心強い言葉
アリオンは広がった兄の伝達魔法をじっくり読んでいる。兄は魔力量もある程度あるし、伝達魔法もうまいので長文でも書けるのだ。
読み終えたように息を吐いたアリオンに尋ねる。
「お兄ちゃん、なんて?」
アリオンは私を落ち着かせるように頭を優しく撫でながら答える。
「やっぱり聞いたことがない情報だったみたいだ。まあそんな情報があればリックさんがお前を一人で帰らしたりとかする訳ねえからな。今日の内は情報の精査に巡回中の騎士が動きながら、注意喚起もするって事だ。それで他にもどんな情報が上がるかを確かめてから、騎士団の動きを決める。だから動くとしたら明日からだって事で、今日は見習い騎士の俺はそのまま休んどけって書いてある。そんでローリーを街中で絶対に一人にするなって」
それはそうかもしれない。ただのしつこいナンパからそんな事を連想する人はなかなかいなかったと思う。
おじさんだって気づいたのは、私が匿ってもらってナンパの話までした上に、アリオンにと買った私の青い瞳の色のペンダントを見てやっと思い当たったようだった。
――青い瞳の子の誘拐事件……40年以上前だもの……。
そこまで前の事件だとほとんど忘れられているだろう。
私や兄は青い瞳だから、父と母に昔の事件は教えてもらっていた。
他の国では青い瞳の価値が高い国もあるから、他国に行く時や他国の人と接する時は気をつけなさいと言われていたのだ。
けれどまさか今、自国でそんな事が起きているかもしれないなんて思いもしなかった。
背筋に冷えたものを感じながら、アリオンの言葉に頷く。
「そっか……」
「ローリーもこの騒動が終わるまでは一人じゃ自由に行動できないだろうから、俺が一緒にいる今日は羽を伸ばしときなさいって、リックさんからの伝言」
アリオンが優しく言った兄の言葉にほっとする。デートは続けてもいいみたいだ。
――お兄ちゃんもやっぱりアリオンを信じてくれているんだわ。
きっとお兄ちゃんが鍛えているからだろう。
「うん、わかった」
安堵しながら返事をする。
「ん。じゃあリックさんに返事しとく。色変え魔法を今は使ってて、魔道具も買う予定な事と、明日からはユーヴェンに送り迎えしてもらう事も言っとく。あいつもガイア兄さんも断らねえだろうし。その方がリックさんも安心できるだろうからな」
「うん……お兄ちゃんも気をつけてって言っておいてね」
兄は強いけれど、やっぱり心配はしてしまう。
今の所ナンパという事はか弱いであろう女性を狙っている感じはするけれど、兄だって同じく青い瞳だ。
――……まあ、お兄ちゃんに手を出した所で犯人が返り討ちに合う想像しかできないのだけど……。
「わかった」
アリオンは頷くと伝達魔法を展開した。
その後往復で兄とやり取りしたアリオンは私に振り向いて笑いながら言う。
「わかったってよ。ちゃんと解決するから、少し待っててくれってさ」
「お、お兄ちゃんってば……」
兄の言葉は心強いけれど、それは私の心配をちゃんと受け取っているんだろうか。
アリオンは私の頭を髪を崩さないように撫でながら、優しく笑う。
「大丈夫だって。リックさんがこう言うならちゃんと解決するだろ」
アリオンも兄を信用しているからそんな風に言う。
「私だって騎士団が優秀なのは知ってるけど……」
騎士団は優秀だ。ここ何十年も犯罪発生率も増えずに推移している。
そもそも以前の誘拐事件だって騎士団がすぐに解決しているのだ。古い事件だけれど、今現在の騎士団も優秀だと思う。
「だろ?俺も騎士団の一員として、解決に尽力するよ」
アリオンが不敵に笑ってそう言ってくれるので、思わず少しだけ強張っていた顔も緩む。
「……ふふふ。うん、わかった。私だってお兄ちゃんもアリオンもスカーレットも信じてるもの。だから、騎士団を信じて待ってるわ」
「おう」
優しく頭を撫でてくれるアリオンに笑みを向ける。
「まあもう今日は街中じゃお前から手を離さねえから。……さっきはつい離しちまったけど……」
アリオンの言葉に顔を赤くする。兄の伝達魔法が来た時の事だ。
あれは不可抗力だと思う。
「あ、あれは……仕方ないわよ……。…………でも、さっきみたいに何か事件があったら行きなさいよ?私はちゃんとお店で待っとくから」
私の言った言葉に沈黙が落ちる。
