幻想
心臓を大きく鳴らしながら廊下を歩く。
ユーヴェンは今ならたぶんいると言っていたので、今はどこにいるか探している最中だ。
まずは訓練場に行ってみようという事なので、ユーヴェンに着いていくようにして歩いている。
ドキドキして持っている袋をぎゅうっと握る。こんな心境で私はアリオンに会って普通でいられるんだろうか。
顔を少し強ばらせていると横に並んでいるカリナが優しく背中を撫でてくれた。
先に訓練場に入ったユーヴェンが覗きながら口を開いた。
「お、スカーレットさんとフューリーが……」
途中まで言ったその言葉をピタリと止めてカリナを見るユーヴェンに私もハッとする。
「フューリーさん……」
そう言ったカリナは少し目をキラキラとさせた。これは良くない気がする。私はカリナの目を隠すように抱き着いた。
「え、どうしたの、ローリー?」
目をキラキラさせたことには気づいていないらしい。
――カリナ……無意識にフューリーさんに期待している気がするわ……!
これはたぶん長年フューリーさんを可愛いと思っていた弊害なのだろう。
「ちょっと待ってね、カリナ……」
ユーヴェンに目配せして一旦訓練場を出ようとした時、ひょいっとスカーレットが顔を出した。
「おはよう、ユーヴェンさん。カリナとローリーは……って……どうしたの、二人共……?」
カリナに抱き着いている私を見て首を傾げるスカーレット。
「え、スカーレット?」
そう言って私の腕からカリナが抜け出そうとした時、スカーレットの後ろにフューリーさんが見えた。
私は咄嗟にカリナの耳まで覆う。
「ええ!?ほんとにどうしたの、ローリー!?」
そう叫んだカリナをぎゅうっと何も見えないように、聞こえないように抱き締める。
カリナの幻想を解くにしてもこんな心構えもできてない状態はどうなのだろう。縋るようにスカーレットを見ると、スカーレットもハッとした様子になって後ろを振り向く。
「おい、スカーレットどうしたんだよ……」
そう言って私達を見たフューリーさんは不思議そうな顔をして……そんなフューリーさんの胸ぐらをスカーレットはむんずと掴んだ。
「うおっ!いきなりなんだ!?」
「カリナが来てるのよ!あんたをいきなり直接見せる訳にはいかないわ!」
「はあ!?俺って危険物か何かか!?なんだその扱い!」
「いいからこっちよ!」
「おい、待てスカーレット!首元引っ張んな……苦しい……!ま、ま……て…………」
スカーレットは私達にぐっと親指を立ててから、そのままフューリーさんを引き摺って連れていく。
……フューリーさんが青くなっていっているのは無視されている。
――スカーレット……フューリーさんの扱い……ちょっと雑ね……。
そんな事を思いながら見守っていると、途中でスカーレットはくるりと振り返った。
「あ、ブライトは奥の方でガールド隊長と稽古してるわよ!」
最後に言われた情報に顔を赤くしながら抱き締めているカリナに更に抱き着くと、カリナに不思議そうにローリー?と名前を呼ばれた。
暫くするとユーヴェンがコクリと頷いた。スカーレットが連れて行ったフューリーさんが見えなくなったのだろう。
それを確認した私はカリナから離れる。目も耳も解放した。
カリナは微妙な表情をしている。私達が何をしていたかわかっているのだろうか。
「……あの……ローリー、ユーヴェンさん……その……ちゃんともう……わかってるよ?フューリーさんが……可愛くないって……」
そう言いながらも残念そうな表情を浮かべるカリナ。まだフューリーさんが可愛くないと言われた衝撃から立ち直れてないらしい。
「カリナ……。でも……まずは写真とかで見ましょう!直接会うのはそれからね!」
「もう……大丈夫だってば、ローリー」
「カリナさん無理しないでいいから」
「ユーヴェンさん、私無理してないよ……?」
