昔の事件
恥ずかしい気分になりながら、ペンダントの煌めく青い魔石を見ているとなぜかおじさんがそのまま止まっていることに気づく。
不思議に思っておじさんの顔を見ると、難しい顔をしている。
「……青……」
おじさんはぽつりと呟くと、ペンダントの魔石と私を交互に見る。いや、私と言うより瞳、だろうか。
「どうしたんですか?」
ただならぬ様子にそう問い掛けると、おじさんは真剣な表情をして低い声で言った。
「いや……気のせいかもしれないが……今思うと、しつこいナンパに合っていた子がお嬢さんのような青い瞳の子が多かったような気がしてね……」
「え……?」
思わず声が漏れた。
おじさんは厳しい顔をしてぐっと眉を寄せた。
「……だいぶ昔だが……あったんだよ。おじさんが子供の頃、青い瞳の子の誘拐事件が……。あれも騎士団のお陰ですぐに解決したけれど……。お嬢さん、気をつけるんだよ。私もなるべく周囲にも話しておくから」
息を呑んだ。その話は両親から聞いたことがある。確か40年程前にあった事件だったと思う。
けれど、昔の事件だったから今と繋がるなんて思っていなかった。
おじさんは可能性の話をしている。信じられない思いも湧くけれど、私も有り得ないとは言えない。今は巡回強化がされている状況なのだ。
落ち着くように深呼吸をしてから頷く。
「わかりました、気を付けます。……あの、その話彼が戻ってきたら詳しく話してもらってもいいですか?」
騎士であるアリオンも聞いておいた方がいいだろう。
「ああ、警備隊か騎士だったね」
おじさんも納得したように頷いてくれる。
「はい、騎士なんです。彼から騎士団に報告が行くと思うので」
たぶん今の直属の上官は兄なので、兄に直接連絡すると思う。アリオンならどんな情報が必要か分かると思うので、私が聞いて兄に伝えるよりも早いだろう。
おじさんは優しく微笑んだ。
「騎士か。悲鳴を聞くと、お嬢さんを見てからすぐに走った事といい、いい男だね」
「はい……」
アリオンを褒められた事に頬を緩ませながら頷いた。
それからおじさんがペンダントを包装してくれている間に、自分の物も見繕う。実際に匿ってくれたのでもう一品何か買おうと思ったのだ。それにここはシンプルで綺麗な物が多い。
ふと、女性用の所に置いてあったイヤリングが目についた。さっきのアリオンに買ったペンダントの魔石と似た色の石がついている。これは魔石ではないけれど菱形にカットされている事と言い、少しお揃いっぽい。
私は静かにこれも買います、と差し出した。おじさんは優しい生暖かい目で私を見たような気がした。
ちょうどお支払いを終えておじさんが二つとも袋に入れてくれた時、聞き慣れた声が私を呼んだ。
「ローリー!待たせた!」
走って戻ってきたアリオンに振り向く。
「アリオン、お疲れ様。大丈夫だった?」
すぐ隣に並んでくれたアリオンに聞くと、ふっと笑った。
「おう、引ったくりだった。すぐに捕まえて警備隊に引き渡しといたから大丈夫だ」
「そっか、よかった」
既に解決させたらしい。流石アリオンだ。
安心しながら微笑むと、アリオンがお店の方を向く。
「ここ見てたのか?」
アリオンがお店の商品をぐるっと見渡す。
それに少し焦った。アリオンが見ていた物がない事に気づかれるだろうか。
そう思っていると、ペンダントがあったところには既に似たような商品がかけられている。
さっきのものと少し色合いが違うけれど、光の加減で誤魔化せそうな感じだ。
アリオンはぱっとそのペンダントを少しだけ目を留めた後、他の商品を見始めた。
――流石おじさん……!
