―歯痒い心―
目の前にいる金の髪と榛色の目の男をギリギリと歯を食いしばりながら見る。
ローリーと多少噂になっているその男は大きな溜め息を吐いて俺を見た。
「……アリオン……そんなに睨むなって……」
その男……ユーヴェンは呆れたような顔で俺に言ってくる。
「睨んでねぇよ……」
ただ厳しい目で見ているだけだ。
俺がローリーの事が心配だったからユーヴェンに送り迎えを頼んだ。それなのにそれが原因でローリーとユーヴェンの噂が流れたからって俺が何も言う事はできない。
けれど、昨日ローリーとデートをしてとても楽しかった上にすごく可愛いローリーを見れたし幸せな気分だった所にこれだ。もう少し考えておくべきだった。
……まぁマイクとカールの所業を聞いた時は腸が煮えくり返りそうだったが。
ユーヴェンは俺が渡した巡回表をチェックしながら答える。
「くだらない噂が回るのはいつもの事だろ?」
その口調からユーヴェンも怒ってはいるのだろう。冷ややかな声だ。
「ちっ……本当にくだらねぇ……!今はんな噂なんて回してる時じゃねぇだろ!」
苛立ちで思わず声を大きくしてもユーヴェンは咎めない。ユーヴェンも同意見なのだろう。
「おーい、アリオーン」
そんな俺に伸し掛かるように凭れかかってきたのは同僚の見習い騎士だ。
「シオンか、なんだよ」
小柄で童顔、藤色の髪と淡く赤みがかった目の男、シオン・ケープ。俺達と同じクラスだった旧友であり、今日からリックさんの隊に配属された。
昨日騎士団が確かめた情報で更に巡回強化される事や作戦の為、隊の見習い騎士の配置が見直された。
シオンは巡回強化には元から入っていたが、別の隊から異動になったのだ。
俺に凭れかかるシオンを顔を掴んで離そうとするが、流石に同じ騎士だからかなかなか剥がれない。
「ユーヴェン睨んでやんなよ。お前がローリーの送り迎え頼んでるって大体の奴はわかってるから」
そう言うシオンに溜め息を吐く。巡回前に疲れるだけだと剥がすのを諦めた。
「そりゃお前等は知ってるからだろ」
昔から俺がローリーを守っている事を知っている奴等だ。……ついでに言うと俺の気持ちも知っていたんだろう。
シオンは軽く笑う。
「アリオン知ってる奴はわかってるって。そんな噂長く続かねえよ」
……それはどの範囲の事を言っているのか。俺と仲良い奴等の事なのか、それとももっと範囲が広いのか……。
考えているとユーヴェンがふっと笑った。
「……シオンの言う通りだよ、長く続かないって」
ユーヴェンの少し緩んだ顔とシオンの楽天的な考えに俺も毒気が抜かれる。
俺が落ち着いたのがわかったのか、シオンは待っていたように瞳をキラキラさせて聞いてくる。
「それよりもさ!昨日ローリーとデートしてたんだろ、アリオン!」
そのシオンの言葉に目を見開く。
「はあ!?なんで知ってる!?」
驚きながら聞き返すとにっとシオンが笑った。
「昨日巡回中にユーヴェンとたまたま会ったんだよ!そん時に聞いた!」
ユーヴェンをバッと見ると、書類のチェックをする目を更に伏せて頑なに顔を上げない。
その様子に事実だと判断する。
「ユーヴェンお前は何言いふらしてんだ!」
俺の責める声にチラッとこちらを見ながら言う。
「いやだって……俺がアリオンとローリーに伝達魔法を送ろうとしたら……なんか距離が一緒だったからさ。兄貴に聞いても変にはぐらかされるし……。なんでだろうって思ってる時にシオンに話し掛けられたから……」
ユーヴェンの言葉に納得がいった。
あの鈍感なユーヴェンが俺とローリーが一緒の距離にいるだけで一緒にいると気づくのはおかしかったのだ。しかしユーヴェンが俺の気持ちに気づいていたりしたので、意外と鋭いのかと思っていたがやはり違った。
出会ったシオンに何気なく言って、シオンが気づいたのだろう。
「お前がんな事で気づくのおかしいと思ってたら、シオンの入れ知恵かよ!」
ユーヴェンはバツが悪そうに目を伏せて書類に集中する。
シオンは楽しげに笑いながら言ってくる。
「いやあ、そんなんデートしてるしかねぇじゃんって思ってさ。いやー……アリオンとローリーが進展してるようで何よりだよ!」
バシバシと背中を叩かれて恥ずかしくなってくる。
仕返ししてやろうとシオンに切り返す。
「うっせぇ!お前こそゴート嬢とはどうなってんだ!」
シオンは元クラスメイトであるメリア・ゴート嬢と学園時代から付き合っていた。ローリーと喧嘩をしていた一人だが、仲直りしてからはクラスの女子の中ではローリーと一番仲がいいクラスメイトだ。
