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―安心を得る為に―


 リックさんが少し目を逸らすのを、珍しく思いながら見る。


 ――……リックさんとメーベル医務官って……犬猿の仲のはずじゃ……。


 そんな事を思ったけれど、この様子は何か違う気がする。


「…………」


「…………」


 一瞬無言で見つめあった後、リックさんは目を鋭くした。


「……アリオンくん、君は何も聞いてないね?」


「はい!もちろんです!」


 その言葉にビシッと敬礼して答える。


 ――とりあえず聞いちゃ駄目だったのは理解した……!


 リックさんはそんな俺を見て大きく溜め息を吐いた。


「はあ……しまったな……。少しぼうっとしてた……。…………悪いけど、僕の仮眠を隊員に伝えた後、騎士団医務室にこの書類持って行ってくれる?全部書いてあるから。医務室長によろしくって言ってくれたらいい。……それで…………メーベル医務官に、君と弟も青に近い目だから気をつけるように伝えておいて」


 そう言いながらリックさんに書類を渡される。


「え、は、はい!」


 受け取りながらも頭が混乱する。


 それは……メーベル医務官を心配している、という事だろうか。


 ――あんなに犬猿の仲っぽかったのに……!お、俺……自分が鋭いと思ってたけど鈍いのか……!?


 一昨日もしかしたら仲が良いのかと考えたけれど、まさかそれが当たっているとは露程も思わなかった。


 ――自分の気持ちにも気づいてなかったんだから鈍いのは当たり前なのか……!


 リックさんは頭を抑えながら立ち上がる。


「ちょっと僕はもう寝てくる……。一回休む……。それじゃ、頼んだよ」


 そう言って少し弱ったように肩を叩かれるので息を呑む。

 言う気がなかったのに言ってしまったという感じに、さっき聞いて思った事が事実なのだと認識する。


「わ、わかりました!」


 背筋を伸ばして了解すると、リックさんはふっと笑って扉の方へと向かった。


 俺は知った事の衝撃でぽつんとその場に立ち尽くしてしまった。


 ――えええ!!嘘だろ、仲良かったのか!?めちゃくちゃしまったって顔してたなよな……。え、あの犬猿の仲は演技だったのか!?


 驚きを隠せないまま隊長室を出る。リックさんはもう仮眠室へ向かったのだろう。廊下に出てもその姿は見えなかった。


 第一師団九番隊隊員にリックさんが仮眠室にいる事を伝えた後、騎士団医務室へと向かう。


 確か巡回強化に合わせて応援の医務官が来ていたはずだ。それには騎士団医務室に在籍した事がある者が望ましいという事でメーベル医務官も選ばれていたが、何人かでその応援を回している。リックさんがああ言っていたということはリックさんは今日メーベル医務官が騎士団医務室へと来ることを知っていたということだ。

 ……駄目だ、頭が回っていない。


 混乱した頭のまま騎士団医務室へと入った。


「失礼します!」


 挨拶をして入ると、優しげな瞳で中年の男性である騎士団医務室長が微笑んで出迎えてくれた。


 ちらりと医務室を見回すと、思った通りメーベル医務官がいる。なんだかまだ信じられない思いが湧く。


「ああ、ブライトくん。どうしたんだい?」


「はい、伝達用の書類を渡しに参りました」


「そうか。ありがとう」


 そうして医務室長に書類を渡す。パラパラと書類を捲って目を通していく。


「ふむ……。うん、わかったよ。こちらも準備しておく」


「はい、よろしくお願い致します」


 作戦を行うに当たって怪我人が通常よりも増える可能性がある。だから騎士団医務室への連絡は必須だ。

 王宮医務部署へも連絡はされているが、騎士団医務室へは詳細を伝えておく必要がある。


 頷いてくれた医務室長に礼をしてから踵を返す。


 そこで昼の鐘が鳴った。

 ちょうどいい。騎士団医務室の休憩は交代制だが、応援の医務官は王宮医務部署と同じでお昼が休憩だったはずだ。

 とりあえず声を掛けて医務室を一緒に出てもらってから伝言を伝えよう。リックさんの様子だと誰からの伝言なのかはあまりわからない方がいいと判断した。なので人がいない所の方がいい。


 メーベル医務官が席を立った所で話し掛ける。


「メーベル医務官」


 俺が話し掛けると少し驚いたように振り向く。


「ん、どうしたんだブライト君?君から話し掛けてくるのは珍しいね」


 ……少し苦手に思っていた事はお見通しだったらしい。態度に出ているのは良くないと反省する。


「あの……」


 とりあえず医務室を出てもらおうとしていると、メーベル医務官が先に口を開いた。


「……急ぐ所があるんだ。歩きながらでもいいかな?」


「あ、はい!」


 廊下に出て少し歩いて来たのは、人があまり来ない庭だ。


「それで、なんだい?」


 周囲に人がいない事を確認してから、メーベル医務官はそうやって聞いてきた。どうやらあまり聞かれたくない話だとわかったらしい。

 相変わらず鋭い人だ。


「はい。あの、メーベル医務官とダリルさんが青に近い瞳なので気をつけるようにと……伝言を頼まれました」


 俺が言った伝言に、メーベル医務官は青緑色の目を大きく見開いた。

 こんなメーベル医務官は初めて見る。


 リックさんもいつもの様子とは違ったので、なんだか本当に知っては駄目な事を知った気分だ。


「では、失礼します」


 何かを突っ込まれる前に離れてしまおうと、メーベル医務官に礼をする。


「ブライト君、ちょっと待ってほしい。聞きたいことがあるんだ。少しだけいいかい?」


 けれど離れる前にそう言われてしまった。


「はい……」


 大人しくメーベル医務官に向き直った。

 少し申し訳なさそうに笑っている。


「さっきの伝言を頼んだ張本人は?」


 名前を出さなかったけれどわかったらしい。俺がリックさんの隊に配置されていた事を知っていたら当たり前だとは思うけれど、きっとそれだけじゃないのだろう。


「……少し仮眠をしてくると……」


 大人しくリックさんの事を言うと、メーベル医務官は大きく溜め息を吐きながらショートカットの黒髪を耳にかけた。


「はあ……眠気と君への信頼感で気が緩んだか……」


 その言葉はリックさんをよく知っているからこそ言える言葉だ。しかも気が緩んだと言っているので、あの犬猿の仲は演技だという事だ。


 ――なんか……す、すっげえ秘密を知っちまったような気がする……!


