たくさんの小さな思い出
アリオンがくれた贈り物をじっと眺めた。
一体何を贈ってくれたのか気になる。今日の記念になる物と言っていたから、今日買ったのだろうか。
――でも今日……ほぼ離れていないわよね……?
なら、記念になればと思って先に買ってくれていたのだろうか。
「ね、開けていいの?」
そわそわと気持ちが逸りながらアリオンに聞くと、柔らかく目を細めた。
「いいよ」
すぐ頷いてくれたアリオンにお礼を言ってから丁寧に包装を解いていく。
長方形のビロードの綺麗な箱が現れたので、アクセサリーみたいだ。
――いつも身に着けられる物だといいな。
アリオンからの贈り物をいつも身に着けられるなら嬉しい。
そう思いながらビロードの箱を開ける。
中身を見た途端、目を丸くしてアリオンを見た。
「あ、アリオン、これ!」
思わず叫ぶとアリオンはにっと笑う。
「何じっと見てるのかと思ったら俺の色のネックレス見てるなんて……ほんとお前可愛いよな」
嬉しそうな顔のアリオンに熱が上る。
箱の中に入っていたのは私がガラス細工のお店で見ていた、カランコエを模している花びらが橙色で中心に灰色がかった魔石が配置してあるガラスのネックレスだった。
「う……だ、だって……」
目を泳がしながら顔を赤くする。
――いつの間に……。
そういえば私がガラス瓶を見てる時、アリオンは少しの間離れていた。まさかその時に買ってくれていたのだろうか。
あのお店は広かったから、アリオンが離れている間に何をしていたのかまでは見ていない。
「……ふ、その顔、ほんとに俺の色だって思ったんだな」
柔らかく微笑まれてきゅうっと胸が締め付けられた。
――アリオンの色だって思ってたの白状しちゃった……!
「……か、可愛かったの……よ……」
思わず素直になれずに反論するような言葉が口をついた。
「そうだな」
優しく目を細めて言うアリオンから恥ずかしくて目を逸らして、カランコエのネックレスを見る。
アリオンの髪色みたいな橙色のガラスと、瞳の色みたいな灰色がかった魔石。
――ほんとに……アリオンの、色、だわ……。
その事に心の奥底から喜びが湧く。
アリオンも私と同じように思って買ってくれたのだろうか。そう思うと頬が緩んで、少し素直になろうと口を開いた。
「…………あのね、ほんとは……ちょっと、その……あ、アリオンの色……みたいで、いいなって思ったの……。あ、アリオンが……わ、私の色、つけるなら……わ、私も……アリオンの色、つ、つけたいな……って……思って……」
あまり大きな声では言えなかったし、視線もネックレスに落としたままだけれどちゃんと伝える。
「可愛いな、ローリー」
甘い言葉と共にアリオンの手が私の頬を撫でた。アリオンを見ると、愛しげな笑みで私を見ていた。
きゅっと唇に力を込めてから、口を開く。
「アリオン、ありがと……」
「ん」
親指で更に頬を撫でてくるアリオンに、笑みを浮かべる。
「ローリー……それ、俺の魔力入れるか?」
そうアリオンに聞かれて再びネックレスを見た。
確かに魔力は入っていない。
「うん、入れて」
「わかった。入れてやる」
アリオンにそう答えると、優しく笑んだアリオンが頬から手を離してネックレスに触れた。
灰色がかった魔石に触れて、アリオンが魔力を入れていく。
「ん……ほら、入った」
魔力を入れた魔石が、柔らかく暖かく煌めく。
それを見ていると、温かな光が灯るように心が温かくなる。
抑えきれない喜びを顔に溢れさせながらアリオンにお礼を伝える。
「ありがと、アリオン」
「俺こそありがとな、ローリー」
そう言って私と繋いでいる手に持っていた青い魔石のペンダントを、私の手ごと持ち上げる。
ペンダントの魔石も、私の魔力が煌めいた。
「えへへ、嬉しい。お互いの色と魔力が入ってる装飾品……ふふふ、恋人同士、みたいね……」
二つの装飾品を見ながら顔がだらしなく緩む。
「んぐっ……!」
「あのね、アリオンがくれたこのネックレス……私もいつも身に着けておくわね」
にこにこと笑顔を溢れさせて顔が赤いアリオンに告げる。
――この大きさなら服の下にも着けられるからどんな時でも着けていられそう。
王宮の魔道具部署の事務員の制服はタイとブローチを着けるので服の上には着けられないけど、服の下なら大丈夫だ。
明日から早速着けて行こう。
そんな私をじっと眺めていたアリオンが口を開いた。
「……ローリー、つけてやろうか?」
アリオンの申し出にパッと顔を輝かせる。
「あ、うん!」
勢いよく頷くとアリオンが嬉しそうに笑った。
アリオンの手に持っているペンダントを目に留めて私もアリオンに申し出る。
「アリオン……私もアリオンにペンダント、つけたい……」
革紐のペンダントだから首に掛けるだけにはなるのだけれど、私もアリオンにつけたかった。
私の言葉を聞いたアリオンは目を見開いてから、優しく笑った。
「ふっ。可愛いな、ローリー。じゃあ頼むよ。俺が先にネックレス着けていいか?」
アリオンの了承に笑みを零しながら頷く。
「うん」
私の返事にアリオンは繋いでいた手を離すと、ペンダントを一度箱の中に戻した。
「ローリー、ネックレス」
そう言ったアリオンの手にネックレスを手渡す。
「ん。少し後ろ向け、ローリー」
ネックレスを受け取ったアリオンに言われて、素直に頷くとアリオンに背中を向ける。
そうするとアリオンの腕が私の前を通って首元にネックレスを置く。
今日はパールチェーンのブローチを襟に着けているだけなので、ちょうどネックレスがアクセントになって可愛い。
アリオンの手が髪越しに項に少し触れる。首に熱が集まっている気がした。
――この……感じ、なんか緊張、するわね……!
