―憐憫―
「ブライト、ケープ」
その厳しさを含んだ声に後ろを振り返ると、フューリーとキャリーがそこにいた。キャリーは先程の声からして、十中八九噂の事で怒っていそうだ。
「おっ、フューリー、キャリー。お前らも作戦会議に向かってんだろ?一緒に行こうぜ」
シオンが二人にそう声を掛ける。
「ああ、そうだよ」
そう言ってこちらに来るフューリー。キャリーは眉を顰めながら俺に話し掛けてきた。
「ブライト……あの噂……」
その声はだいぶ苛立っている。
俺は大きく溜め息を吐きながら答えた。
「くだらねえ噂だよ。ローリーの事守りてぇから仕方ねぇけど」
それでも俺も苛立ってはいる。
ユーヴェンとシオンは長く続かないとは言っていたが、いつまで言われるのか。
明日は……今日メーベルさんが泊まるらしいからそこまで噂にならないかもしれないが、明後日以降はまたローリーとユーヴェンの二人になる。
キャリーはギリッと歯を鳴らす。
「ほんとよね……話してる奴見つけたら締めてやるわ……!」
鋭い目つきにフューリーが顔を引き攣らせる。
「スカーレット、目が怖えって……」
その言葉にキャリーはフューリーを睨んだ。
「はあ?怒ってるんだから当たり前でしょ?カインも協力してよね!」
「え!?俺も!?」
キャリーの言葉にフューリーが目を見開く。
「あんた最近ブライトと仲良いんだからいいじゃない。ローリーの為にもくだらない噂を流す奴には鉄槌を下してやるわ……!」
ぐっと拳を握り締めるキャリーに苦く笑う。
怒るのは最もだが、今は状況が状況なので一応止めておく。
「キャリー、事件のこともあるんだからほどほどにな……」
俺が言うとシオンも頷く。
「そうだぜ、キャリー。それにたぶんその噂、長くは続かねぇから」
シオンの言葉に目を瞬かせた。さっき話していた時よりはっきりした物言いだ。
確信しているようなシオンに、キャリーは眉を寄せた。
「何よケープ。知った顔ね」
「今までもその類の噂は長く続いた事ねぇからな」
シオンが事もなげに言う言葉に俺も眉を寄せる。
なぜシオンはこんなにも知っているような態度なんだろう。
キャリーも不思議に思ったのか更にシオンに聞く。
「でもブライトとローリーの噂は長く続いてたじゃない」
「アリオンとローリーがよく会ってたから続いたんだろ」
シオンはしれっとそう言うが、それでも疑問が浮かぶ。
フューリーも疑問に思ったのかシオンに問い掛けた。
「でもグランドとあの子……ガールドさんも仲良いだろ?」
フューリーからの問いにシオンは俺に目を向ける。
「大体ユーヴェンがいたらアリオンも居たろ?」
「大抵はそうだけどな……でも流石に全部じゃねぇぞ?」
「よくローリーと一緒にいたのがアリオンの方が多かったんだって」
シオンに言われて考える。確かにユーヴェンより俺の方がローリーと会っている事は多かったんだろうか。
やっぱり仕事を始めたローリーを俺も気にしていたから、よく様子を見には行っていたとは思う。
「あー……まあ、そうか……?」
「そうだって」
そう答えるとシオンが大きく頷いた。
そんなシオンをキャリーが後ろに手招きする。
「…………ちょっとケープ。こっち」
シオンがキャリーに寄っていくのをフューリーが微妙な顔で見た。
シオンとキャリーはこそこそと話している。
「…………」
ちらちらと二人の様子を気にしながら見ているフューリーに溜め息を吐く。
「…………フューリー、気になるなら話し掛けろよ……」
「いや……なんか……内緒話っぽいし……」
こいつ俺にあんだけ突っ掛かってきてた癖に今は突っ掛かる気もないのはなんでなんだ。
キャリーと普通に話せるようになったから落ち着いたのか。
フューリーには借りがあるし、俺自身も何を話しているか気になるので俺から話し掛ける。
「……なんだよ、シオンもキャリーもなんかあんのか?」
俺の言葉にパッと笑うシオン。
「何もねえって」
「ええ、少し確認したい事があっただけ」
キャリーまでそう言って笑ってこっちに来たと思ったらフューリーの腕を掴んだ。
入れ替わるようにシオンが戻って来たので、肩を掴んで聞く。
「……おい、シオン……お前怪しいんだが……噂、お前がコントロールなんて……してねぇよな?」
シオンの目を覗き込むように聞くが、軽く首を振られた。
「してねえって。してたらこんな噂広がる前に潰すに決まってるだろ」
「まぁそうか……」
けれどどうも腑に落ちない。なんでそんなに知った風なんだ。
ふと後ろを見ると、キャリーがフューリーの耳元で話している。やっぱり怪しい。が、俺に教える気はキャリーもシオンもないんだろう。
フューリーもキャリーに頼まれたら俺には教えてくれないと思われる。
けれどキャリーが納得しているという事は、噂は長く続かないのだろう。
――一体なんなんだ……。
不思議に思いながらシオンとキャリー達を見る。