 これは俺が知ってよかったんだろうか。知ってはいけなかったような気がする。


 ――誰にも言えねぇな、これ……!


 百面相をしていると、メーベル医務官はふっと笑った。


「……ローリーちゃんは知っているから話しても大丈夫だよ」


「え!?」


 その言葉に驚く。


 ――ローリー知ってんのか!?


 俺の様子にくすくすと笑いながら話を続ける。


「どうせリックはブライト君に何も説明していないんだろう?ただ私の事を回ってない頭で、君相手に名前で呼んだくらいじゃないのか?」


 メーベル医務官がガールド隊長ではなく、名前で呼んでいる事に違和を覚える。

 けれどこれがきっと……演技ではない本来なのだろう。しかもその見解は大当たりだ。


「……その通りです……」


 頷くと、メーベル医務官はひとつ息を吐いてから俺を真っ直ぐ見た。


「……私とリックは付き合っているよ。隠しているのは多少の理由があったが……今では形骸化したようなものかな。それでも仲が良くないように見せるのを続けているのは……それが長かったから、か」


「!!」


 メーベル医務官の言葉に目を丸くする。


 ――つ、付き合ってる!?え、あれで!?


 あの犬猿の仲しか見てなかったからいまいちうまく繋がらない。

 けれどリックさんはメーベル医務官を心配してたし、メーベル医務官はリックさんの事をよく知っているようだった。


 ――ま、マジか……!!なんで隠してたんだ……?


 形骸化したという事は、今は隠さなくても良くなったという事だろう。流石にそこまで突っ込んでは聞けそうにない。


「ふ、まあ驚くだろうね。今まで仲の悪さを言われても、まさか仲が良いなんて思う人はいなかったからね」


 メーベル医務官は目を伏せて軽く笑った。


 ――確かに……一瞬考えたけど……思い付きを完全に否定してしまうくらいには仲が悪いように見えてた……。


 その事を思い出していると不思議に思った事がある。

 勇気を出して俺からも聞いてみる。今はいつものように怖い雰囲気は和らいでいる。

 ……怖い雰囲気だと考えているのがメーベル医務官にも伝わっているのだろう。これからは気をつけなければ。


「あの……メーベルさん……とかは……知っているんですか……?」


 一昨日話した時、メーベル医務官の交友関係はわからないと言っていた。

 もしかしたら秘密だと言われていたから黙っていただけかもしれないが……本当に知らないように思えた。


 メーベル医務官は苦く笑う。


「……カリナやスカーレットちゃんは知らないよ。……ライズやダリルもね」


「そう、なんですか……」


「言ってないのは……私が臆病だからかな」


「え」


 メーベル医務官の自嘲したような言い方に思わず声が漏れた。


「ふ、悪いね。一昨日聞いたグランド君の事も知りたかっただけさ。カリナに……なるべく辛い思いはさせたくないからね。その点は……グランド君なら大丈夫、なんだろう?」


 少しだけ陰があるような笑みに驚いてしまう。


 ……メーベル医務官も綺麗な人だ。もしかしたらそれで色々と苦労があったのかもしれない。


 俺達が聞いているメーベル医務官の総団長に進言した話も……どこまでが本当なのか。

 だってあの話に付随した噂で、必要以上に厳しい言葉で総団長に進言したからリックさんがメーベル医務官を嫌っている、と言われているのだ。

 けれどリックさんとメーベル医務官の険悪さが嘘ならば……その噂も……なんなら話も、全てが本当ではないのだろう。


 ――俺自身も……大勢が回す噂や話には……困ってたりしてるもんな……。


 それはきっと、メーベル医務官にも当て嵌まるはずだ。

 だからこそ……メーベルさんをとても大切に守っているのかもしれない。


 俺はメーベル医務官に安心してもらえるよう、はっきり答える。


「はい。ユーヴェンならメーベルさんを必ず大事にします」


 俺の答えにメーベル医務官は安心したように微笑んだ。


「ふ、いい返事だ。……リックは仮眠室かい?」


「あ、はい。そこで少し寝てくると言っていました」


 聞かれた事に素直に答える。


「そうか。ありがとう、ブライト君。……ガールド隊長に次会ったら、了承した、と伝えておいてくれ」


 お礼を言った後はいつもの厳しいメーベル医務官だ。切り替えが早い。


「わかりました」


 俺の返事を聞くと、メーベル医務官はじゃあ、と言って去っていった。


 その背中を見ながら、息を吐いた。この事を知っているローリーと話がしたいと思ってしまう。


 ――つーか、ローリーに会いてぇ……。


 昨日会ったばかりだと言うのに、会えない切なさが心に積もっていく。


 それでも今日からはローリーや王都の人々が安心して普通の生活を送れるようにする為の任務が始まる。


 深呼吸して目を瞑る。

 ローリーのはにかんだ可愛い笑顔を思い出して、気合を入れた。


 あと数時間で任務が始まる。


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