーレットこの前、フューリーさんと仲直りしてくれた報告をした時にね…………フューリーさんはきっと女性が苦手になってて私にああしてたのかもしれないって……少し安心したように言ってたの……」
「え」
それに目をパチクリとさせる。
たぶん嫌われていたと思っていたのにそうじゃなくて安心したのだろうけど……なぜ女性が苦手、という結論になったのだろうか。
「スカーレット……どうしてそう思ったかは言ってくれなかったけど……ローリーの話を聞いた限りじゃ違うよね……?」
苦く笑ったカリナに頷く。
「ええ……。たぶんそんな事ないと思うわよ……?」
「だよね……。私達とも普通に話してたし……」
カリナは腕を組んで首を傾げた。
どうしてスカーレットがそう思ったのか不思議なのだろう。
「んー……まあスカーレットからすると…………フューリーさんの行動ってどう見えてたのかしら……?」
スカーレットがどう考えたのかを考えてみる。
そしてスカーレットとフューリーさんのやり取りを初めて見た時の事を思い出して……ハッと思い当たる。
「あ、そういえば……スカーレットがフューリーさんの胸ぐらを掴んだ時、フューリーさん顔を真っ赤にして目をぎゅっと瞑っていたわ……。それに必死に距離をとろうとしてた……」
あれはスカーレットからすると、フューリーさんは女性が苦手だから必死に距離をとろうとして、顔が真っ赤になったのも女性が苦手だから、と思ったのかもしれない。目を瞑ったのも女性であるスカーレットを近くで見ないようにする為と解釈できるような気がする。
だってスカーレットはきっと、フューリーさんが自分を好きではないと……むしろ嫌いなんじゃないかと思っていたのだから。
あの出来事はスカーレットにとっても光明だったのかもしれない。もしフューリーさんが女性を苦手だっただけなのなら……自分が嫌われていた訳じゃないときっと安心しただろう。
――……あれ?でもスカーレット舌打ちしてたわ……。なんで……?
舌打ちはなんだったのだろうと考えていると、カリナが不思議そうに聞いてきた。
「そんな事あったの?」
「ええ。実は……スカーレットが言ってた変な休憩があったじゃない?私あの時アリオンと一緒にスカーレットとフューリーさんのやり取りを目撃しちゃったのよ……。スカーレットには言えなかったんだけど……」
「そうなんだ……」
目をパチクリとさせながら聞くカリナに、私は更に説明する。
「フューリーさんがスカーレットにアリオンと普通になったのなんでか聞いてたのよ。アリオンと一緒だったから見つからない方がいいと思って二人から隠れちゃって……それでそのやり取りを見ちゃったの。しかもね、スカーレットがアリオンの事を好きじゃないって言って去った後、フューリーさんがとても嬉しそうに『好きでは、ないか』なんて呟いちゃったの聞いちゃって……スカーレットにも言えなくなったのよ」
困ったように笑いながら言うと、カリナも同じように笑う。
「そっかぁ。それは確かに……言いづらくなるね」
「ええ……。ふふ、でもスカーレットとフューリーさんにバレないようにアリオンと一緒に柱の陰に隠れたのちょっと楽しかったわ」
そう言って……ふと思い出す。
――……私……アリオンの胸に……ぴったりとくっついてた、わね……。
あの時は見つかっちゃいけないと思って、アリオンをぐいぐいと引っ張りながら柱の陰に隠れた。柱の陰は狭かったから、アリオンの胸にぴったりとくっつきながらスカーレット達をじっと見ていた。
……思い出すと今更ながら恥ずかしくなってきてしまう。
――い、意識してなかったとはいえ……私ってばアリオンと距離近すぎよ……!
アリオンが兄みたいだったからか、アリオンの側に寄るのは当たり前で普通だった。
アリオンから私に触れる事はなかったけれど、アリオンは私が袖や裾を掴んでも許してくれるし、人混みの中ではむしろ持っているように言われていたのだ。
だから近寄るのにも抵抗はなかったし……アリオンはいつも少し前を歩いてくれていたから、私がアリオンの後ろから顔を出すのは日常の一部と化していた。
それであの時も同じような感覚でアリオンの胸にくっついたのだ。
アリオンはあの時少し慌てたようにしていたし、前に私が意識もしてないからか距離が近かったと言っていた。
でも今はあの時よりもっと距離が近くなって、頭を撫でて、抱き締めて……それでキスも……。
――はっ!思考が脱線してたわ……!
ぽおっとしていたところにカリナの楽しそうな声が掛かる。
「ローリー真っ赤だね」
「え!?」
「柱の陰にどんな感じで隠れたの?」
にっこりと笑ったカリナにふいっと顔を逸らしながら答える。
「ふ、ふつーに隠れたわよ!?ふつーに!」
「ふふふ、そっかぁ」
楽しそうに笑っているカリナに頬を膨らませる。
――もうっ!カリナってば意地悪なんだから……!
またユーヴェンの事でからかって可愛いところを見てやろうと決意した。
また更新が遅くなってすみません。
読んで頂いているのとても嬉しいです。
これからもよろしくお願いします。