後ろにいるフューリーとキャリーは距離が近い。さっきシオンとキャリーが内緒話をしている時はある程度距離をお互いにとっていたから、やっぱりキャリーはフューリーに心を許しているんだと思う。
だが……それはフューリー自身を意識していないからこそな気がする。
キャリーが耳元近くで話しているとフューリーはなんだか顔が赤くて挙動不審だ。
時々止まりそうになっているのでキャリーに小突かれて並ぶように歩かされている。それでもフューリーはキャリーから逃げるように動こうとした。
それをがしっと掴まれて「ちょっと変に動かれると話し終わらないじゃない、しゃんとしなさいよ!」などと、フューリーはキャリーに怒られていた。
腕を掴まれているフューリーは更に顔を赤くしていた。
そんな二人を見ていると、シオンが呟いた。
「……フューリーとキャリーって喧嘩ばっかの印象だったけど、仲いいよなー」
それに同意して頷く。
距離近く話されているフューリーには同情する。昨日ローリーに耳元で吹き込まれた事を思い出してしまう。
少し顔が赤くなりそうになったのを振り切るようにシオンに答えた。
「喧嘩ばっかし始める前はあんな感じだったらしいぞ」
「へえー」
キャリーは話し終わったのかフューリーを離す。
「もう!カインが変に動くから話すのに時間がかかったじゃない!」
「わ、悪い……」
フューリーは真っ赤だ。あれでキャリーはフューリーの気持ちに気づかないのだろうか。
――一昨日は鋭そうだったんだけどな……。
俺がローリーに一目惚れだと当てられた時を思い出していると、キャリーはフューリーに言い放つ。
「カイン、あんたすぐに赤面しすぎじゃない?なんで旧知の仲の私にもそうなるの……。……そんな風にしてたら好きな子に誤解されちゃうわよ?まあ……誤解ならいくらでも解いてあげるけど……ちゃんと気をつけなさい」
キャリーが怪訝な顔で言った言葉に、俺とシオンは口を閉ざす。
「……あー……その……うん…………悪い……」
フューリーは申し訳なさそうに謝った。おそらく本気で落ち込んでいる。
「全く、あんたは……。……思わせぶりな事してたら、本命に逃げられるわよ」
溜め息を吐きながら呆れたように言ったキャリーに、フューリーは更に肩を落とした。
「そうだな……」
そのフューリーを見ながらキャリーは難しい顔をする。
フューリーに俺が助け舟を出す前に、キャリーは更に言葉を重ねた。
「……カイン、あんた……彼女も居たのに、なんで女性に耐性がないのよ。前も女性の先輩達に囲まれて真っ赤になってたし……。女性をお姫様扱いしてる時は平気そうなのに、素になったら恥ずかしがるってなんなの?」
キャリーの厳しめの声で言った言葉に目を見開く。
――フューリー、彼女いた事あったのか……。
そんな印象が全くなくて、出そうと思った言葉が止まった。
――……でもなんで……女性の先輩達に囲まれて真っ赤に……?……もしかしてキャリーの事でも言及されたのか。
俺にも覚えがある。女性の先輩達どころか同僚の女性騎士達もそういった話が好きな人は多い。
俺もローリーの事を突っ込まれて聞かれていた。
「……おう……そうだな……」
フューリーは緩く笑いながら頷いている。
「もう……ちゃんと聞いてるの、それ?」
「……聞いてる……」
聞いてはいるだろう。死んだ目だが。
「……まあいいわ。……好きな人がいるなら言いなさいよ?協力してあげるわ」
にこっと笑ったキャリーにフューリーが撃沈した。
項垂れるようにフューリーは頷く。
――あー……早く助けてやるべき……だったな……。
あいつが突っ掛からなくなったのは、キャリーの意識に全く入ってない事に気づいたからなのかもしれない。
毎回あんな事を言われていたらキャリーに話し掛ける輩に突っ掛かるより、とりあえず意識してもらう方が先だと考えるだろう。
俺はシオンと目を合わせる。
完全にキャリーに意識されていなさそうなフューリーは不憫だ。
「…………なあ、アリオン」
「…………なんだ?」
「……キャリーってさ……鈍感?」
シオンからこそっと聞かれた言葉に目を伏せる。
「他人のには鋭そうだったんだけどなぁ……。自分への好意には鈍感なのかもしれねぇな……」
「なるほど、そういうタイプか……。……お前とローリーとおんなじだな……」
「ぐっ……!」
シオンの言葉に思わず呻く。
「いや、お前は他人からの自分への好意は基本うまいことかわしてたけど……自分のローリーへの気持ちは気づかなかった訳だから特殊例か」
「うっせぇよ、シオン」
そんな事を話していると、キャリーとフューリーがこちらに来る。
「もうそろそろ時間?」
「あ、おう。そうだな」
キャリーに聞かれた言葉に懐中時計を見て答える。
フューリーが気落ちしているようなので、気合いを入れるように背中を叩いた。
「ほら、こっからは作戦会議だ。行くぞ」
俺達見習い騎士にとっては初めての大型作戦になるはずだ。
全員気を引き締めた顔で頷いた。




