穏やかに流れる刻
着替えてからリビングに戻ると、何故かアリオンがソファーに座りながら顔を丸めた自分のコートに埋めていた。
不思議に思いながら声を掛ける。
「アリオン?」
「……おう」
アリオンは顔を埋めたまま返してくる。
「なにかあった?」
その問い掛けにアリオンは顔を上げてジト目で見てくる。
「なんにもねぇよ、バカローリー」
アリオンの言葉にムッとする。
「もー、なんでバカって言うのよ」
「お前だって俺に言ってるだろ」
そう言われるとアリオンを責めることは出来ない。
恐らく私の方が多く言っている。
「まあそうだけど」
私の少し不貞腐れた返しに、アリオンは軽く息を吐いた。
「それよりなんだ?」
「うん。アリオン私を引き止めてたでしょ?なんだった?」
アリオンは私の言葉を聞くと眉を寄せて溜め息を吐いた。
「……なんでもねぇよ。……あー……お前が、あんな去り方したから……ちょっと呼び止めただけだ」
「あ、ごめん」
悪い事をしてしまったと思って謝ると、アリオンはふっと笑う。
「いいよ、気にすんな」
そう言ったアリオンは立ち上がって私の頭をポンポンと優しく叩く。そんなアリオンの仕草にほっとする。
「ね、アリオン」
「ん、まだなんかあったか?」
私が呼び掛けるといつも優しく返してくれる。
「あのね、これ……また、つけて?」
言いながら差し出したのは、アリオンがくれたネックレス。
着替えた時に外してしまったので、どうせならまたアリオンに着けてもらおうなんて考えた。
――たぶん……明日からはまた……会えないから……。
もう少し、アリオンに甘えたかった。
アリオンは一瞬目を瞑った。
「…………おう」
けれどそう頷いてくれたので、パッと笑みが溢れた。
アリオンは仕方ないように笑いながらネックレスを受け取ってくれる。
流石に我儘だっただろうか。でもアリオンが断らなかったのでとりあえずそれでいい。
アリオンに背中を向ける。
「髪持っとくわね」
昼間着けてもらった時に髪を後で出していたので、今度は邪魔にならないように持つ。
「……うん……」
アリオンが小さく頷いた。……なんで溜め息を吐かれているんだろう。
アリオンが私の頭の上からネックレスを両手に持って掛ける。
「ローリー、少し髪持ち上げてくれ」
「うん」
私の髪と手を、反対の手に持ち直してアリオンの腕をくぐらす。
なんだか……さっきと同じように後ろから抱き締められているみたいだ。顔に熱が上ってくる。
アリオンがそのままネックレスを首元に置いて手を私の首の後ろに回す。
さっきまで着ていた高い襟のブラウスとは違って、首元が出ているブラウスなので、少しネックレスのチェーンがひやっとした。
「んっ……」
ひやっとした感触に思わず声を出してしまうと、アリオンがびっくりしたように手元が動く。
アリオンの手がするっと項を撫でるように当たった。
「ひゃっ」
パッと手で口元を抑える。変な声を上げてしまった。
アリオンはピタリと止まっている。
「ご、ごめん……。ちょっと、くすぐったくて……」
恥ずかしくなりながら謝ると、アリオンからも謝ってきた。
「わ、悪い……」
「ううん……」
アリオンはそのまま慎重に留め金を留めた。
「ほ、ほら、つけ終わったから……」
そう言ってパッとアリオンが手を離すと、ネックレスがしゃらりと揺れた。
「ありがと、アリオン」
振り向きながらアリオンに笑顔でお礼を言おうとすると、上から頭を撫でられる。
「おう……」
少し弱々しい声で言うアリオンが気になったけれど、なんだかいつもとは違って抑えるようにされているのでアリオンの顔が見えない。
――でも……変な声、出しちゃったし……ちょうどよかったかも……。
流石にアリオン相手とはいえ羞恥心が湧いてしまう。
――ネックレスのチェーン、握って温めておいたらよかったわ……。
部屋の空気が寒かったし、最初に大事に取り外したのでチェーンが冷たくなったのだろう。だから肌に触れた時に思わず声を出して、あの事態を引き寄せてしまった。
反省しながら暫くそのまま黙って撫でられていると、終わりと言うように頭をポンポンと叩かれる。
パッと顔を上げると、アリオンはふっと柔らかく笑ってくれたので安心して私も笑みを零した。
「ご飯準備するわね」
そう言いながらエプロンを取ってつける。
「おう、手伝うか?」
アリオンの言葉に目を輝かす。
「……うん!」
満面の笑みで頷いた。
――ふふ、お兄ちゃんとアリオンが一緒に料理してたの羨ましかったのよね。
「わかった」
アリオンは私の返事におかしそうに笑った。
わくわくしながらキッチンへと向かう。
「ふふ。でもだいたい朝にやっておいたから、あと温めたり、盛り付けたりするだけなんだけど」
一緒に料理、とまではいかないかもしれない。でも、また機会があるかもしれないのでとりあえず今日はアリオンには少しだけ手伝ってもらうくらいにしよう。
元々アリオンをもてなそうとしていたから、今日はそれでいい。
「流石だな、ローリー」
「ふふ、そうでしょ?」
アリオンにふふんと胸を張りながら返した。
食器をアリオンに出してもらいながら、料理を温め直して盛り付ける。
全ての準備が終わって、食卓用の机に料理とパンとワインを並べ終えた。
「できたわ」
「美味そうだな!」
アリオンがとても嬉しそうな声で言う。
それに微笑みながら告げた。
「じゃあ食べましょ、アリオン」
「おう、頂くな」
アリオンがまず私が作った牛すね肉の煮込みをとって口に運ぶ。私はカラトリーを持ちながら対面にいるアリオンをじっと見つめた。
美味しいと言ってもらえるかどうか、少しの不安と緊張が襲う。
料理を口に入れた途端、アリオンが目を輝かせた。
「うわー……うっめぇー……!」
アリオンの崩れた笑みに心が跳ねる。口元がだらしなく緩んだ。
「この牛肉の煮込み、すっげえ柔らけぇんだけど!これ……どれくらい煮込んだんだ?」
「ふふ、よかった。二時間くらいよ。表面にしっかり焼き色つけてから煮込んだの」
「へぇー。二時間なんだな。もっと長えのかと思った」
「ふふ、そう思ってくれたなら大成功ね!」
アリオンのまじまじと見ながら言ってくれる言葉に嬉しくなる。
「こっちの魚介のマリネも美味いなー。ローリーも食えよ。美味しいの作ったの、お前なんだからさ」
アリオンにそう言われて、私も食べようと止まっていた手を動かした。
美味しいとアリオンに屈託なく褒めてもらえて、少しだけ不安だった心はすっかりなくなっていた。
「ええ。……うん、我ながら美味しいわ」
自画自賛しながら食べ進める。味見もしてはいたけど、ちゃんと美味しい事にほっとした。
「おう、美味い。このマリネの味付けはどうやったんだ?」
「これはね……」
アリオンとそんな会話や今日の事を楽しく話しながら、私が作った料理を食べて笑い合った。




