理不尽な糾弾
嬉しそうにペンダントを見ているアリオンを見上げていると、二つの伝達魔法が飛んできたのが見えた。
一つは見慣れた金の体と榛色の瞳の伝達魔法、もう一つは白金色の体で黄緑色の瞳の伝達魔法だ。
アリオンが私の視線を追って声を出す。
「ユーヴェンとガイア兄さんの伝達魔法だ」
「そういえば……返事まだだったわね」
目を瞬かせる。ユーヴェンやガイアさんなら返事はすぐにしそうだけれど、どうしたのだろう。
そう思っていると、アリオンが事もなげに言った。
「保護結界内に居たみてえだから、今出たんだろ。たぶん家族で遊びに行ってたんじゃねえか?」
「え、もしかして待機させてたの?この時間まで?」
送ってから二時間は経過している。
伝達魔法用の止まり木が設置してあるお店もあるけれど、平民では伝達魔法を覚えている人が少ない為に止まり木が置いてあるお店は貴族の方が利用するような高級店が多い。
それに誰宛に来たのかが分かりづらいので、そういったお店や王宮には魔力共鳴装置付きの止まり木が置いてあり、伝達魔法の送り先の魔力と共鳴させて本人に直接伝達魔法が来たと分からせるのだ。
魔力共鳴装置付きの止まり木は高いのでやはり高級店向けになる。
貴族向けの高級店など、私達平民が利用する事はかなり稀だ。
なのでおそらくアリオンは保護結界の外でユーヴェン達が出てくるまで待機させていたのだろう。
「おう、すぐに見て欲しかったからな」
私の色替え魔法を維持し、伝達魔法を二つ待機させた上で私に魔力を分け与える。
しかも全然堪えていない。とんでもない魔力量である。
「相変わらずさらりとそういう事するわね……」
「だから魔力量が多いのが特技だって言ったろ?」
「そうね……」
全く気にしていないアリオンに思わず遠い目をしながら頷いた。
アリオンは苦笑しながら頬を掻いて、二人の伝達魔法を開く。
「ユーヴェンとガイア兄さんの……伝達魔法は……」
兄との伝達魔法のように騎士団内の話はないし、ユーヴェンのなら見ても大丈夫だろうと思って覗く。
すると私の名前が見えたので思わず読み上げる。
「……『もしかしてローリーと一緒にいるのか?』って……」
その言葉で思い当たる。たぶん私とアリオンがデートをしている事をユーヴェンは知らないのだ。
顔が少し赤く染まる。
「あー……そういや一緒にいる事言ってなかったな……。たぶん、ローリーの事心配して伝達魔法飛ばそうとしたんじゃねえか?」
「あ、そっか……。こんな内容だものね……」
伝達魔法を私にも飛ばそうとしてアリオンと一緒の距離な事に気づいたのだろう。
「ガイア兄さんもわかったって。前から俺の家族の事も頼んでるし……ヴァンおじさんにも言うだろうな。エーフィも姉さんも母さんも心配だけど……とりあえずヴァンおじさんやガイア兄さんに頼んどいたら安心、か……」
そう言ったアリオンの話には抜けている人が居たので口を開く。
「……アリオン、フェリシアさんの彼氏さ」
その単語を言ったと同時にまた片手で頬を挟まれる。
私の方を向いたアリオンの顔はにっこりとした笑顔だ。
「なんか言ったか?ローリー?」
……アリオンの機嫌が急降下するので暫く話題に出していなかったけれど、まだ禁句だったらしい。
「にょ……」
にっこり笑顔のまま私に念押しする。
「なんにも言ってねえよな?」
その言葉に眉を下げるとパッと頬から手を離された。
「……まだ認めてないの……」
思わずそう呟くと今度は両手で頬を摘まれた。
「ローリーはよっぽどこれが好きなんだなー?」
笑っていない笑顔で頬をふにふにと触れられる。先程まで嬉しそうに持っていたペンダントは手首に巻かれていた。
それは嬉しいけれど、この状態は頂けない。
「ひゅひひゃはい……」
……別に嫌ではないけれど……でも、これは近くて……ドキドキしてしまう。
「こうされる事分かってんのに言うんだから、大好きだろ?余計な事言う口は閉じろよ、ローリー」