困ったように笑うカリナに、私とユーヴェンは目を合わせて眉を下げる。
「そう……。少し過保護だったかしら……。なんかカリナの目がキラキラしてたから……」
「え……そうだった、かな……?」
そう言ってゆっくりと目を外すカリナはきっと少しの希望を持っていたのかもしれない。可愛い部分があるかもしれないと。
「……やっぱりスカーレットさんに頼んで写真でも持ってきてもらおう」
ユーヴェンはそう力強く言った。
……フューリーさんに対してはそこまで気にしていないのだろうか。昨日は会ってみたかったとカリナが言った瞬間は気にしていたけれど。
カリナはフューリーさんが天使みたいに可愛いと言っていたから、今は全然違うと知っているので安心しているのかもしれない。
そう考えたのにユーヴェンはちらりカリナを見ながら不安そうに口を開いた。
「…………カリナさん……その、フューリーってかっこいいけど……そ、それに……興味は……ない……よね……?」
「え、ユーヴェンさんなんて言ったの?」
ぽそぽそと呟いたユーヴェンの言葉は、カリナの前に居た私には聞こえたのでジト目を向ける。
やっぱり心配らしい。ユーヴェンは私から目を逸らして、カリナになんでもないと首を振った。
「アリオン奥にいるってスカーレットさんが言ってたから行こう。ちょうどリックさんも居るみたいだし」
そう苦笑しながら言ったユーヴェンにこくりと頷いた。そのまま俯いた顔は熱くなっている。
――アリオンに……あ、会えちゃう……。
会う前なのに会うと思っただけで胸がきゅうっと鳴る。
カリナがふふっと笑いながらぽんぽんと背中を叩いてくれた。
カリナと並んでユーヴェンの後ろを歩いていると、騎士達が訓練している中に同級生のシオンを見つける。
シオンも訓練しているんだな、と思ってそちらを見た。アリオンと兄も近くにいないかとじっと眺めてみるけれどいなかった。もっと奥らしい。
「ローリー、どうしたの?」
そんな私を不思議に思ったカリナが問い掛けてきた。ユーヴェンも興味を持ったのかこちらを振り返る。
「昨日言っていた元クラスメイトを見つけたのよ。ほら、あの藤色の髪の小柄な騎士」
「ああ、ユーヴェンさんがローリーとブライトさんのデートをばらしちゃった人だね」
「……カリナ……そこまではっきり言わなくていいのよ……」
カリナの言い様に頬が火照る。……シオンはユーヴェンみたいに鈍感ではないので気持ちがバレないように気をつけないといけない。訓練に集中しているみたいなのでこちらには気づきそうにないけれど。
「あ、ほんとだ。シオンもいる」
ユーヴェンもそう言ってそちらを見る。私ももう一度シオンの方を見ると、なんだかシオンと一緒に訓練している騎士の人達から見られている感覚がした。
――そういえばシオンもお兄ちゃんの隊に配置されたとユーヴェンが昨日言っていたし……もしかしてお兄ちゃんの隊の人達なのかしら……?
この前スカーレットから兄の隊の話は聞いた。巡回強化をやる時に「僕は早く妹に会いたいから、さっさと不届き者をとっちめるよ」なんて笑顔で言って巡回強化に当たらせていたらしい。とても公私混同していると思う……。
――まあ早く解決するのはいい事だから問題にはならないんだろうけど……。
そんな風に普段から言っていたら隊の人達が兄の妹である私に興味を持つのは当然かもしれない。
そう考えてなんとなく見ている人達にぺこりと頭を下げると、少し離れた今の場所からでもわかるくらい肩が跳ねた。
……なんでだろう。
シオンはその様子にこちらを向くと、私達に気づいて手を振ってきた。だからそれに振り返そうとして。
「ローリー!!一週間振りだね!僕に会いに来たのかい?」
返す前にいつの間にか近くに来ていた兄にがばっと抱き着かれた。




