―旧友のすれ違い―
「今はアリオン、ローリーの事をリックさんからほんと任されてるよな……。ローリーに寝ればいいって言ったのだって、たぶんお前がいるからだろ?」
……確かにローリーの寝顔を俺が他の人に見せないとわかっているからなのだろう。
「……まあ、信用されてんのは……嬉しいよ」
感心したようなユーヴェンの言葉に、首を掻きながら頷く。
――リックさん……俺の事結構信じてくれてるみたいなんだよな……。
メーベル医務官の事をまさかリックさんから詳しく教えてもらえるなど思っていなかった。
だからできるだけ力になりたいと思っている。
「ローリーもだいぶアリオンの事意識してるみたいだしなー。昨日も色々聞いちゃったんだよ」
楽しそうに笑うユーヴェンの言葉は気になって眉を寄せる。
「……何を聞いたんだよ?」
ローリーの様子はなんでも知りたいと思ってしまう。特にユーヴェンが知っているなら俺も知りたい。
「ローリーの色変え魔法の魔道具がさー」
ユーヴェンの話に目を瞬かせる。
――なんだ、橙色にしたって話か?それなら俺聞いてんだけどな……。
あの時橙色が俺の髪色っぽいからと指定したローリーは可愛かった、なんて思いながら知っている情報を言おうとしているユーヴェンを見ていると、メーベルさんが口を開いたり閉じたりしていた。
「…………ゆ……ゆ……ゆ、ゆ……」
「カリナ……大丈夫?」
キャリーがそんなメーベルさんを心配そうに見ている。
「アリオンの橙色に近い茶髪と全くおんなじ色合いだったんだよ」
「……え?」
笑いながら言ったユーヴェンに目を見開く。ローリーから橙色にしたとは聞いていたけれど、そんな色にしたとは聞いていない。
「俺がなんとなく聞いたらなんでそういう事に目敏いんだって怒られてさ、わざわざその色に指定したっぽくって」
「ゆ、ユーヴェン……!」
「!!」
「ちょ、ちょっと黙ろう、ね?」
「は、はい……すみません……」
しどろもどろなメーベルさんに呼び捨てにされたユーヴェンは顔を赤くして小さくなっている。俺はユーヴェンからもたらされた情報に片手で顔を覆った。
色の細かい指定は少し値段が高くなるはずだが、わざわざ俺の髪色を指定して……昨日も今日も魔導メガネでその色に変えていたと言うのか、ローリーは。
――橙色にしたってだけでもやばかったのに……!
まさか細かい色指定までしているとは思わなかった。ローリーは魔道具を事件が終わったら持ち歩かなくなるからと値段を気にしていたはずだが、その色指定はどうしてもしたかったと受け取ってもいいんだろうか。
――ローリーが可愛過ぎる……!
ローリーの可愛さに悶えてしまって、俺は机の上にそのまま伏せた。
「おーい、アリオンー。お前撃沈すんなよー」
シオンからそんな言葉が飛んでくる。
「……うっせえ……」
ローリーのこんなに可愛い行動を聞いて悶えられずにいられるか。
「ふにゅ……」
すぐ近くで聞こえてきたローリーの声にピクッと反応する。
しまった、ローリーが隣で寝ているのだ。同じ机に伏せれば音がよく聞こえてしまうに決まっている。
「ふひゅー……」
――ぐっ……!寝息までかっわいい……!!
本で顔を隠しているので横から寝顔は見れないが、寝息を近くで聞いているだけでもやばい。
俺はがばっと起き上がって頭を振った。
「なあ……カイン、俺泣いてもいいかなぁ……」
「は?お前いきなり何を言い始めるんだ?」
突然言い出したシオンをカインが訝しげに見る。俺もそちらに目を向けた。
「だって……みんないちゃいちゃしてんのに……俺……俺はメリアと別れて……!」
――い、いちゃいちゃ……!?
