思い出す甘え方
アリオンに子守唄を歌ってもらっていたのは事実だ。
私達は図書室や空き教室で一緒によく勉強していたのだけど、テスト前はよく夜遅くまで起きて勉強していたから私は眠くてうとうとする事があった。
空き教室で勉強していて私達しか居ない時、少し寝ればいいとアリオンやユーヴェンが言ってきた。だから少しだけ寝ようと思ったところで、アリオンがエーフィちゃんに子守唄を歌っていると言う話を思い出した。
最初は冗談でアリオンが子守唄でも歌ってくれたら寝る、なんて言ったのだ。
アリオンは「はあ!?」と返しながらも、その後本当に歌ってくれた。恥ずかしがってはいたけれど、机を叩きながら小声で歌ってくれるアリオンの子守唄が心地良くて、聞きながら眠りに落ちた。
――で、でもあれは……!アリオンが……私の為に歌ってくれたのが嬉しくて……!
だって私は以前より距離が空いたと思っていた。それを少しでも詰めたくて必死だった。
だからこそ私は甘えるような事を言っても受け入れてくれるアリオンに安心していたのだ。子守唄もその感覚だった。
まあ……それに味を占めて時々眠い時にアリオンに子守唄を頼むようになったのだけれど。アリオンはいつも恥ずかしそうにしながらも、断らずに歌ってくれた。
――うう……!今思うとアリオンへの甘え方恥ずかしい……!
カリナはじーっと百面相をしている私を見て目元を緩めた。
――微笑ましいものを見る目だわ……!
子供みたいな甘え方をしていたと知られるのは恥ずかしくてユーヴェンをキッと睨む。
そんな私にユーヴェンは呆れたように言ってくる。
「事実じゃないか。それにアリオンの想いに応えたいとか相当好意持ってないと言えないだろ。ローリーが気づいてないだけで実はアリオンの事もう好きなんじゃ」
「ユーヴェンさん」
カリナがピシャリと冷えた声でユーヴェンの名を呼んだ。
「え?」
「ちょっと黙って」
「!は、はい!すみません!」
私はユーヴェンの言葉に、目をパチパチとさせる。
――もう…………好き……?……だいぶ好きになってきてるとは……思ってたけれど……もう……好き……?それは……恋愛的な、意味、で……?
頭が混乱してくる。
そうだとしたら……私は……いつから好きなんだろう。
だって私がユーヴェンを好きだったのはこの前で、アリオンから告白されたのもこの前で……ユーヴェンの事を吹っ切れたと認識できたのは一昨日だった。
昨日アリオンと一緒に過ごせたのは楽しくて、嬉しくて、近づきたくて……近づいた距離が……幸せで。
それは……アリオンは……昔から、私とある程度距離を取っていたから、で……。
ぐるぐると頭の中が回る。何を考えていたのかわからなくなってきていると、カリナが優しい声を掛けてくれた。
「ローリー、ゆっくり考えればいいんだよ?」
「カリナ……」
優しく背中を撫でてくれるカリナにほっとする。
そう、ゆっくり考えればいいってマスターもカリナもスカーレットも言ってくれていた。
カリナは私の背中を撫でながらユーヴェンの方に顔を向けた。
「ユーヴェンさんは、なんでもかんでも思った事を口に出すのやめようね?」
「は、はい……」
ユーヴェンが少し恐れ慄いたように返事をしていた。カリナの背中を私も撫でる。
さっき少し怖がられた時気にしていた。
カリナはハッとしたように振り向いてはにかむように微笑んだ。
ユーヴェンは怒られたからか少し言いにくそうにしながらも私に言ってくる。
「あー……そういや……ローリー……お前、ちゃんとアリオンも男だって認識持って接しろよ……?」
ユーヴェンの言葉に昨日のアリオンの話を思い出して顔を真っ赤に染めてしまった。
それにカリナとユーヴェンが目を見開いた。
「え、ローリー?」
「え!?まさかアリオン、ローリーになんかしたのか!?」
ぶんぶんと首を振る。その誤解は良くない。
「さ、されてないわよ!ちょ……ちょっと……あ、アリオンが……どう思ってるかを……聞いた、だけ……」
アリオン……触れたくなるとか……あんなに恥ずかしがっていた癖に……。
『俺以外誰にも触れさせちゃいけねぇって覚えとけ』
思い出して更に顔が赤く染まる。
――ず、ずるいもん!
アリオン以外に触られるのは嫌だから避けるけど……!あんなに近づかれるのはアリオンじゃないと嫌だとは思う。
――あ、あれ!?私……触れられるの恥ずかしいって思ってたけど……ふ、触れられるのは……嫌では……ない……?い、嫌では……ないけど……!は、恥ずかしくて……!?
