アリオンと家族
フォルドさんがカチャリとポットとお菓子を机に置く。
「あ、アリオンくんありがとう……。茶器を並べてくれて……」
少し気弱そうに微笑んだフォルドさんの言葉に、アリオンはムスッとしている。
「フォルドさんにお礼を言われる筋合いはないです」
とりあえず表面上取り繕うのは止めたらしい。
――……気が合ってるなんて気のせいだったわ……。
「そっか。……あの、アリオンくん……僕の事はスタンで構わないよ……?」
アリオンの態度に戸惑いながら言ったフォルドさんに、アリオンは目を向けずに言い放つ。
「…………フォルドさん、俺が紅茶注ぐんでソファー座ってていいですよ」
「そ、そっか……。わかった。ありがとう」
申し訳なさげに言うフォルドさんを見ることもなく、アリオンは紅茶を茶器に注いでいく。
取り繕うのはやめたけれど、これはこれで問題のある態度である。
――アリオン……全然受け入れられてないのね……。
フェリシアさんが眉を寄せながらアリオンに厳しく糾弾する。
「アリオン、あんたは……!ずっと避けてた上に、上っ面で挨拶したと思ってたら次は態度が悪いってなんなのよ!?」
アリオンはフェリシアさんの怒りに不貞腐れた顔をした。納得していなさそうだ。
「まあまあ、お姉ちゃん。上っ面で返事しなくなっただけ前進だよ」
エーフィちゃんがフェリシアさんを宥めるようにそう言うので、アリオンは流石にバツが悪そうな顔をする。
「アリオン、エーフィちゃんにも言われてるわよ」
「うっせぇ……」
流石に妹のエーフィちゃんにも言われたのは堪えたのだろう、沈んでいる感じだ。
仕方ないなぁと思いながら苦く笑うと、アリオンはぶすっとしたまま首を掻いた。
「う、上っ面……」
フォルドさんが落ち込んだ声でそう言う。
彼女の弟に好意的な対応をされたと思っていたのに、実際は避けられていた上に上っ面な挨拶だけされていたのだと知れば落ち込むかもしれない。
「スタン、気にすることないわよ。この馬鹿な弟のアリオンが悪いんだから。はあ……仕方ないわね。とりあえずいつまでも逃げるのは無理なんだから、あんたはちゃんと帰ってきなさい。私もエーフィも母さんも、騎士っていう仕事してるあんたを心配してるのよ?」
フェリシアさんがアリオンを厳しく見ながら言う。アリオンは痛い所をつかれたように眉を下げた。
「そうだよ。お兄ちゃんが帰って来てくれないの寂しい……」
エーフィちゃんも寂しそうにアリオンを見て言うので、アリオンは更に情けない顔をした。
「……う……悪かった、エーフィ……。……姉さんも、ごめん……」
「わかればちゃんと帰ってきなさい」
「うん!お兄ちゃん帰ってきてね!」
アリオンはフェリシアさんとエーフィちゃんの言葉に、はにかみながら頷いた。
「まあ、ローリーちゃんと休みが合ったら一緒に連れてきて口説けばいいから。うちに連れてきたら外堀埋めてあげるわよ」
「え!?」
フェリシアさんの言葉に目を丸くする。
「うん!ローリーちゃんにお姉ちゃんになってって私も毎回頼むよ!」
満面の笑みで言うエーフィちゃんに更に目を見開いた。
「外堀か……」
アリオンが少し考えるように目を伏せるので、恥ずかしくなって叫ぶ。
「アリオンもなんで考えるのよ!?」
アリオンはそれに楽しそうに笑った。
フォルドさんに会ってからはムスッとした表情ばかりだったので少し安心する。
ふっと微笑むと、エーフィちゃんが私ににこにこと微笑みながら聞いてきた。
「ローリーちゃん、お兄ちゃんの事どう思ってるの?手を繋いでたんだから、悪くは思ってないよね?」
その問い掛けに顔を赤くする。
「わ、私は……その……」
エーフィちゃんに答えようと口を開こうとすると、アリオンが先に口を出した。
「こら、エーフィ。なんでもローリーに聞くんじゃない。……ローリーは……俺の事好きになりたいって応えてくれたんだよ……。だから……今は俺の頑張りどころなんだ」
そうエーフィちゃんに恥ずかしそうに言ったアリオンに胸が鳴った。
アリオンの言葉にエーフィちゃんは私をキラキラと目を輝かせて抱き着いてきた。
「やったぁ!ローリーちゃん最高!早くお兄ちゃんの事好きになってね!」
「エーフィ、ローリーを急かすんじゃない。この前告白したばっかなんだ」
「そうよ、エーフィ。今はローリーちゃんを私達で、落とすのよ」
「そっか!私達でローリーちゃんを落とすんだね……!」
「姉さんまで……」
「はわ……」
姉妹の話に思わず変な声を漏らす。
――なんでこの姉弟達は恋に積極的な所がとても似ているの……!