アリオンは騎士だから、何かあればさっきみたいに走って行くべきだと思う。それですぐ解決できる事件も、先程のようにあるだろうから。
アリオンはぐっと難しいように眉を寄せてから、大きく息を吐いた。
「…………はあ……わかったよ……。ユーヴェンじゃねぇから、今日はもうねぇと信じてえけどな……」
そう言ったアリオンに笑う。確かに一日中何度も事件に遭遇するなんてユーヴェンみたいだ。
「ふふ、それは確かにそうね」
アリオンは顎に手を当てて何かを考えている。
「……まあ周辺に店なかったら俺がローリーを一緒に抱えていけば……」
ぶつぶつとそんな事を呟いたアリオンに目を丸くして大きな声で止める。
「アリオン!それはちょっと恥ずかしいんだけど!」
しかしアリオンは気にした様子もなく答える。
「でも公園とかで休みてえ時もあんだろ?」
その言葉にぐっと詰まった。
――……お兄ちゃん、今日は羽伸ばしなさいって……言ってくれたし……本当は……行きたいとこ、あるのよね……。
少し目を逸らしながら、アリオンに言う。
「う……な、ない事を祈るわ……。ユーヴェンじゃないものね……」
そうだ、ユーヴェンじゃないのだからそう何度も巻き込まれないはずだ。たぶん。
アリオンは事もなげに言う。
「俺はお前抱えんのなんて別に苦じゃねえし、人を持ち運ぶ訓練もしてるから楽勝だけど……」
「そういう問題じゃないの!抱えられて現場に向かうなんて私が恥ずかしいじゃない!」
そんな事態、絶対に注目を集めるじゃないか。恥ずかしくて顔が上げられなくなってしまう。
「ははは」
アリオンは私の返しに耐え切れなかったかのように笑う。
「もー!」
アリオンの胸を軽く叩いてやる。更におかしそうにアリオンは笑った。
笑いが止まらないアリオンをどうしてやろうかと考えていると、繋いでいた手をするっと撫でられた。
「ほら、先に魔道具とかを買いに行くぞ。心配だから」
私を覗き込みながら優しく言うアリオンは、やっぱりずるい。心配されているのはわかるから、あんまり強く言えない。
バシッと一回だけ強めにアリオンを叩いてやってから、こくりと頷いた。
「もー……。わかってるわよ、買いに行く」
「ん」
ほっとしたように柔らかく微笑むアリオンに、胸が締め付けられる。
――アリオンといるこの時間が、ずっと続けばいいのに。
そんな事を思ってしまった私の手を、アリオンがしっかりと握りながら歩き出す。繋がれている手が温かくてとても安心した。
***
すぐに入った魔道具のお店で、目的の物をきょろきょろと見回して探す。
「色変え魔法の魔道具は……」
流石にお店の中なので手は離してそれぞれで探している。
すると、私とは反対側を探していたアリオンに声を掛けられる。
「ローリー、ここらへんみたいだけど」
アリオンがいる方に向かうと、魔道具や魔導メガネが置いてある。
ここに置いてある魔導メガネは色変え魔法を眼鏡のレンズを通すことで自然に見せる技術が使われているらしい。
それだけでなく、お店に売っている魔道具ともなると専門の魔道具師が作っているだけあって単調な色だけではなく、もっと多くの色に変える事ができると、商品説明に書いてある。
「うん」
仕事で見る魔道具とは違い、既に一般化されて久しく、色々な種類がある魔道具達をついじっと見てしまう。
「どれにするんだ?」
「んー……色固定の方が安いし……この辺かしら……。普段も発動させやすいのだと……」
考えながら選んでいく。その日の気分で色を変えられる魔道具は結構お値段がする。
色固定の魔道具は買う時に色を指定して買えるらしい。恐らくその場で色の術式を刻むのだ。
使われている技術の差を考えると、値段も納得できる。
アクセサリーや眼鏡等の、色々な形がある魔道具を悩みながら見ているとアリオンが口を出してくる。
「別に値段気にしなくても買ってやるけど」
その言葉にアリオンをジロッと見て、いつもより低い声で名前を呼ぶ。
「……アリオン?」
こいつは私が宣言した事を忘れているのかと思いながら睨むように見てやる。
私の様子にハッとしたアリオンは、顔を背けながら訂正した。
「あ、いや……なんでもないです……」
私はアリオンの言葉によろしい、と頷いた。
――全くアリオンは……!今日は全部私の奢りだって言ったのに!
油断も隙もない。