俺がシオンの言葉に驚いている間にシオンは目を潤ませはじめた。
「お、おいケープ、泣くな!」
「ケープじゃなくてシオンでいいよー……」
シオンは泣いているくせに意外と冷静にツッコミを入れている。
「わかったから、シオン。お前その……えーと……メリア・ゴートさんに落ち着いたら会いに行くって言ってたじゃねぇか。覚悟決めたんじゃなかったのか?」
「俺……メリアに振られたんだぞ……。そんな俺が……会いに行っても……メリア困るだけなんじゃないのか……」
「おい、シオン……。ローリーが言ってただろ、会いに行けって」
ゴート嬢と仲の良いローリーが会いに行けと言っているのだ。それはゴート嬢もシオンの事を気にしているからに他ならないだろう。
ローリーはゴート嬢が嫌がっていたらたぶん二度と会うなと宣言するはずである。
「でも……俺メリアに……もうシオンなんて知らない!もう別れる!って言われたんだ……」
「「え?」」
「「は?」」
シオンがぐずりながら言った言葉にユーヴェン以外の驚きの声が重なった。
……それはどう聞いても喧嘩がヒートアップした末の言葉ではないだろうか。本心から言ったとは思えない。
――シオン、別れるって言われたとしか言ってなかったが……。
「今まで喧嘩はしても……そんな事……言われた事なかったのに……」
シオンはゴート嬢と喧嘩しながらも仲が良かったのだ。確かに喧嘩中にそんな事を言われたのは初めてだったのだろう。
――どう聞いてもすれ違ってんな、これ……!
たぶんローリーも詳しくは聞けていなかったのだろう。聞いていたらゴート嬢を引きずって連れてきていそうだ。
――別れ話なんて繊細な話だから……言いそうになかったら詳しく聞かねぇもんな……。
「ちょっとケープ、あんたそれで別れるのに頷いたの?」
キャリーがまずシオンに詰める。
「だって……あんなの言われたの初めてで……俺の事……嫌いになったんだって……」
落ち込みながら言うシオンにメーベルさんが困ったように言う。
「うーん……。ケープさん、たぶん……ゴートさん本心から言ったんじゃないと思うよ?」
「え……?」
「売り言葉に買い言葉って感じで言っちゃったんじゃないかな?喧嘩中に言われたんでしょ?たぶん言っちゃった事、すごく後悔してると思う……」
「そうよね……。それでケープが本当に別れちゃったから、自分はもう嫌われたんだって思ってそうよね……」
メーベルさんとキャリーの言葉にシオンは首を思いっ切り振る。
「メリアを嫌うなんてそんな事あるわけない!」
「でもそれはゴートさんからはわからないから……。ケープさんが別れるって言っちゃう程、酷い事を言って嫌われたって……思ってるんじゃないかな……」
「あんた別れてから会いに行ってないんでしょ?たぶんゴート嬢はもうケープの気持ちが自分にないんだって思ってるわよ」
シオンは二人の言葉に目を丸くする。
これはちょうどよかったかもしれない。
ゴート嬢と仲の良いローリーが言ったらそれはほとんどゴート嬢の気持ちになってしまうから、ローリーもなかなか言えなかったんだろう。ローリーも全部聞いてる訳ではなかったようだし。
その点メーベルさんもキャリーもゴート嬢を直接は知らないから、その分推測をそのままシオンにぶつけられるのだ。
「そ、そんな……!お、俺メリアに会いに行かなきゃ……!メリアを嫌ってなんかないってわかってもらわないと……!」
青褪めているシオンはもう泣いていない。シオンはゴート嬢が自分を嫌うよりも、自分がゴート嬢を好きだと分かってもらいたいらしい。それでこそシオンだと思う。
「そうよ。めそめそせずに会いに行きなさい」
「たぶんゴートさん、ケープさんに嫌われてるって思って……すぐに会ってくれないかもだけど、そこは諦めたら駄目だと思う」
キャリーとメーベルさんがシオンにそう言葉を掛けている。
「わかった……!俺頑張るよ……!」
シオンが立ち直ったことに安心する。これでなんとかなるだろう。