――やっぱりアレンくんの事は自分から口に出すだけマシよね……。
まだ付き合っていないという状態なのもあるのかもしれないが、フェリシアさんの彼氏さんに至っては口に出す事さえしない。
私やユーヴェンが話をしようとするとその前に遮られる。私だったら今までは声で話を遮られていただけだが、ユーヴェンが口に出そうものなら腕で首を締められていた。
アリオンはエーフィちゃんを溺愛しているけれど、お姉さんであるフェリシアさんの事も大好きなのだ。
アリオンにとってフェリシアさんの彼氏さんは『どこぞの馬の骨』なんだろう。
「ひゃんこ……」
「なーんか、悪口言われた気がすんなー。頑固はお前だ」
頬を触りながら不貞腐れた表情で言われるので悪態をついてやる。
「ひゃーか」
「お前の方がバカだ。いらねえ事ばっか言いやがって」
「ひゃりひょんはひゃひゅい」
「俺は悪くねえ。ちっ……姉さんが選んだからって気に入らねえもんは気に入らねえんだよ!」
舌打ちしながら言うアリオンにフェリシアさんの彼氏さんを思い浮かべる。
一度三人で遊んでいる時にたまたま会った事がある。アリオンはあの時珍しく男性相手だと言うのにキラキラ笑顔で対応していた。フェリシアさんは呆れた顔でアリオンを見ていた。
フェリシアさんから聞く彼氏さんの話は幸せそうな話ばかりだ。それに会った時も良い人っぽかった。
「ひいひゅほはのに……」
「姉さん奪っといて良い人も何もねぇんだよ!」
ムスッとした顔でずいっと近づいてくるアリオンに心臓が跳ねる。
言ってることは理不尽なのに、アリオンに近づかれるだけで顔が赤くなる。
「いひゅまへひょれ……?」
ついいつまでこれをしているつもりなのか聞くと、ジト目で私を見つめた。
「……もう余計な事言わねぇか?」
「ひらにゃい……」
余計な事など言っていない。アリオンはいい加減フェリシアさんの彼氏さんにも向き合うべきだ。もう三年程付き合っているのに未だに話題にも出さないのはどうなのか。
「知らないじゃねぇだろ!お前の頬をずっとふにふにしててやろうか?」
「にゃ……!」
アリオンの言葉に顔が熱くなった。
私の顔ににやりと意地悪気に笑うと頬を更につつき始める。
「ほーら、可愛いもんな、お前。ちょっと間抜けな顔になってるのが更に可愛い」
間抜けな顔と言われて頬を膨らまそうとしたら、頬を押されて空気が抜けふひゅっと変な音が漏れた。
アリオンが更に笑うのでむっとする。
「ひゃりひょんのひゃか!」
「馬鹿じゃねぇし。お前がもう言わねえって言うなら離してやる」
にやにやと笑いながら楽しそうに私を覗き込んでくるので、目を逸らす。
なんだかさっきよりも近くて、心臓が破裂しそうだ。
「にょ……。…………ひかふへ……ひすひゃれひょう……」
私がそう言うと同時にアリオンは目を大きく見開いてバッと頬から手を離した。
「は!?き、き、き、キス!?そんなん……し、しねぇぞ!?」
顔を真っ赤にして慌てふためくアリオンに少し恥ずかしくなりながら返す。
「……だって近くてドキドキするんだもん……」
「!!」
アリオンは私の言葉に更に顔を赤くした。
「近いのが……嫌とかじゃないけど……き、緊張しちゃう……」
目を泳がせながら言うと、アリオンが顔を腕でバッと覆った。
「…………わ、悪い……やり過ぎた……」
「べ、別に……頬をふにふにされるのは、嫌、じゃない、わよ……?」
「ぐっ……!」
呻いたアリオンのコートを掴む。
「えっと……これからも……して、いいから……」
なんだかこういう意地悪な感じのアリオンとのやり取りも楽しかったので、顔を赤く染めながらもそう言っておく。
アリオンは気を遣いすぎてもうやらない可能性もある。
「……っ……!わかった、わかったから……!」
そう頷いてくれたアリオンの耳も真っ赤だった。
アリオンの様子にくすぐったい気分になって、頬が緩んだ。
「ローリーは本当に可愛さで俺を殺す気なのか……?」
ぽそりと呟かれた言葉は小さすぎて私には届かなかった。




