姉妹
「エーフィ、一人で先に行かないのよ」
そう言いながら綺麗で赤みが強い茶髪を靡かせながら吊り目がちな銀色の瞳を瞬かせている、フェリシアさんが現れた。
フェリシアさんは私を認めると優しく微笑んでくれた。
「あら、ローリーちゃん久し振りね。アリオンがあんまり帰ってこないから……本当に久し振りよ」
フェリシアさんは言いながらアリオンに鋭い視線を向けた。アリオンはバツが悪そうに目を逸らした。
「お久し振りです、フェリシアさん。エーフィちゃんも久し振りね」
フェリシアさんに挨拶を返しながら、返していなかった挨拶をエーフィちゃんにも返すと、嬉しそうに微笑んでくれた。
「ま、待ってくれ……フェリシア、エーフィちゃん……」
気弱そうな声が聞こえたと思えば、小麦色の髪と垂れ目がちな深緑の瞳を持った男性が現れた。
フェリシアさんの彼氏である……スタン・フォルドさんである。
アリオンが顔を歪めそうになったが……ピタリと止めて下を向く。
「あ……アリオンくん、久し振りだね……!あと……えっと、ガールドさん……だったかな……?」
フォルドさんは人の良さそうな笑みを浮かべながら言った。
以前会った時にアリオンはキラキラ笑顔で対応していた。だからスタンさんにとっては悪い印象はないはずだ。
「はい、そうです。フォルドさん、でしたよね?」
「うん、スタン・フォルドです。アリオンくんの友達だったよね?」
にこにこと笑い合いながら話す。ちらりとアリオンを見上げると、変な顔をしている。
ちなみに繋いでいる手はフェリシアさんやフォルドさんの位置からは見えていないみたいだ。突っ込まれていない。
「えっと……」
友達だと言う言葉に頷いていいのか迷っていると、アリオンが口を開いた。
「お久し振りです、フォルドさん」
顔を上げたアリオンはキラキラとした笑顔でそう返した。思わず半眼で見る。
――駄目だわ。やっぱり上辺で対応しようとするし……早いのかしら……。
しかし、このままなのは良くないだろう。フェリシアさんがアリオンの事をすごい形相で睨んでいる。
私はアリオンの脇腹をドスッと肘で殴った。
ピクッと反応したアリオンが不満そうに私を見てくるので、目でフェリシアさんを指し示す。
アリオンが私の視線を追うと、すごい形相で見ていたはずのフェリシアさんが妙にキラキラした目で見ている。それでハッとする。
…………しまった。アリオンと繋いでいる手の方だった。肘で殴るのに少し手を上にあげてしまったので見えてしまったのだろう。
カッと顔が赤く染まる。アリオンも同様だ。
家族の前だ。恥ずかしがるのはとてもよく分かる。
手を繋いでいるのを見てしまったフォルドさんが、申し訳なさそうに声を出す。
「あ!ごめん!友達じゃなくて恋人同士だったんだね!」
そのフォルドさんの言葉に、耐え切れなかったアリオンが叫んだ。
「まだ恋人同士じゃねぇんだ!いちいち突っ込むな!」
外面を投げ捨てて理不尽に怒ったアリオンに、フォルドさんが目を丸くした。
***
「それで、ローリーちゃん!どういう事なの?」
「私も気になるわ!教えて、ローリーちゃん」
エーフィちゃんとフェリシアさんに挟まれながら私はどう答えようかと目を泳がせた。
私とアリオンはアリオンの実家に連行されていた。流石に街中のど真ん中だったので、家で話しましょうと言われたのだ。
そしてソファーに座るなり、さっきの質問だ。
「姉さん、エーフィ……あのな……」
アリオンが口を開くと興味津々な二人の目がアリオンへと向く。
「あ、僕はお茶を入れるね……」
フォルドさんがそう言って慣れたように台所の方へ向かう。それに驚いたのはアリオンだった。
「なんでフォルドさんが……?」
訝しげな言葉を拾ったのはフェリシアさんとエーフィちゃんだ。
