思い出の髪飾り
作戦が成功したことに嬉しくなりながら、ふとさっき見た不思議な光景を思い出した。
「……そう言えばアリオン、私を待ってる時なんか鞄に顔を押し付けてたけど、何してたの?」
「え」
なんだかギクッとしたような声だ。手元も少しゆっくりになっている。
「眠たかったの?」
あまり寝れなかったのかと心配になる。私が着替えている間休んでいたのだろうか。
「あー…………ちょっと……うん……落ち着かなかった、というかな……」
アリオンは言いにくそうな感じで返す。
もしかして……。
「着替えてくるの、楽しみにしてくれてたの?」
さっき言われた「すっげえ可愛い」と言う言葉が蘇る。アリオンはどんな風に着飾ってくるか考えていてくれたのかもしれない。
「あ……おう。それは、もちろん……」
恥ずかしそうに答えたアリオンに笑顔が溢れた。
「ふふふ、嬉しい」
にこにこしながら言うと、ちょうど編み終わったのか一旦留めて髪から手を離した。アリオンが机の方を向いたのを横目で見る。
「……はあ……。……俺と家の中に二人なのに……普通に着替えてくんの無防備過ぎんだよな……。……俺もはしゃぎ過ぎて最初気づかなかったし……今更言えねえ……」
アリオンは髪留めを入れている箱を前にして、とても小さな声で何かをぶつぶつと呟いた。もしかして髪留めをどうするか迷っているのだろうか。
すると私の前に髪留めの箱を置く。
「……ローリー、髪留め選べ」
結局決まらなかったのか、私に聞いてくる。
「あ、うん……。じゃあ、これ」
頷いた私は白と青の小花がいくつも散らしてある髪留めを選ぶ。
「ああ、これか……」
アリオンも懐かしそうにそれを見た。
私も懐かしく感じながら口を開く。
「ふふ、アリオンが買ってくれたもの」
「!!……選んだのはユーヴェンだろ……」
私の言葉に恥ずかしくなったのか、ふいと顔を逸らす。でも耳まで真っ赤だからわかりやすい。
私はあの時の事を思い出しながらしみじみと言う。
「あの時はユーヴェンの成長に感動したものね……」
「そうだな……だから俺がお祝いにお前に買ったんだっけな……」
アリオンも目を細めてあの時の事を思い出しているようだ。
「ふふ、そうよね」
頷いて思いを馳せる。
アリオンとユーヴェンを待っている間、二人で買い物を一緒にする事が多かったけれど、ユーヴェンも買い物に付き合ってくれる事があった。
アリオンの真似で私に初めて装飾品を提案したのは……三年次初めの事だったと思う。そしてそのセンスは……壊滅的だった。
――妙にゴテゴテしたものばっかり見つけてくるのよね……!だいたい可愛いものしか置いてなかったお店の中でどうやって見つけてきたのかむしろ不思議だったわ……!
その時私とアリオンは眉を寄せて囁きあった。
『これ……どうする?』
『ちょっと……このセンスは……やばいんじゃない……?』
『アンナおばさんに……もしかしてこいつ……ああいうの贈ったりとかしてねえ……よな……?』
『こ、怖いこと言わないでよ、アリオン……』
そうして嫌な沈黙が落ちた後、アリオンと目で会話を交わして互いに頷き合った。ユーヴェンのセンスを磨こうと決めたのだ。
――後で聞いたらアンナさんに誕生日とかで贈ってたのは兄弟みんなでお花をあげてたって言うからすっごく安堵したわね……!
