アリオンの欲しい物
アリオンとずっと見つめ合っている状態に恥ずかしくなって、パッと目を逸らす。
すると、小部屋のお店側の扉が開いた。
アリオンもペンダントから手を離してそちらを向く。
「ほら、紅茶でよかったか?」
ビンスさんが私達の前に紅茶と一緒にちょっとしたお菓子も置いてくれる。
「ありがと、ビンスおじさん」
「ありがとうございます」
お礼を言うと楽しそうにビンスさんは笑いながら言う。
「なんだ、小部屋って事はついにローリーちゃんに懐中時計買う気になったのか?」
ビンスさんの言葉にきゅっと唇に力を込めた。
確かにこの小部屋は受注して懐中時計を作る為の商談部屋なんだろう。だからそう聞かれてしまうのも分かる。
しかもビンスさんにはいつも安くするから懐中時計を作らないかと聞かれていたのだ。なんならアリオンに請求すると言われていた。私に甘いアリオンは騎士なら給料もいいし、働き始めたら買ってやろうかなんて言ってきていたのだ。
そんなアリオンにお金が貯まったら自分で買うわよと言っていたからこその質問だろう。そして王宮の事務員は給与もいいのでかなり貯まってきてはいる。
私も昔からアリオンが懐中時計を大切そうに見ていたから、懐中時計には興味を持っていた。そろそろ買ってもいいのかもしれない。
アリオンはちらりとこちらを見た。
「……それもいいけど……」
その言葉にジロリとアリオンを睨む。
「アリオン……」
私が買うと言っているのにビンスさんの言い方ではアリオンに買ってもらう感じになっている。
「……欲しくねえ?」
その聞き方はずるい。欲しいか欲しくないかで聞かれたら欲しい。
……アリオンが……チャームが欲しいなら、私もチャームだけでも買ってもらおうかと少し考えた。チャームは安い物もあるし、アリオンにチャームをもらったら懐中時計も思い出の品になる。
――そういうのが増えるのは……嬉しい、の、よね……。
「ローリー」
そんな事を考えているとアリオンが私を覗き込んで返事を促す。
ふいっと顔を背けて悪態をついた。
「…………バーカ」
少しいいなと思ってしまったからちゃんと否定の言葉が出なかった。
「ははは、はっきり断らねえって事は欲しいんだな?ついでに買うか」
楽しそうに笑っているアリオンに向き直ってはっきりと告げる。
「そりゃ、元から欲しかったもの。だから私が自分で買うわよ」
私の言葉にアリオンがすっと目を細めた。
「俺が買う。前から買ってやるって言ってただろ?」
なんでそうなるのか。
「それを了承した覚えはないわよ?だから、私が、買う」
強調しながらアリオンに言い返す。
アリオンは眉を寄せた。
「いっつも俺が騎士になったら買うって言ってたじゃねぇか」
「私は自分でお金貯めて買うって言ってたじゃない。それを尊重してくれてたから今まで言わなかったんじゃないの?」
「就職してからは用事がある時についでにこの店に寄るばっかりで、ゆっくりお前と来た時なかっただろ?」
お互いに一歩も引きそうにない。アリオンと睨み合う。
「それでも今まで言わなかったんだから、買うのやめようと思ってたんじゃないの?だから私が……」
「それは!……それは……ちょっと、俺が本当に買っていいのか……迷ってたのも、あったんだよ……」
アリオンが少し苦々しく言った言葉に目を見開く。
たぶんまたもやアリオンの変な気遣いだ。
むっとして頬を膨らませた。
――また変な気遣いして!……しかも……そんな風に言われたら……ちょっと、考えちゃうじゃない……!