王都の喧騒も届かないこの場所では、木々のざわめきとネックレスの金具の音が響いていた。
「ん、つけた」
その言葉と共にアリオンの手が項から離れる。そして髪をネックレスのチェーンから優しく出してくれた。それがこそばゆい。軽く髪を梳くと、アリオンが耳元で囁いた。
「知ってるか、ローリー。カランコエの花言葉」
「!!」
アリオンの吐息が耳にかかって、思わず耳を抑えながらバッと振り向く。アリオンはいたずらっぽく笑っていた。
そして囁かれた言葉は、カランコエの花言葉を知っているという事だ。
視線をあらぬ方向に逸らす。
カランコエの花言葉は知っている。……エーフィちゃんが花言葉にハマっていて、遊んだ時に私も一緒に色々と調べていた。だから……エーフィちゃんの兄であるアリオンが知っていても何の不思議もない。
全身が赤く染まっている気がする。
――た、たまたま!たまたまアリオンの色のアクセサリーがカランコエを模してただけだもん!私とアリオンにぴったりだなとは思ったけど!
心の中で言い訳をするけれど、アリオンが花言葉を知りながらこのアクセサリーを贈ったという事は……花言葉の意味も込めていると……言いたいのだろう。
心臓がぎゅうっとなる。
アリオンは蕩けた笑みで続きを話した。
「カランコエの花言葉は……『あなたを守る』。俺がローリーを守ってやる。このネックレスにも誓う」
アリオンがそっとネックレスのトップ部分に指先をそっと触れさせた。ネックレスがちょうど鎖骨辺りにあるので、ドキドキする。
「…………うん……」
アリオンは更に柔らかく笑んで言う。
「それと……たくさんの小さな花が咲くから、『たくさんの小さな思い出』って花言葉もあったな。俺とローリーにぴったりだよな、この花言葉」
「ん……」
コクリと小さく頷く。
「俺とローリーには……たくさん思い出あるもんな。小さい些細な事も多いけど……どれも大切な思い出だ」
「うん……」
低くて甘い声のアリオンを、ぽうっと見つめる。するりと両頬をアリオンの手で優しく挟まれた。
「好きだよ、ローリー」
柔らかく優しい眼差しで、アリオンが私を見つめる。
「アリオン……」
アリオンを呼ぶと、綺麗な顔が近づいてくる。私はそっと、目を閉じた。
触れたのは、前髪の上の方だった。
ほんの少し、軽くだけ触れるキス。
パチリと目を開けて見上げると、零れるような笑顔のアリオンがそこにいた。
少し恥ずかしくなって下を向く。
――…………な、なんで……なんかちょっとがっかりしてるの、私……!わ、私はさっき、何をされるって思ってたの……!?
混乱する頭を必死に宥めていると、アリオンが頬に当てていた手で私の顔を上げた。
「ローリー?どうした?やり過ぎたか?」
心配そうに覗き込むアリオンに、ぎゅっと顔に力を入れる。
「え、やっぱ駄目だったか?」
アリオンは私の顔に眉を下げて手をパッと頬から離すので、すかさずその袖を掴む。
「……違うわよ。ちょっと…………は、恥ずかしく……なった、だけ……。……やり過ぎでも、駄目でもないから……」
「んっ……そうか……」
少し呻きながら耳まで赤く染めたアリオンに、目をパチパチとする。
アリオンだって恥ずかしかったのだろう。
――私だけ……恥ずかしがってるんじゃないから……まあ、今回はよしとしましょう……。
なんだか今日だけでも、色んな思い出が積み上がっていく。一つ一つは小さな思い出も多いけれど、集まった思い出は大きな幸せを形作っていく。
こんなたくさんの小さな思い出が積み重なっていく日々を、これからもアリオンと過ごしていきたい。
カランコエのネックレスにそう願いながら、アリオンに微笑んだ。




