弟としてのアリオン
アリオンの返事に満足した私はにこにこと笑って言う。
「アリオン。そろそろフェリシアさんの彼氏さん、少しぐらい認めなさいよ」
顔を両手で覆ったアリオンは指の間を少し開けて睨んでくる。
「ローリー……お前は……。……また……やられてぇのかよ……」
その言葉に今度は私が意地悪く笑う。
「いいわよ、する?」
指の隙間から覗くアリオンの顔は真っ赤だ。
たぶんこんな事を言っているけれどできないだろうと踏んで答える。
今日はアリオンにドキドキさせられてばかりだから仕返しができて楽しい。
「!!くっそ……!ずりぃぞ、ローリー!俺が恥ずかしがってんのわかってやがんな!?」
悔しそうに言うアリオンにふふんと笑う。
「アリオンはそろそろ観念すべきなのー。もう三年付き合ってるのよ?」
私の言葉に両手を顔から外して改めて睨んでくる。
「ローリー、お前なぁ……!」
顔を歪めているアリオンに近づいて覗き込む。すると、ピタッとアリオンは止まって顔を赤くする。
「アリオン、フェリシアさんにも幸せになって欲しいならそろそろ認めてあげないと」
アリオンは何気にフェリシアさんの彼氏さんから逃げ回っているのだ。最近よく帰っていたはずの実家にあまり戻っていないのは確実にそれだろう。
彼氏さんと会う場を整えられないように事前に言わずに突然帰ってみたりしているようだ。いつもはフェリシアさんやリリアさんの仕事の都合も考えながらアリオンは帰る日を決めていたので、帰り方を変えたからか、なかなか実家に帰っていない。
――アリオンだって家族に会いたいくせに頑固なんだから……。
「ぐっ……!」
眉を寄せて呻いたアリオンのペンダントを持っている手を握って告げる。
「…………アリオンには、私がいるでしょ?」
今日の朝も告げた言葉をもう一度言う。
アリオンは眉を寄せてぐっと唇を噛み締めた。
「……そ、それで……ぜ、全部、解決できると思うなよ……!」
その言葉に眉を下げて聞く。
「駄目なの……?」
私だけじゃ、やっぱり駄目だろうか。
代わりになれるとは思っていないし、エーフィちゃんやフェリシアさんは変わらずアリオンの妹でお姉さんだ。
だから……少しだけ、寂しくなった心を埋められたら、と思った。
アリオンは顔を赤くしながら私を見て、少しだけ不貞腐れながら口を開いた。
「駄目、じゃねえ……けど……」
手を握り返してくれたので、頬を緩める。
「そう言ってくれるの、嬉しい。……だから、ちょっと考えましょ、アリオン。フェリシアさんに幸せになって欲しいし、アリオンも早くちゃんと家族に会いたいんでしょ?」
微笑みながらアリオンに言うと、目を泳がせる。
大きく溜め息を吐いてから、アリオンは小さく呟いた。
「……逃げ回ってんのわかってたのかよ……。……あー……くっそ……。……わかってるよ……」
苦虫を噛み潰したような顔をしたアリオンは頭に手を置いたけれど、そのまま手を離して膝に頬杖をついた。
恐らく頭を搔こうとしたけれど、髪をセットしていた事を思い出したのだろう。アリオンはムスッとしたまま私を見た。
頬杖をついているのでちょうど同じくらいの目線だ。
「ふふ、フェリシアさんの前じゃ多少いい子してるものね、アリオン」
「……なんだよ、それ……」
口を曲げながら突っ込むアリオンに握った手を少し揺らしながら笑む。
「私達の前じゃ会話に出すのも遮るけど、フェリシアさんの前じゃ少し面白くない顔してるだけで留めるもの」
アリオンだってフェリシアさんに幸せになってもらいたいのだから、真剣に彼氏さんがフェリシアさんを幸せにできるのかを考えているのだろう。
それにフェリシアさんが選んだのだから、祝福はしなければと思っているはずだ。
フェリシアさんの彼氏さんと偶然会った時にキラキラ笑顔で対応したのだって、アリオンなりのフェリシアさんの彼氏さんに対する最大限の譲歩で、悪い態度をしない為の策だったのだと思う。
アリオンは何も言わないので想像でしかないけれど。