「なんだ、痴話喧嘩かい?」
面白そうに笑ったビンスさんに顔を伏せる。
しまった、アリオンとつい言い合ってしまったけれど、ビンスさんもいたのだ。
アリオンは私から目を外さないままビンスさんに答える。
「今俺が口説いてる最中」
アリオンの言葉にカッと顔を赤くした。
「おー!こりゃたまげた!アリオンがまさかそんな事を言うようになってるたぁな……!」
ビンスさんが楽しそうに言う。更に恥ずかしくなってしまった。
「だから俺が……」
「私が買うもん……」
アリオンが告げようとした言葉を遮りながら言ってやる。
ちらりとアリオンを見ると悩んでいる表情だ。恐らく私が引きそうにないことを分かり始めている。
そんな私達にビンスさんがにっと笑いながら提案してくる。
「はは、喧嘩しなさんな。ここは一つ、二人で折半して買ったらどうだい?アリオンはどうせ父親の形見手放さねぇんだから、互いには贈り合えねえしな。ローリーちゃんが二人で一緒に買った懐中時計を持っとくってのはどうだい?」
ビンスさんの提案にちらりとアリオンを見ると、私に苦く笑った。
少しお互いに意地を張っていたのもわかっているので、その表情なのだろう。
「……俺はいいと思うけど……ローリーは?」
優しく聞いてくるアリオンにほっとする。
……それに、アリオンの迷いを聞いてしまったから……折半ならいいかな、なんて思ってしまった。
「……私も、いい、かな……」
だから、つい頷いてしまう。
アリオンはとても嬉しそうに頬を緩めた。それに胸がきゅっとなる。
――アリオンってずるい……。
そんなに嬉しそうにされたら、今日は私の奢りだったはずなのに、なんて言葉も紡げなくなってしまった。
「よし、決まりだな!どんなのにする?」
早速アリオンが懐中時計の話に入ろうとするので焦る。
「あ……アリオンの欲しい物は?」
せめて先にアリオンの欲しい物をちゃんと探しておきたい。アリオンは自分の事を二の次にしがちだ。
私の言葉にビンスさんがアリオンに問い掛ける。
「なんだ、アリオン欲しいもんあるのか?」
問い掛けられたアリオンは頷いて答える。
「ああ、うん。懐中時計につけるチャームが欲しくて。魔石選べるやつ」
アリオンが告げた欲しい物に目をパチクリとさせる。
じっと見ていると、アリオンは少し恥ずかしそうに笑った。
ビンスさんはハッとしたようにアリオンに突っ込む。
「もしかしてローリーちゃんの瞳の色かい?」
「違う、俺の瞳の色」
「なんだ……ってもう持ってんのか。……ははあ、トップが外れるから懐中時計につけるつもりか」
ペンダントを見ながら言ったビンスさんの言葉に少し目を泳がせた。すぐにバレてしまうのは恥ずかしい。
そうしながらも考える。
――……アリオンの、瞳の色の……魔石……?
アリオンが少し拗ねたようにビンスさんに言う。
「……ビンスおじさん、あんまり余計な事言うなよ」
余計な事とはなんだろう。
ビンスさんはにんまりとした笑みを浮かべながら席を立った。
「口説いてるならお前さんの真意を伝えといた方が良いんじゃねえのかー?とりあえず魔石取ってくるから待ってな」
アリオンにそんな言葉を投げ掛けて、ビンスさんは小部屋から出て行った。
「……真意?」
ビンスさんの言葉が不思議だったので呟きながら首を傾げた。
アリオンは首を掻いて息を吐く。
「…………あー……いや……懐中時計に……この魔石、着ける時さ……あー……懐中時計には、俺の父さんの魔力入ってるから……なんか、どうせなら……俺の魔力がローリーの魔力の横にあるようにしたいなー……って」
「!!」
恥ずかしそうに頬を染めて言うアリオンに、私も釣られて頬を染める。
「……ついでに、俺の色とお前の色が並んでんの……いいかなって……」
「ひゃう……」
思わず変な声が漏れた。
――アリオンの色と、私の色が、並ぶ……。
思い浮かべて、熱が上る。
アリオンが私を熱の籠もった眼差しで射貫く。
「……ローリーの隣、俺がいいから」
「あう……」
目元を赤くしながら言ったアリオンに、耐え切れない恥ずかしさに少し震える。
「ふっ……チャーム決めたら、ローリーの懐中時計決めようぜ」
優しく笑みを漏らしたアリオンが、少しだけ私の亜麻色の髪を掬った。
アリオンの指が少し髪の毛を撫でてから離す。たったそれだけの事なのに、また全身が赤く染まっていきそうだ。