アリオンもその話は聞いていたのか、他に俺に言ってねえ贈り物とかしてねえよな!?とユーヴェンを問い詰めていた。
贈ってないと答えたユーヴェンに安堵したアリオンはその後、服とか装飾品を贈る時は俺やローリーを誘え!と言い含めていた。
ユーヴェンはわからないながらも素直に頷いたので安心したものだ。
そうして遊んだ時ついでに買い物に寄るようにしてユーヴェンのセンスを磨き初めて三年……いや、四年……。
6年次の学園卒業間近にようやくまともな物……この白と青の小花の髪留めを選んだのだ。
……ちなみにユーヴェンと一緒に買い物する時はユーヴェンのセンスを磨くのが主な目的なのでほとんど自分の買い物はしていない。だからいつもユーヴェンが来る前にアリオンが私の買い物に付き合ってくれていた。
その時の私とアリオンの感動は言葉では言い表せない。
だからアリオンが「これ、祝いに買ってやるよ!」と言って、私も思わず頷いてしまったのだ。
……今思えばユーヴェンのセンスが改善されたお祝いにアリオンが私に髪留めを買ってくれるのは少しおかしいような気がする。
――あの時はそんなの気にならないくらい気分が上がってたんだけど……!
……今でも遊んだ時に抜き打ちでユーヴェンのセンスをチェックするけど、だいぶ改善されている。それでもアリオンが勧めてくれる物の方が私好みのものが多いのは元からのセンスと経験の差だろう。
――カリナにもたぶん変な物は贈らないはず……!
ユーヴェンがカリナに贈り物をする事があるかもと考えると不安が過ぎるが、私とアリオンで磨いたユーヴェンのセンスを信じよう。
アリオンは髪留めを手に持って私の髪に向き直るので、私もアリオンに背中を向ける。
そして背中越しにアリオンが呟いた。
「…………でもたぶん俺、お前がユーヴェンの選んだ物をただつけてるのが嫌なだけだったかもしんねえ……」
「え?」
その言葉に思わず声を漏らす。振り向いてしまいそうになったけれど、アリオンが髪をつつき始めたのでやめる。
「……ほら、ユーヴェンが選んだ物でも俺が買ってやったら……ユーヴェンが選んだ物、だけじゃなくて……俺が買った物、にもなるじゃねえか……」
「!!」
結んでおいた髪を真ん中に寄せる感覚がする。
顔が赤く染まった。
まさかそんな想いでアリオンが買うと言い出したとは思わなかった。
胸がぎゅうっと苦しくなってくる。
――あ、アリオンの想いを知るの……ほんとに、し、心臓に悪いわ……!
「俺あの頃から意外と独占欲出してたな……。ユーヴェンに任せようと思ってたはずなのに……」
自嘲したようなアリオンの声に少しだけ目を伏せて唇に力を入れた。
髪留めをつける感覚がする。髪留めをつけた先をほどいて、するりとアリオンの指が髪を梳いた。
私は顔を赤くしながら大きな声で返す。
「アリオンが買ってくれたの嬉しかったからいいの!確かになんでアリオンが買ってくれるんだろって思ったけど!」
「……ふ、そうか」
アリオンが笑いながら頷いて、編み込みした部分を手で摘んで少し緩めていく。
そうするアリオンに向かって、更に告げる。
「……でも、ちょうどいいかなって思ったの。ユーヴェンが選んで、アリオンが買って、私が着けるの。……なんか、三人の思い出って感じで……」
楽しかった学園時代の思い出を象徴するような物になったような気がして嬉しかった。
顔が綻ぶ。
アリオンも楽しそうに笑って、私の髪から手を離す。
「はは、だな。……ほら、できた。可愛いよ、ローリー」
アリオンの言葉に振り向くと、柔らかい笑顔で私を見てくれていた。
髪留めの箱と一緒に置いていた手鏡を私に渡してくたので、それで出来上がりを確かめる。
前髪の上をカチューシャのように編み込みをしてある。何気に裏編み込みなあたり、エーフィちゃんの髪を結っていた器用さが窺えた。
その編み込みをあの髪留めで綺麗に留めてある。
とても可愛く仕上げてくれたアリオンに、満面の笑みでお礼を言う。
「えへへ、アリオンありがと」
そう言うと、アリオンは編み込みの後ろを優しく撫でる。
「ちゃんと髪崩さねえように撫でてやるから」
柔らかい撫で方に頬が緩む。
「うん」
心がほわほわとして温かい。
笑い合えるこの時間がとても幸せで。
今日はずっと一緒だと思うと、更に笑みが溢れた。
碧く澄んだ空が待ち焦がれるように窓の外に広がっていた。
 




