愛しい人
私はアリオンの事を思い出しながら、言葉を紡ぐ。
「…………アリオンね、頭を撫でていいって言ったらすっごく撫でてくるようになったの。毎日みたいに撫でられたの」
あの時は……あんなに撫でられるのは恥ずかしかったけれど……やめてほしくなかった。
「そうだったの?」
カリナはキョトンとしながら首を傾げた。
毎日のように撫でられていたことは言っていなかったのでカリナは驚いている。
「うん。甘くて優しくて恥ずかしくて……なんだか駄目になっちゃいそうで……暫くずっと心の中でアリオンのバーカって悪態ついてた」
「え」
「恥ずかしくて悪態をつきたくなったんだもん……」
驚いたようなカリナに少し頬を膨らませながら言うと、カリナは小さく笑った。
「そっか」
そんなカリナに続きを話す。
「うん……。それでね……アリオン、休みだったくせに……私に会いに来たの。三人で遊ぶ前日に」
私の事が気になったからって会いに来てくれた。
……私はあの時……毎日会って頭を撫でてくれていたアリオンに会えないのが……少し、寂しかった。
――ああ、私……あの時から……アリオンに、会いたいって……思ってた……。
「うん」
優しく背中をぽんと叩いてくれるカリナ。
「私が好きそうだからってガラス瓶入りの飴を買ってきてくれて……私になにかあったら言えって言ってくれるアリオンが…………眩しかった」
「うん」
「…………一人で落ち込むなって言ってくれた優しいアリオンが……眩しかったの……」
そう、そんなアリオンに……甘えようかどうかを悩んでいた。
きゅっと唇を噛み締める。
――……私……ほんとは……アリオンに、甘えたかった……のね……。
怖かったのは…………アリオンに……ずっと、傍にいてって……言ってしまいそう……だった、から……。
それは……きっと。
カリナに抱き着いている力を少しだけ強める。カリナは優しく抱き締め返してくれた。
「ほんとはね、三人で遊ぶの……アリオン行くか行かないか私の気分でいいって言ってくれてたの。でもね……なにかあったら行くって……アリオンが言ってくれたから……行こうって思えたの」
「……そっか」
「あの日……橙色の飴を舐めてから……行って……」
「うん」
「……それで、やっぱり帰ることを選んで……」
「うん」
カリナがあの時の私の話を優しく聞いてくれている事に心が暖かくなる。
あの時の路地裏を思い出す。
すぐにアリオンを思い浮かべた、路地裏。あの日待ち合わせ場所に向かっていた時だって、アリオンを支えにして……飴を舐めて、アリオンを思い出していた。
ぽつりと言葉を落としていく。
「……すぐに……アリオンを思い浮かべたの……。来てくれるって言ってくれた……アリオンを呼ぼうって……。アリオンなら絶対来てくれるから……。……アリオンを思い浮かべたら……少しね、温かい気持ちになったの」
「うん」
少し安心した声。カリナもきっとあの時の話は緊張していたのだろう。それでも急かさずに聞いてくれるカリナが優しい。
きゅっとカリナの服を少しだけ握る。
「そしたら……アリオンの声がして……。最初はね、嬉しかったの。少し話し掛けてもいいかなって……考えて……。……でも……アリオンが普通に……女性騎士と話してる声が聞こえてきたら……話し掛けるの……やめようと、思ったの……」
「そっか……」
「……アリオンがね……女性と普通に話してるの…………嫌、だったの……」
「ローリー……」
少しだけ驚いたようなカリナの声。
そう、嫌だった。いつも女性と普通に話すのは私や家族だけだったのに……そうじゃなくなったのがなんだか悲しかった。
「……今までアリオンが……私と私が頼んだカリナとスカーレット以外に女性と普通に話してるの……聞いたことなかったのよ……。今までそれが……アリオンの私への『特別』だったの……」
「うん」
「なのに……私が『特別』じゃなくなっちゃうんだなって思って……それで……いつかアリオンも離れていっちゃうんだっていう現実と……向き合わなきゃいけなくなったの……」
涙が零れそうになる。私はアリオンに離れて欲しくなかった。
でも……いつか離れていってしまうなら、早いうちの方がいいと思った。だって……アリオンから……離れるって言われるのは、怖かった、から……。
「あんなに優しくしてくれるのに……私の事を甘やかしてくれるのに……私からアリオンが離れていっちゃうのが嫌だった。怖かったの……」
「うん」
考えた事をカリナへと話す。背中を優しく撫でる手に、少し涙が零れて、心が溢れる。
「わたし……アリオンから……好きな人ができたって言われるのが……嫌だったの……」
そうだ。あの日寝てしまう前に一筋だけ流れた涙は……カリナとユーヴェンの事じゃなくて……アリオンから離れなきゃと……考えたからだった。
「そっか」
カリナは涙を流した私の頭を優しく撫でる。それにまた涙が零れる。
きゅっと目を閉じてアリオンの事を思い出す。
『ありがとう、助かった』
ほっとした、幼い笑顔。
『ああ、助けるよ』
頼もしい言葉と微笑み。
『……ちゃんと泣け、バカ』
少し寂しそうな声と、優しく頭を撫でる大きな手。
『ローリー』
私を呼ぶ低くて心地良い声と、灰褐色の目を細めた柔らかい笑顔。
――ああ……わからない、はずよね……。
私はずっと、勘違いをしていた。ユーヴェンを好きだった間、アリオンの事は『友達』としてしか見ていないと思っていた。
だから必死に告白される以前とどう違ってきたかを考えていた。
けれど、それでわかる訳がない。
だって私は……助けてくれた時から……。
アリオンに、惹かれ始めていた。
私は……。
アリオンに告白される前から。
きゅっとカリナの肩に顔を埋める。
――私、アリオンの事……
考えると息が詰まって。
それでも思い出すのは、アリオンの笑顔。
無邪気だったり、柔らかかったり、優しかったり、幼かったり、かっこよかったりする……アリオンの笑顔。
愛しそうに私を見つめる……アリオンの、笑顔。
心臓が大きく鳴って、目を開く。
――もう、好きに……なっていたのね……。
自分の出した答えが、胸の中にすとんと収まった。