思わず心の中で称賛を贈ると、おじさんは得意気に笑っていた。それに微笑んで返す。
「うん、おじさんとお話して商品も買ったの」
にこにこ笑いながらアリオンに言うと、優しく笑って返してくれる。
「そうか。ありがとうございます」
アリオンもおじさんに頭を下げる。それがなんだかこそばゆい。
おじさんはアリオンに笑って頷くと、私に商品の入った袋を差し出した。
「いいよ。ほら、お嬢さん。商品だよ」
「ありがとうございます」
お礼を言いながら袋を受け取ると、口元が緩みそうになる。たぶん最初は怒られるけど、喜んでくれると思う。
とりあえず気持ちを緩めてばかりではいられないので、アリオンの袖を引っ張って言う。
「アリオン。おじさんが最近の市井の様子で気になる事があるって言ってたから、聞きましょ?」
私の真剣な目にアリオンが眉を寄せた。
「気になる事?」
呟くと同時にアリオンはすぐにおじさんに真っ直ぐ向き直る。
「自分は見習い騎士のアリオン・ブライトです。どんな些細な事でも構いませんので、その件について詳しく教えて下さい。騎士団に報告します」
おじさんもアリオンに真剣な目を向けて話し始めた。
「ああ、最近ね……」
***
アリオンが少し人通りが少ない所で、伝達魔法を片手で描いて送る。
文章が長いけれど、アリオンは魔力量が多いから問題ないのだろう。
もう片方の手は、私の手をしっかりと握っている。
「ん、リックさんに送っておいた。リックさんもすぐに上官に報告すると思う」
「そっか」
アリオンはあの後おじさんに詳しく聞き取っていた。
いつからそう言った事が目につくようになったのか、どれくらいの女性が声を掛けられていたのか、その内のどのくらいが青の瞳だったか、声を掛けていた男達の特徴など、覚えている限りでいいから教えて欲しいと言っていた。
流石アリオンだ。私とは聞き取る情報量が違った。
そんなアリオンは眉を寄せて難しい顔をしながら、ぎゅっと私の手を握った。
「しかし、気になるよな……。声を掛けられたのは、青い瞳が多かったような気がするってのは……」
アリオンの言葉に手を握り返しながら頷く。
「そうよね……今度からは色変え魔法使っておこうかしら……」
そう言うとアリオンも頷いて、私を真っ直ぐ見る。
「お前魔力少ねえだろ。今日魔道具か魔導メガネ買いに行くぞ。今は俺が変えといてやる」
「アリオン」
アリオンは言うと同時に目立ちにくい路地裏に入る。たぶん魔法で色を変える所を他人にあまり見られない為だろう。
「ちょっと待ってろ」
そう言いながら、色変え魔法の術式を描いていく。
色変え魔法はその名の通り色を変えられる魔法だ。基本的にお洒落や劇の役者さんが髪の色を変えたり、目の色を変えたりするのに使われている。けれど多くはないが使用している間ずっと魔力を消費するので、短時間使用の魔法だ。
それでもアリオンは魔力量が多いので、問題ないのだろう。
アリオンが言っていた魔道具ならば、魔石に刻まれている魔力で消費する魔力が補われるので、最初に発動させる魔力があればいい。王宮内では使わなくても大丈夫だろうから、魔道具も暫くは持つ。
色変え魔法は精度の高い魔法ではないので、じっくり見られれば魔法を使っていると分かるけれど、ぱっと見であれば色変え魔法でも誤魔化せるだろう。色も複雑な色はできなくて、種類が決まっている。
アリオンはするすると術式を描いている。
正直色変え魔法と魔力量の少ない私は相性が悪い為、術式など覚えていなかった。だから今度からと言ったのだ。
アリオンが覚えているのは十中八九、フェリシアさんとエーフィちゃんのお洒落の為だろう。
アリオンは昔から使っている魔法は得意で綺麗に描く。
学園時代に覚えた伝達魔法はちょっと大雑把だけど、今描いている色変え魔法はかなり綺麗だから確実に昔から使っていたんだろう。
 




