好きな魔力の心地
私はネックレスの灰色の魔石を見つめながらアリオンに笑う。
「それにしても……さっき魔力は実際に使えないって話をしたばかりなのにね。使えるようにしちゃったわ」
アリオンから魔石の魔力は使えないと聞いたばかりなのに、なんだか悪い気がしてしまう。
「はは、確かにな。ま、取り出せる訳じゃねぇし、父さんの魔力失くしたくねぇからこのままでいっけど」
アリオンは懐かしそうに笑いながら言う。確かにアリオンの言う通りだ。
私の場合は魔力が少ないし、先にアリオンが魔力をいっぱいまで渡してくれていたから途中で止まったけれど、魔力量が多いアリオンがそんな事をすれば魔法の発動を止める間もなく空っぽになってしまうだろう。
「ふふ、そうね」
アリオンの笑みに私も笑い返す。
「でもまあ、俺の魔力も使わねえのが一番だけどな」
「わかってるわよ、魔力分配に気をつけるから」
漏れる小言にまた頷くと、笑いながら頭を撫でられた。
アリオンの大きな手が整えた髪を崩さないように慎重に頭を撫でている。ゆっくりとした撫で方は心地良い。
それに目を伏せながら本音を漏らす。
「……でもアリオンの魔力、暖かくて優しい感じで心地良いのよね」
「!!」
アリオンの手がピタッと止まったので、ハッとして顔を上げる。
「……あ……わざとはやらない、わよ?」
心地良いからと言ってわざと魔力切れになるような事はしない。
――ちょっと恥ずかしい事言っちゃったかも……!
遅れて気づいて顔に熱が上る。
アリオンは仕方ないように笑った。
「わかってるよ……。あー……お前は相変わらずずっりいな」
そう言いながら頭をポンポンと叩く。
アリオンの言葉に目を瞬かせた。
「え、なんでよ」
何がずるいか分からなくて尋ねると、アリオンは愛しげに私を見つめた。
それに、胸が鳴る。
「何も言えなくなるぐらい可愛いからずっりいんだよ」
ぎゅうっと心臓が締め付けられる。唇にも力が入ってしまった。
私の顔を見たアリオンがふっと笑って軽く頬を撫でた。
「……俺もお前の魔力は綺麗で柔らかい感じで好きだよ。ちゃんとお前に教えてもらった魔力の感じ、今でも覚えてっから」
「う……うん……」
アリオンの言葉に目を思わず泳がせてしまう。
私がアリオンに魔力を渡したのは伝達魔法の魔力変換の一回きりだ。なのに、覚えていてくれるなんて……心の奥から喜びが溢れ出す。
アリオンがペンダントを持ち上げて私を見つめる。
「これにしっかり入ってる魔力も、綺麗で柔らかくて大好きだ」
アリオンの柔らかい灰褐色の瞳の眼差しに、心臓が跳ねる。
優しく言ってくれるアリオンに応えたくて、私もネックレスを両手でそっと持ち上げて目を伏せながら言う。
「うん……私も、これに入ってる魔力…………す……好き、よ」
息が、止まるかと思った。全身赤くなっているような気がする。
――あ、アリオンの魔力が……す、す、好きって……言っただけなのに……!魔力だもん、魔力……!
でも、アリオン自身に対しても言えるようになりたい。
ちらりとアリオンを見上げると、とても嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「おう」
蕩けるようなアリオンの表情に、コクリと息を呑んだ。
***
公園で休んだ後、アリオンは欲しい物が決まったと笑った。
何かを聞くと行けば分かると言うのでアリオンと手を繋いで街を歩いていく。
「ん、ここ」
そう言ったアリオンが止まったお店は私も見覚えがある店だ。
目をパチパチさせながら聞く。
「アリオンがいつも来てる懐中時計の専門店じゃない……。……メンテナンスするの?」
そこはアリオンやユーヴェンと一緒に来たことがある懐中時計の専門店だ。小さい頃から馴染みがある店らしく、学園時代によく一緒に来て大抵メンテナンスを頼んでいた。
メンテナンスが欲しい物なんだろうか。……欲しい物、ではないので眉を顰めた。
「違うなー」
アリオンは笑いながら首を振る。
「そうなの?」
「懐中時計につけるチャームが欲しいと思ってな」
「?なんで?」
機嫌が良さそうなアリオンに不思議に思いながら返す。
今まではチャームなんてつけていなかったし、私があげたペンダントがチャーム代わりにもなるのになんでなんだろう。
分からなくて思わず眉を寄せると、アリオンは楽しそうに笑った。
「はは、とりあえず入るぞ」
そう言ってアリオンがお店に入って扉を開くので、私も一緒に入る。
「ビンスおじさん、こんにちはー」
アリオンがいつものように気安く声を掛けると、店の中に居た人の良さそうな壮年の男性が笑う。
「おう、いらっしゃい、アリオン。今日はローリーちゃんも連れてきたのか」
アリオンにそう返したビンスさんが私にも笑ってくれたので、私も挨拶する。
「ビンスさん、こんにちは。お久し振りです」
一緒に来たのは数ヶ月ぶりだろうか。アリオンは私達と出掛ける事が多かったから、学園時代はメンテナンスの度に毎回一緒に行っていたけれど、就職してからはそうもいかなくて来るのは久し振りだった。
「ほんと久し振りだよ、こいつが連れてこないから……。今日は色変え魔法使ってるんだね!」
それに頷いて笑っていると、アリオンが不貞腐れながら答える。
「うるさいなー、流石に学園時代程は休み合わねぇんだから仕方ないだろ。それよりビンスおじさん、今日は奥の小部屋行っていいか?」
「ああ、いいぞ」
アリオンがビンスさんにそう許可を取る。小部屋に行くのは珍しくて目をパチクリとさせた。
「ありがと。ローリーこっちだ」
そう言って歩き出すので大人しく着いていく。
小部屋に入って二つ並んだ椅子に腰を下ろすと、アリオンが私に言う。
「ローリー、ここなら大丈夫だから魔法解くか」
アリオンの言葉に目を瞬かせてからコクリと頷く。
「うん」
きっとアリオンはずっと色変え魔法な事を気にしていたのかもしれない。この小部屋であれば魔法を解いても外から見られるような心配もない。
――それに……私、ネックレスをアリオンの瞳や髪と見比べちゃったもの……。
アリオンももしかしたらそうしたいのかもしれないと思うと、顔が熱くなった。
「じゃ、少し目瞑れ」
アリオンに言われて目を瞑ると、色変え魔法をかけた時と同じように瞼に軽く指が触れた。
「ん、解けた」
その言葉と共に目を開く。
アリオンは私の瞳を見つめながら、柔らかく微笑んだ。
「……やっぱこの綺麗な碧天の瞳が落ち着くな」
そう言いながら灰褐色の瞳でじっと見つめてくる。
……じっと見られすぎて穴が開きそうだ。顔に熱が上ってきた。
少し目をキョロキョロと動かすと、アリオンはふっと笑った。
そして首元のペンダントを、私の瞳と重ねるように持ち上げた。
「……うん、やっぱり……お前の瞳の色にそっくりだ。魔力が揺らめいてる感じも……色んな表情をする、お前の瞳みたいだ」
「!!」
アリオンの言葉に思わずスカートを握る。
「……でもやっぱり、お前の瞳が一番綺麗だ」
嬉しそうに頬を緩めるアリオンに、胸が苦しくなってきゅっと唇に力を込めた。