美形な姉弟達に囲まれて私を落とされようとしているのはどうしたらいいんだろう。
ぐるぐると頭を混乱させていると、フェリシアさんがフォルドさんに呆れたように声を掛けた。
「……スタンもいつまでも落ち込んてるじゃないわよ。アリオンは外面完璧だって言ってたでしょ」
「う……わかったよ、フェリシア……」
少し俯いていたフォルドさんは元気を取り戻すように頬を叩いた。アリオンは相変わらず知らない振りを続けている。
「という事であんたもローリーちゃんをアリオンに落とすのを手伝いなさい」
「はあ!?」
フェリシアさんの言葉に反応したのはアリオンだ。すごく嫌そうに顔を歪めている。
フォルドさんもアリオンの様子を見て眉を下げながら進言した。
「いや、フェリシア……それは流石に……」
なんだろう。私に関係ある話のはずなのに、私が関知しない感じの話になってきている。
エーフィちゃんが立ち上がって本を持ってくる。
「なんでフォルドさんに手伝ってもらわないとってなるんだよ……別に俺がローリーを好きにさせるからいいだろ!」
アリオンはフェリシアさんに嚙みつくように反論した。
「ローリーちゃん、一緒に本読もう?これね、いっぱい可愛いお花が載ってるんだ」と、エーフィちゃんが話し掛けてきたのでわかったわ、と頷いた。
エーフィちゃん的には関わらなくていい話だと判断したらしい。
「あんたがずっと気づいてない愚鈍だったからよ」
その言葉にアリオンは眉を寄せた。自分でも鈍感だったと言っていたから、その通りだと思っているんだろう。
私はエーフィちゃんと本を読みながらその様子を見ていた。二人の姉弟喧嘩におろおろしているフォルドさんが少し可哀想に思えた。
アリオンはキッとフェリシアさんを睨む。
「……姉さんは気づいてたっていうのか?フォルドさんは学園の先輩だったんだろ?」
フェリシアさんはアリオンの言葉に綺麗に微笑む。一応馴れ初めはアリオンも覚えていたらしい。
「あら、聞いてるんじゃない。…………近づいたのは王立大学で、だったもの。あんたよりは早いでしょ?」
にっこりと笑うフェリシアさんに、アリオンは少し意地悪気に微笑んだ。
「……いつだったか学園時代に」
「アリオン、あんたよっぽど死にたいのね?」
そう言ったフェリシアさんから冷気が漂う。
アリオンとフェリシアさんはこういった喧嘩は時々していた。だからエーフィちゃんも慣れていて、こうやって無視している。二人共エーフィちゃんには甘いから飛び火することはない。
「……勝てると思ってんのか、姉さん」
アリオンが少し怖気づいたように言う。この場合は口先で、だ。
しかしそう怖気づいたように言う時点で負けていると思う。
フェリシアさんは私にパッと向いて言った。
「ふふ……。ローリーちゃん、アリオンってば学園時代にローリーちゃんを連れてきた時」
「わあー!何を言うつもりなんだよ、姉さん!」
アリオンが慌ててフェリシアさんの発言を遮る。……私を連れて来た時がどうしたんだろう。
そこで本を読んでいたエーフィちゃんが楽しげに言った。
「私とおんなじくらい可愛いって言ってたんだよ!」
「へ?」
エーフィちゃんの言葉に目をパチパチさせてしまう。
「エーフィ!?お前姉さんの味方なのか!?」
「えへへ。私ローリーちゃんを見た時ね、綺麗で可愛いお姉ちゃんだったから、お兄ちゃんにおんなじくらいって言われて嬉しかったんだぁ。それに私のお守り拾ってくれた優しいお姉ちゃんだったんだもん」
とても可愛い満面の笑みのエーフィちゃんに思わずエーフィちゃんを抱き締めた。
「うっ……可愛い、エーフィちゃん……!」
そう言うとエーフィちゃんも嬉しくなったのか抱き締め返してくれた。
――エーフィちゃんが妹なんて……いいわね……!
ついそんな願望が頭に浮かんだけれど、その前に考えるべきことはもっとあるはずだ。
「そうだろう、ローリー。エーフィは可愛いんだ……!」
アリオンもそう言って頷くので、とりあえずいいかと思考を放棄してエーフィちゃんの頭を撫でた。
「エーフィの可愛さに話がどこかへ飛んでいったわね……」
フェリシアさんの諦観を含んだ声に、フォルドさんが苦笑していた。




