甘くしたコーヒー
また私の隣に座るアリオンをちらっと見てお礼を言うと、優しく笑ってくれた。
ドキドキしたのを誤魔化すように、アリオンがもらってきてくれたミルクを入れる為、水筒の蓋に手をかけて……途中で止まる。
――……先にコーヒー減らさなきゃ、なのよね……。
まだいっぱい入ってしまっている。ミルクが入る余地はあまりない。……やっぱり苦くてそんなに飲めなかったのだ。
――考えていなかったわね……。……とりあえず砂糖とミルクを入れて、飲んで……またミルクを入れてって……しようかしら……。
悩んでいる私が水筒を眺めていると、アリオンが声を掛けてくる。
「コーヒー減ってねぇなら俺がもう少し飲むか?」
「!!」
その言葉に驚いてアリオンの方にバッと向いてしまった。
――はっ!まずいわ!これじゃ意識しているのがバレバレじゃない……!
またアリオンが飲むとなったら……間接キス……を……カリナ達に見せる事になってしまう。
――な、なんでこんなに恥ずかしいのかしら……!?
もうアリオンの唇の感触を知っているからだろうか。額や手に触れた、柔らかい……。
――ひゃああ!私ってばなんで今アリオンの唇の感触を思い出しちゃったの……!?
もう平常心でいられる気がしない。思わず顔を隠すように下を向いた。
「ん?どうした?」
アリオンが私の様子を不思議そうに覗いてくる。
どうしようと考えているとカリナが申し訳なさそうに声を上げた。
「ごめんなさい、ブライトさん。私がさっき……その……ローリーとブライトさんが一緒の水筒を気にせずに飲んでるのに驚いちゃって……。みんなこんな感じに……」
その言葉に周りを見渡すと苦く笑っている。
「ああ……なるほど」
アリオンは納得したように笑って頷く。
――よ、よかったわ……!今更意識しちゃった事がバレなくて……!
今更意識したと知られてしまったら恥ずかしい。
――……あ、アリオンは……可愛いとか……言ってくれそうな気も……するんだけど……。
それどころかアリオンも顔を赤くしてくれたりするだろうか。……それはちょっと見てみたい気もする。
でも周りにバレたら……特にユーヴェンとシオンにバレたら恥ずかしい。
「もうわかったんだよ?友達感覚でやってたんだなって……。私もスカーレットとよくやってたし……。ブライトさんは注意してたみたいだけど」
カリナの笑いながら言った言葉に肩を縮める。
それにアリオンがおかしそうに笑った。
「はは。俺も最初は気にしてたんだけどな……。ローリーもユーヴェンも気にしねぇから慣れちまったんだよ。ローリーなんかリックさんにバレなければ大丈夫って言って俺の説教無視してな。しかも説教直後にところでそれちょうだいって言ってきたもんな、お前」
にっと意地悪気に言ってきたアリオンにバツが悪くなって目を逸らしながら謝る。
「う……ご、ごめんなさい……」
「お、反省してんな。流石にメーベルさんに言われて気にしたか。今まで気にしてなかったのにな」
楽しそうに笑っているアリオンにむっと眉を寄せた。流石にカリナに言われたら気にするに決まっている。
私がむっとしていてもアリオンの灰褐色の瞳は優しくて、なんだか胸が苦しくなってきた。
アリオンへの気持ちを言葉に出したくて……でも出せなくて。せめて、と心の中で唱えてみようとした。
――……あ、アリオン……かっこよくて……優しくって……す、す、す、す…………!
…………駄目だ。心の中でも目の前だと言えない。
「…………だって……アリオンが買ってた食べ物美味しそうに見えたんだもの……」
私は項垂れながらアリオンにそう返す。アリオンは楽しそうに笑っていた。
――……まだまだ……早いのね……。
なんだか残念な気持ちが胸に湧く。でもみんなの前では言える訳でもないから仕方ない。
「ふふふ、ローリーってば」
「ふふ、可愛いわね」
カリナとスカーレットにそう言われて目を彷徨わせる。
「うう……」
少し恥ずかしくなってきてしまった。……ちらっと見たらユーヴェンもシオンも……フューリーさんまで呆れたような微笑ましいような顔をしている。
恥ずかしくてアリオンの方へと向き直すと手を差し出される。それに目をパチクリとさせるとアリオンはふっと笑った。
「まあ水筒貸せ。もう少し減らさねぇとミルク入んねぇんだろ?」
アリオンの催促に目を逸らす。
「……やっぱり苦いなって思ったのよ……」
なんだかこの流れで差し出すのは恥ずかしいのだけれど、たぶん差し出さないと終わらないだろう。
少しでも引き延ばそうと言い訳すると、呆れたように言われる。
「だろうな。ちびちび飲んでちゃ減らねぇよ」
「むー……」
アリオンの言い様に頬を膨らませるが、アリオンはずっと手を差し出したままだ。
「ほら、ローリー。出せ。ブラック飲んでやっから」
そうまで言われては仕方ない。ブラックは苦手だし……別にアリオンと……間接キス……が、嫌な訳ではないのだから。
「……わかったわよぅ……」
水筒をアリオンへと差し出す。
「ん、よし」
そう言って受け取ったアリオンが蓋を取って水筒へと口をつけた。
――はう……!わ、私……今から……か、間接的に……あ、アリオンの唇に……き、キスしちゃう……!
さっきも同じ事をされたのに、なんだかもう耐えきれない気分になってきた。
アリオンがブラックのコーヒーをコクコクと飲んでいく様はなんだかかっこよく見えて少し困る。
――アリオンのする行動……全部かっこよく思えちゃうわ……!
そうして見つめているといい具合まで飲んだのか、水筒からアリオンは唇を離した。少し濡れた唇をアリオンは軽く親指で拭う。
その仕草に色気を感じてしまうのは私が意識し過ぎなんだろうか。
「ローリー、こんぐらい減ってたらいいか?」
アリオンが水筒を見せてくれる。……なんだかそれにもドキドキしてしまう。
落ち着こうと思って水筒の中を覗く。ちょうどいいくらいまで減っている。
「ええ、大丈夫」
「ん。じゃあミルクと砂糖入れろ」
「わかったわ」
言われた通りミルクと砂糖をたっぷり入れていく。湯気がたっていて温かそうだ。
――……これで甘くはできたけど……の、飲む、の……?
アリオンの方に視線を向けると、アリオンは微笑みながら首を傾けた。どうした?といういつもの優しい声が聞こえてきそうだ。
軽く首を振ってなんでもないと示す。たぶん飲まないと変に思われるし、折角アリオンがもらってきてくれたのだ。すぐに飲んで感謝を少しでも伝えたい。
一度息を吸ってから、思い切って水筒に口をつける。
――ひゃああ!か、間接的に……口同士で……き、キスしちゃったわ……!
心の中はとてつもない大騒ぎだ。心臓も周りに聞こえないか心配なくらいにバクバク鳴っている。
でも止めたら不審に思われるので口をつけた勢いでそのままコーヒーを飲んでいく。
少し飲んだら唇を離す。なんだかもう頭がクラクラしている気がする。顔は赤くなっていないだろうか。
とりあえずアリオンに伝えたい事を言う為に口を開いた。
「甘くて美味しい。アリオン、ありがと。助かったわ」
「おう、どういたしまして」
嬉しそうに笑ったアリオンに心の奥がきゅうっと鳴いた。
……本当はコーヒーの味なんてわからないくらいに気が動転しながら飲んだのだけれど。
まあ私が普通に飲めたから甘くなっていたのは確かなはずだ。
柔らかく笑うアリオンの笑顔がとても眩しく思えた。




