朝の道
クッキーのタネを切りながら昨日のカリナの話を思い返す。
――私……夢だと思ってたけど……アリオンにくっついたの、夢じゃなかったのね……!
なかなか衝撃の事実を聞いてしまった。
しかも私にアリオンのコートを巻かれていた理由もよくわかった。
――アリオンやっぱり誤魔化してたわ……!
コートを巻いたのが私にあまり触れない為だったなんて。恥ずかしくて顔が熱い。
一昨日アリオンが触れたくなると言っていた事の一環だなんて思ってなかった。
でもあの時はアリオンが抱きかかえてくれているのが嬉しかった。
もっとあのままでいたいと思ったので、思わず降ろしちゃやだなんて言ってしまった。
――うう……!は、恥ずかしい……!私……本当にアリオンに甘えてるわ……!
顔が赤くなりながら天板に切ったクッキーを並べていく。
――あんなにくっつきたいと思ったのも……アリオンがす、好き……だったから……。
思い出すとぽわぽわする。今だったらすぐに降ろしてと言ってしまいそうなので、気づいてなくてよかったのかもしれない。
――アリオン、軽く私を抱きかかえてくれたわ……。
アリオンの逞しい腕の中にいた事を思い出す。アリオンの頬が優しく私の頭を撫でていた。
――付き合ったら……またあんな感じで甘やかしてくれるのかしら……。
ぽうっと想像していると、ガチャリとリビングのドアが開いた。
「おはよう、ローリー。早いね……」
そう言ったカリナはまだ少し眠そうだ。
「ごめんなさい、起こしちゃった?」
眉を下げて問い掛けるとカリナは眠そうな目のまま答える。
「ううん……。一応いつもこの時間には起きてるから……」
今は6時過ぎだ。昨日少し長く話し過ぎたから眠いのだろうか。
「昨日話し過ぎたかしら……。ごめんね、カリナ」
「ううん……。朝は少し苦手なだけ……」
そう言いながら目をこするカリナに少し驚く。そんな印象が無かった。
思わず笑みを零しながらカリナに話し掛ける。
「ふふ、そうなのね。もう朝ご飯はできてるから、顔を洗ってきたら一緒に食べましょ?」
「うん……。ありがと、ローリー……」
カリナは眠いからか、いつもより気の抜けたふにゃっとした笑顔で応じた。
その間に予熱が済んだオーブンにクッキーを入れて焼いていく。
暫くしてまたリビングに顔を出したカリナはだいぶしゃっきりとしている。顔を洗ったら目が覚めたらしい。
「ローリー、起きて朝ご飯の準備するなら起こしてくれたら一緒に手伝ったのに……」
カリナが申し訳なさそうに言うので、そっと目を外す。
私は結局ちゃんと寝れなくて早々に起きたのだ。どうせ寝れないのなら朝ご飯やおやつを作っておこうと思った。
――……今日はブラックのコーヒーを水筒に入れて仕事に行きましょう……。
今はあまり眠くないけれど、お昼ご飯を食べた後に眠くなりそうな予感はする。
……それにブラックのコーヒーを飲んだら……アリオンの事を思い出せるから、きっと幸せな気持ちになれると思う。
「大丈夫よ。早く起きちゃっただけだから」
それにあんなに眠そうなカリナはなかなか起こせない。ふふっと笑っているとカリナが顔を覗き込んできた。
「……ローリー……もしかしてあんまり寝れなかった?」
眉を下げて問われた事に目を見開いてしまった。
やっぱりカリナは誤魔化せないと思いながら苦笑する。
「……えっと……その、色々……考え過ぎて……寝れなかったの……」
アリオンへの想いに気づいたら、あの時はどうだったのだろうと何度も思い返してしまった。カリナが教えてくれた事も考えながら『好き』という気持ちを今までの出来事に当て嵌めていっていた。
そうして寝なきゃと思うのに、アリオンと付き合った後の事なんかを少しだけ想像して……先にどう告白するかを考えようと思い直して、今日は先に寝ようと思って……というのを繰り返していた。
カリナは心配そうに瞳を揺らした。
「ご飯食べて準備できたら、ユーヴェンさんが来るまで少し横になっとく?」