アリオンは苦々しく顔を歪めた後、ふいっと顔を背けた。
「うっせー、バカローリー……」
悔しそうな声なのでどうやら図星だったらしい。
こういう一面を見ると、アリオンも弟なのだと親近感が湧く。いつもはしっかりしていてお兄さんっぽいアリオンの、姉の彼氏を認めたくないという可愛い弟の部分だ。
「そういう所、弟っぽい」
思わず笑いを零しながら言うと、アリオンがちらりとこちらを向いて苦々しく言う。
「やめろ、ローリーに弟扱いされたくねえ……」
「嫌?」
アリオンにそう聞くと、握っていた手を少しだけ引っ張られて顔を覗かれた。
灰褐色の瞳には、告白されてからずっと……熱が籠もっている。
「……恋人になりてぇんだよ、俺は……。弟扱いは嫌だからな。あと……どっちかと言うと……俺の方がたくさんローリーを甘やかしてぇから、駄目だ」
そう言ったアリオンは握った手に唇を寄せた。
「ん、アリオン……」
柔らかくて湿った感触が、手の甲に触れる。アリオンの瞳は、赤く染まっていく私をじっと見つめながら告げた。
「……好きだ、ローリー……」
心臓の音が、耳の奥で木霊する。
アリオンの私を見つめる灰褐色の切れ長の目に耐え切れなくて、ぎゅっと目を瞑った。
そして口を開く。
「……あ、アリオン……。ゆ、ユーヴェンと、ガイアさんに……返事、しないの……?」
言った途端、もう一度手の甲に口づけられてピクッと反応する。うっすら目を開くと、相変わらず灰褐色の瞳は私を見ていた。けれど、なんだかもの凄く不貞腐れている。
「…………ここでユーヴェンの名前出すなよ、むかつく」
「何よそれ……」
まだユーヴェンの事を気にしているのかとムッとしたら、アリオンは不満そうに呟いた。
「邪魔された気分なんだよ」
「!!」
カッと顔がまたもや赤く染まった。アリオンはどれだけ私の心臓を鳴らすつもりなのだろう。
――な、何の邪魔……!?手……手に、き、き、キス……の……!?
それともあの先が何かあったのだろうか。
そんな馬鹿な考えを必死に頭から振り払った。
こんなに心を乱されていて、いつになったら言えるようになるのだろう。
アリオンの気持ちに早く応えたいのに、アリオンが甘くてドキドキして言葉に詰まる。アリオンの想いと同じくらいの想いを返したいのに、返せるようになるのか不安になる。
同じくらいでなくともきっとアリオンは許してくれるだろうけど……私が、そうしたい。
ぎゅっとアリオンの手を握った。
アリオンは私の手を自分の頬に当てながら言う。
「はー……ずっと心配させとく訳にもいかねえし、ローリーとデート中だから平気だって送っとくか」
「あう……」
アリオンの言葉に思わず変な声が出る。
――ユーヴェンに聞かれそう……!
別に聞かれても問題ないのだけれど、恥ずかしいのは別問題だ。
アリオンは私の手を頬に当てたまま伝達魔法を描き始める。このままでいるつもりらしい。
顔の熱を落ち着かせようと空いている手で自分を扇ぐ。あまり効果はない。
そんな私を見て、アリオンはふっと笑った。
「明日からは朝の迎えも頼んどくけど、何時がいいんだ?」
「え、ユーヴェンの行く時間でいいわよ?教えといてくれたら準備しとくから。あ、それとユーヴェンに明日の帰りはカリナも一緒に帰るからって言っておいて」
伝達魔法の文を書きながらの問い掛けにそう答えると、アリオンは目を瞬かせた。
「明日メーベルさん泊まりに来んのか?」
「ええ。家からは出ないように、ユーヴェンのいる間にしっかり買い物しとくわ」
こんな状況だし二人で買い物はできない事はわかっている。家の中なら保護結界もあって安全なので、カリナが泊まるのは問題ないだろう。
それに更に巡回は強化されると思われる。アリオンの心配は私が青い瞳で、一度しつこいナンパにあっているから顔を覚えられていたら危ないという理由も大きいと思う。
「おう、荷物持ちさせとけ」
アリオンは軽く言う。それにコクリと頷いた。