「え、スタンが淹れるのはいつもの事よ?」
「うん、スタンさんがいつも淹れてくれてるよ?」
アリオンはそれに目を剥いた。
「は!?姉さんもエーフィも、そうやっていつも人を使う事を覚えるな!……ったく!」
そう言いながらアリオンも台所へと向かう。そういうのはいつもアリオンの役割だった。私やユーヴェンが遊びに来た時も、いつもアリオンが淹れてくれていた。
フェリシアさんとエーフィちゃんに甘いアリオンだけれど、しっかりしているので家主が居るのにフォルドさんがお茶を淹れるという状況が許せないのだろう。
もしかしたらそんな風に慣れ親しんでいるのも許せないのかもしれないけれど。
「お兄ちゃんに怒られたー……」
「自分はスタンから逃げてたくせにねー」
「ねー」
エーフィちゃんとフェリシアさんはそんな会話を交わしている。
――アリオン、フォルドさんから逃げてた事バレバレね……。
「ローリーちゃん、ローリーちゃん」
「なに?」
可愛らしいエーフィちゃんの声掛けに顔を緩ませながら聞き返すと、とてもいい笑顔だ。
「さっきの質問の答え聞きたいな?」
エーフィちゃんの言葉に顔が赤く染まる。
「ローリーちゃん真っ赤!え、これは……もしかして、もしかするのかしら?」
「だよね、お姉ちゃん?ひょっとするとひょっとするかもしれないよ!」
「あの……その……」
盛り上がっている二人は私が口を開くとすぐにこちらを向く。その目はなんだか期待に満ちている。
――アリオン、言うつもりだったみたいだし……言っていいのかしら……。
誰にでも言えばいいと言っていたアリオンを思い出す。それに……言わないと、とアリオンも思っていたはずだ。
すうっと息を吸った。
「わ、私……その、アリオンから……告白、されました……」
しどろもどろになりながら言うと、エーフィちゃんとフェリシアさんが目を輝かせながらお互いを見合った。
「わぁー!やっとだよ、お姉ちゃん!」
「やっとね!エーフィ!もしかしてローリーちゃん私の妹になってくれるのかしら!」
「え!?そっか!ローリーちゃんがお姉ちゃんになるかもしれないんだ!ふふ、嬉しいなぁ!」
二人の言葉に熱が上る。
――妹!?お姉ちゃん!?ま、まだ……こ、恋人にもなってないのに……!?
混乱していると、茶器を持ってアリオンが現れた。
「エーフィ、姉さん!ローリーが困ってんだろ!あー……告白はしたけど、今はまだ……俺が、口説いてる……とこなんだよ……。だからまだ、付き合ってねぇんだ……」
最後の方は小さく言いながら、茶器を並べていく。
「アリオン、必ず落としなさい」
「お兄ちゃん、頑張ってね!」
「言われなくても落とす気満々だよ、俺は」
「流石お兄ちゃん!」
「それでこそ私の弟ね」
姉弟の話に顔が赤くなっていく。
「はう……」
どうしてこんなにノリノリなんだろう。
エーフィちゃんが懐いてくれてるのも、フェリシアさんが可愛がってくれてるのも嬉しかったけれど、急にこんな感じになったら戸惑うものではないだろうか。
……そういえば、やっと、と言っていた。
「てか姉さんもエーフィも……前から俺の気持ち知ってたのか……?」
茶器を並べ終えたアリオンが恥ずかしそうに聞く。
そこへフォルドさんがティーポットとお菓子を持ってこちらへ来る。……意外とアリオンとフォルドさんは息が合っているようだ。
「知ってたに決まってるじゃない。あんなに分かりやすいのに」
「うん、お兄ちゃんわかりやすかった!」
「ぐっ……」
そう言った二人にアリオンは呻いて目を逸らした。
……そんなにわかりやすかったんだろうか。私はわからなかったのに……。
人に会う度にアリオンがわかりやすかったと言われる現状に、思わず遠い目をした。
――私って鈍いのね……。
そんな知見を得た。




