止めた理由
「ローリー、もう平気か?」
アリオンがハンカチで拭いていたのをやめて、気遣いながら聞いてくるのでゆっくり目を開く。
「うん、平気……」
優しくしてくれたアリオンに、気持ちが収まっている。
アリオンの問いにコクリと頷いた。
「ローリー……話は、なんだった?」
その問いには、すぐに答えられない。
――……ちょっと……言う機会……逃しちゃった、気がする……。
また勇気が溜まるまで少し待とう。
「…………んと……後で、言う……」
とりあえず先送りにしてみる。
私の言葉に、アリオンは申し訳なさそうな顔をした。
「……そうか。悪かったな、止めちまって……。ローリーがまた言いたくなったら、今度は止めずに聞くから」
そう私の頭を優しく撫でながら言ってくれる。
きゅっと唇に力を込めた。
――……先に、アリオンに止めた理由聞いてからにしましょう……!
その間に、言う心の決意をまた固めてみよう。
それに理由を知っとかないとまたやってしまうだろうから、アリオンに我慢をさせてしまうかもしれないのだ。それは良くない。
「……ううん、大丈夫……。私、何かやっちゃったんでしょ?ごめんね……。……アリオン、何が……駄目だったの?」
アリオンは私の言葉に少し眉を寄せた。
「いや……俺自身の問題だから、ローリーが謝る必要はねぇよ……。悪い……」
その言葉に首を振る。
アリオンが私を止めるんだからきっと私を思っての事か、アリオンが我慢しなきゃいけない話なんだと思う。
「ううん。アリオンに我慢させるような事、私がしようとしたんでしょ?駄目な事……もうやらないようにするから……教えて?抱き着くの……なんで駄目だったの?」
アリオンは目を泳がせる。少し迷っているようだ。
「アリオン、大丈夫よ。なんでも言って」
気合いを込めて言った私の言葉に、くっと顔を顰めた後アリオンは深く息を吐いた。
じっと私を見つめてから、一度目を瞑って頷いた。
「……ん、わかった……。…………じゃあ……ローリー、俺は今から……ちょっとお前にお説教をする」
アリオンの言葉に目をぱちくりとさせる。
「え?お説教?」
思わず問い返すと、アリオンは真面目な顔で頷いた。
「お前の無自覚をどうにかする為だ。ちょっと、向こうに行くからな……。……ほら、そんなに不満そうな顔すんなよ……」
アリオンが何故か向かい側のソファーに行こうとするので、つい頬を膨らませしまった。
――無自覚なのかもしれないけど……!でも言うなら隣でもいいじゃない……。
きゅっと掴んでいたアリオンの袖を引っ張って、不満を口に出す。
「別にここでもいいじゃない……」
隣で何が悪いのかわからない。
……兄が説教した時の再現なんだろうか。
アリオンはぐっと何かに耐えるような顔をした。
「…………俺の……精神衛生上……向こうがいいんだ」
――……精神衛生上……?……隣同士で座っていると、お説教ができないって事かしら……?
そう言うなら仕方ないので袖をぱっと離す。
「……わかったわよぅ……」
頷くと、アリオンは頭をポンポンと優しく叩いてからソファーから立ち上がった。
「ん、ありがとな」
離れていく手が寂しい。けれど、仕方ないと自分を納得させる。
アリオンは向かい側のソファーに座って、ひとつ息を吐いていた。
アリオンのその様子に不安が湧き上がる。
「アリオン……私、すごく……駄目な事、した……?」
眉を下げながら聞く。
アリオンが私にお説教するとわざわざ言う程だ。とんでもない事をしたのだろうか。
私の問いに優しく笑って首を振る。
「違う。ローリーは……そんなに、悪くねぇ……と、思う。…………俺がお前に……何も……伝えようと……してこなかったのが、悪かったからな……。だから……これから、言う」
アリオンの躊躇うような言葉に、目を瞬かせた。
私にお説教はするけど、アリオンが自分が悪いと言っているからなんだかよくわからない。
「?そっか……?」
不思議に思いながら頷くと、アリオンは深呼吸をした。
そして、言い難そうにしながら口を開く。
「…………あー……ローリー……その、な…………」
「うん」
真っ直ぐアリオンを見つめると、少し頬を染めて目を逸らされた。
ポツリとアリオンの言葉が落ちる。
「………………お前さ……今……その……コート、着てないだろ?」
「…………へ?」
予想外の言葉に疑問しか湧かずに戸惑いの声を出す。
アリオンは、続ける。
「俺も、今はコート着てない、だろ?」
なんだか分からないながらも、アリオンの言葉に頷く。
「え、うん……。部屋、もうあったかいもの……」
それが、どうしたというのだろう。
「だから……その…………ちょっと……駄目、というか……」
「…………え」
コートを着ていなければ、駄目、とは……何のことを言っているのか。コートを着ていなければ……温かい部屋でなければ、寒い。寒いと言うことは、厚着をしていないからで……。……それは……。
少し思考に引っ掛かりが出た所でアリオンが目を伏せながら、しどろもどろに続けた。
「……そのな、ローリー……お、俺だって……男なんだよ……。…………その……ちょっと……う、薄着の……お前に……だ、抱き着かれたりしたら……さ、流石に……考えちまうって……いうか……」
「…………」
アリオンの言葉に、目を丸くする。
――え、あれ……?アリオンも……男の、人……。
そんなのは、分かっていた。だって体格も手の大きさも、何もかも女の私とは違う。
だけど……。
アリオンも、『触れたい』とか……考えたりするのかなって……昨日、思った。
それは……『男の人』、だからこその……考え、で。
「あー……だから…………その……お、お前に……もっと……さ、触りたい……とか、か、考えちまうんだよ……!だ、だから今は、駄目なんだ!」
アリオンのはっきりとした言葉に顔を真っ赤に染める。
――え、あ、アリオン……え!?わ、私の体に……ふ、触れたい……とか、お、思ったり……す、するの!?
「……あ、アリオンのすけべ!!」
耐え切れなくて思わず叫ぶと、アリオンも真っ赤な顔で言い返してくる。
「おう、そう思っとけ!そうじゃねぇと俺が持たねえんだよ!無防備に俺に抱き着こうとしてくんな!」
それは無防備に抱き着いたら、考えてしまうという事なんだろうか。
――そういえば……昨日、コートを脱いでから抱き着いたら……抱き着くなって……。
それは……もしかして、考えてしまうから、だったのだろうか。
「ひ、開き直ったわね……!」
混乱したままアリオンをキッと睨む。
顔は真っ赤に染まっているだろう。とても熱い。
「俺だって男なんだよ!お、お前が信じてくれてるからそりゃ、その信頼に応えたいって思ってるけどな……。流石に限度があるんだ!……好きな相手に抱き着かれたら……お、俺だって……ちょ、ちょっとぐらい……さ、触りたい……とか……か、考えるに決まってるだろ!こ、コート越しだと……そ、そこまで……その……お、お前の感触を……か、感じないから……まだ……平気な……だ、だけなんだよ!だ、だから……お前も俺相手に危機感ちゃんと持て!」
「!!」
頭がのぼせ上がりそうだ。
――か、感触!?感触って……なに!?
アリオンの胸板は逞しくて硬いな、なんて……私は思っていたけれど……まさか……アリオンも……思っていたなら、それは……。
――む、胸……あ、当たってた、かしら……!?
当たっていたら……それは、私もアリオンの逞しさを感じたように……アリオンも……多少は、感じていたはずで。
全身が、熱い。ふるふると震えてしまった。