けれどそんなゴート嬢とこの前別れたと言って落ち込んでいた。それ以降ずっと泣き言を言っている。
シオンは俺の言葉を聞くと、途端に眉を下げて目に涙を浮かべた。
やばい、面倒な事になった。
「うぅ……アリオン、ユーヴェン……俺……俺やっぱりだめだ……。メリアがいないとだめだぁ……」
昔からゴート嬢が大好きだったこいつがなぜ別れたのか不思議の限りである。
シオンは学園の四年次くらいからゴート嬢を落とす為にかなり猛アタックを繰り返し、ついにシオンの熱意に負けたゴート嬢が六年次に上がった頃に頷いたのだ。
それからのシオンとゴート嬢はかなり仲のいい恋人同士だった。
それでも就職して環境が変わったからか、なんだかシオンが落ち込み始めたと思ったら別れたと報告された。
シオンの話を聞いていると誤解やすれ違いが重なった結果っぽいので、ひとつ溜め息を吐いた。
「ちゃんとそれを伝えに行けよ、お前は」
たぶんそれを伝えたらゴート嬢も考えてくれる話だと思う。
ローリーいわく、ゴート嬢も意地っ張りだから……との事だった。
「会いに行って避けられたらどうすんだよぉ……」
それでも泣き言を言うのでバシッと背中を叩く。
「しっかりしろよ。それでも言わねえと始まらないだろ」
「アリオンの言う通りだよ、シオン。やらないとわからないだろ。……よし。アリオン、チェックし終わったから持って行ってくれ」
ユーヴェンから書類を差し出されたので受け取る。
「おう、ありがとな。それじゃ、ローリーの事頼むわ、ユーヴェン」
最後は少し大きめの声で言う。なるべく俺がローリーの事をユーヴェンに頼んでいると周囲に示しておかなければ。
「わかった」
ユーヴェンが笑って頷いたのを見て踵を返す。
「ほら、シオン。お前も呼ばれてんだろ、行くぞ」
シオンを引きずりながら連れて行く。
「おう……」
まだ落ち込みながら言うシオンは、俺に凭れていたのをやめて普通に歩き出す。
それでもまだしょげたままだ。
「お前ぐずぐずしててゴート嬢が他の奴にいったらどうすんだよ」
俺の言葉にシオンが耳を手で塞いだ。
「あー!言うなよ、アリオン!俺の心砕けちまう!!」
「はあ……お前は……。なら行動しろよ……」
「わかってるけど……」
ぶつぶつと言っているシオンを横目に見ながら懐中時計を取り出す。
まだ作戦会議の時間まで少しある。急がなくても大丈夫だろう。
懐中時計のチェーンの先にあるローリーからもらった青い魔石を思い浮かべる。目聡そうなシオンの前では出さないが、あの魔石がチェーンの先にあると思うだけで心強くて口元も緩む。
――すっげえ可愛かったな、ローリー……。
俺にローリーの色と魔力の入った魔石をずっと身に着けていてほしいなんて、まるで恋人同士みたいだ。
しかも俺の色のネックレスを見ていたと知った時にはその場で悶えそうになってしまった。自惚れかと思っていたが、ローリーに言ってみると顔を真っ赤にした。その後ローリーの口から俺の色だと思ったなんて言われた時は嬉しくてどうにかなりそうだった。
――ローリーって……俺の事……かなり、好き……だよな……?
額や手にキスをしても、抱き締めてもローリーは嫌がらないどころか受け入れるし、あげくの果てにローリーの方から抱き着いてきたりするのだ。
正直もっと抱き締めたりしたいと思ってしまう。必死に付き合う前だと自分に言い聞かせてローリーと接している。
けれど、俺がそんなんだったから……ローリーの何か言おうとした言葉を止めてしまった。
泣かせてしまったのはやらかしたと思う。
それが心残りだ。あいつに帰る前に聞いてみると、あとで話すからまた今度話すに変わっていた。
――ローリー……何を言うつもりだったんだ……?
言いにくい事だったんだろう。たぶん勇気も溜めていたんだと思う。
その事を思い出して、大きく溜め息を吐いてしまった。
――今度はローリーの話を止めたりしねえ……。
ローリーには俺が……あまり近づかれると考えてしまう事を言ってしまったし……一応気をつけるようになるだろう。
ふと、またマイクとカールの話を思い出して顔を歪める。
――……あいつらがローリーに吹き込んだ事を後悔させてやる……!
今まで知らなかった事が悔やまれる。
ローリーに程々にと言われたけれど、全て治しておけば問題はないだろう。
いくら理由があったからといっても許す気は全くなかった。
――ローリーにずっと抱えさせやがって……!
ギリッと歯を鳴らした所で後ろから知った声に話し掛けられた。