心配してくれるカリナに顔を緩ませる。
「ふふ、少しだけになるけれどそうしておこうかしら。ありがとう、カリナ」
「ううん。朝ご飯作ってくれたんだから、洗い物はしておくね!」
気合を入れたカリナにまたお礼を言って、できていた朝ご飯を一緒に食べ始めた。
***
カリナはユーヴェンをジトっとした目で見ている。ユーヴェンはそれに眉を下げて心配そうにカリナに尋ねた。
「あの……カリナさん……お、俺また何かした……?」
ユーヴェンは昨日の事があるからか『また』という言葉を入れている。反省しているようで何よりだ。
けれどカリナはたぶん私の事でそんな目をしてくれているので苦く笑った。
「…………ユーヴェンさん、迎えに来るの早いよ……」
むすっとした感じで言ったカリナに背中を叩く。私は大丈夫だと言う合図だ。
カリナは憮然としながら肩を落とす。
「ご、ごめん……。早かった、よな……。その、準備ができてないなら俺外で待っとくし……!」
確かに昨日よりだいぶ早い。恐らく今日からカリナも一緒だから浮かれて早く来てしまったのだろう。
わかりやすいユーヴェンらしい。
「別に準備ができてない事はないけど……」
カリナは口を尖らせている。準備を終えて少し寝ようといった所でユーヴェンが来たのだ。
準備は終わっていたのでそのまま外に出て今に至る。
「大丈夫よ、カリナ。気にしないで」
「うう……わかった」
ぽんぽんと背中を叩きながら言うと、カリナは一つ息を吐いてから頷いた。
「え、ローリーなんかあったのか?」
「少し寝不足だからユーヴェンが迎えに来るまで寝てようと思ってただけよ」
私がユーヴェンの問いにそう答えると、ユーヴェンは申し訳なさそうな顔をする。
「ごめん、早く来て……。俺外で待っとくから少し寝るか?」
それに笑いながら首を横に振る。
「そんなのしなくていいわよ。今日は早く寝ればいいだけだもの」
「そうだね、今日は早く寝よう!朝ご飯作ってくれたから私が晩御飯は作るよ!」
「ふふ、ありがとう、カリナ」
「ならいいけど……無理はするなよ」
「わかってるわ」
カリナとユーヴェンに返しながら笑みを漏らす。二人共私の心配をしてくれるいい友人達だ。
「ローリー、昨日カリナさんが泊まってるからって夜更かししたのか?」
なぜ寝不足なのかを不思議に思ったユーヴェンが首を傾げて聞いてくる。
それに顔を少し逸らす。カリナは少し眉を寄せた。
……私が眠れなかった理由はアリオンを……好き……だと気づいたからだ。ユーヴェンには言えない。
「……その……カリナが泊まってくれたから……ちょっと……わくわくしちゃって……」
「へえー」
……なかなか子供っぽい言い訳だと思ったけれど流石ユーヴェンだ。信じてくれたらしい。
カリナは目をパチパチとさせてから少し口元を緩めていた。
「あ、ユーヴェン。今日クッキー焼いたからお兄ちゃんとアリオンとスカーレットに渡しておいてよ」
言いながらクッキーが入った袋をユーヴェンに差し出す。
今日の朝にどうせ早く起きたのだからと差し入れの分のクッキーも作っておいたのだ。一度には焼けなかったのでカリナにスカーレットとユーヴェンの分は焼くのを任せたのだけれど、ユーヴェンにはいつ渡すのだろうとちらりとカリナを見た。
兄とアリオンとスカーレットの分は一つの袋に入れてまとめてあるけれど、ユーヴェンの分はカリナに持ってもらっている。私と目が合ったカリナはそろっと目を逸らした。
……とりあえずユーヴェンと別れるまでには渡すと思う。
ユーヴェンは袋を見ながらパチリと目を瞬かせた。
「別に就業時間には早いから、アリオン達に直接渡せばいいんじゃね?いるかどうかぐらい見てくるし」
からっと笑いながら言ったユーヴェンの言葉に、私は息を呑んだ。
――もしかしたら……アリオン、会える……?
そう考えて自然と頬が緩んだ。
朝の優しい光が道を照らしていた。