駄目だ。頭がのぼせそうになってきた。
カリナに抱き着くようにしていると、ふふっと笑いながら頭を撫でてくれた。
「なるほど、荒療治に出たんだね」
「……お前があまりにも無防備だから……言ったのか‥‥」
苦く笑っているユーヴェンをジト目で見る。
「なんでユーヴェンまで知った風なのよ……」
「そりゃアリオンに聞いたからな……」
「う……」
それはユーヴェンにも漏らしてしまうぐらいに私が無防備だったという事だ。
「アリオン流石に困ってたぞ、ローリー」
その言葉がズシッと伸し掛かる。アリオンだってずっと無防備な私に困っていたのだろう。
――か、考えちゃうって……言ってたもの……!
それなのにいくらでも触っていいとか……もっと触って……とか……言ってしまっていたのだ。……恥ずかしい。
「うう……。だって……アリオンの事嫌じゃないし……甘やかしてくれるから……つい……」
思わずそんな言い訳が口をついて出た。カリナは苦笑いしながら私を嗜める。
「ローリー、つい、じゃないよ。ちゃんと教えてもらったんでしょ?」
「うん……」
カリナの言葉にコクリと頷く。
「ローリーって昔からアリオンに甘えてたよな……。リックさんみたいだからって……アリオンに何かと教えてって言ったりさ」
ユーヴェンの言葉に溜め息を吐く。それは昨日思い出したばかりだけど理由があった。
「それは私、アリオンからユーヴェンの教え方下手だって聞いてたから……」
「え!?アリオンそんな事言ってたのか!?」
ユーヴェンの驚いた顔に自覚がないのだとわかる。
「この前スカーレットに教えた時も言われてたじゃない……。だからユーヴェンに聞くのは駄目って思ってたのよ。まあ、アリオンがお兄ちゃんみたいで聞きやすかったっていうのもあったけど……」
「うっ……」
ユーヴェンもこの前言われたのを思い出したのだろう。
「そうなんだ」
カリナがくすくすと笑っていたので更に告げる。
「うん。ユーヴェンの教え方独創的って言われてたの」
それにカリナは目を瞬かせて呟く。
「独創的……」
「ど、独創的……?」
ユーヴェンはショックを受けたように眉を下げた。
「だからアリオンに聞くのが当たり前だったのー」
そう言ってやるとユーヴェンは頭を抱えて呻く。
「うっ……独創的……」
「ふふふ……ど、独創的、なんだ……」
カリナが堪え切れないように笑っている。
ユーヴェンは微妙な顔だ。
「そうなのよ、私も聞いたことないからわかんないんだけど」
カリナと二人で笑っていると、ユーヴェンが悔し紛れに言ってきた。
「ぐっ……。ローリー、昨日のアリオンとのデート、シオンにも知られてるからな!」
その言葉に目を見開く。シオンは私達の元クラスメイトだ。今は騎士をやっているので、よくアリオンやユーヴェンとはつるんでいるけれど、なぜ知られているのか。
ユーヴェンにも言わなかったのをアリオンがわざわざシオンに言うとも思えない。
「はあ!?なんでよ!?」
「だって……昨日シオンとたまたま会ったから……」
私の剣幕にユーヴェンが怯む。
それはユーヴェンが言ったという事だ。ギロっと睨んでやる。
――そしたら元クラスメイト皆に知れ渡るじゃない……!
流石にそれは恥ずかしい。
「シオンさん?」
カリナが首をこてんと傾げて聞いてきたので答える。
「私達の元クラスメイト。シオン・ケープっていってね、今は見習い騎士」
「そうなんだ。……元クラスメイト……」
きっとカリナも知れ渡る可能性に気づいたのだろう。苦笑している。
「そうそう」
軽く頷いているユーヴェンにイラッとしながら詰め寄る。
「それでユーヴェン、あんたが言ったの!?」
わざわざ言わないでもいいのにと思いながら責めると、ユーヴェンは困った顔で答えた。
「だってさ……声掛けてきたシオンに、アリオンとローリーなんか同じ距離にいるんだよなー、なんでだろって……言ったら……二人でデートしてるんだろって……」
その言葉に目を丸くして納得する。
「あっ……そうだわ、あんた鈍感だった……!」
伝達魔法を送る魔力の距離を測るのは、基本的に距離だけだ。しかも具体的な距離がわかるわけではない。なんとなくで送れるかどうかがわかるだけだ。それで二人に送ろうとして一緒に調べたら感覚で同じぐらいの距離にいるな、と感じるだけ。
それなのに鈍感なユーヴェンが距離が同じなだけで私とアリオンが一緒にいると気づく訳はなかったのだ。
ただ少しは疑問に思ったから口に出しただけだろう。シオンがいなかったらたまたまだろうで済ませていそうだ。




