溢れる想い出
自分の部屋に入ると、いそいそと着ようと思っていたワンピースを取り出す。
勿忘草色を基調としていて、裾に白いフリルが縫い付けてある。裾やウエストの所を銀糸で刺繍してあるのが大人っぽくて気に入っている。少し大きめのダブルボタンも銀の台座に勿忘草色のものだ。
――確かこれも、アリオンが選んでくれたやつ……。
買う時は助かるなって思っていたけれど、今思うと結構アリオンに勧めてもらった服やアクセサリーが多くて少し恥ずかしくなる。
このワンピースはかなり可愛くて値段も少し高めだったので、特別な時に着ようと思ってあんまり着ていなかった。
――あの時も試着して、似合ってるって言ってもらっただけだけど……。今日は可愛いとか……言ってくれるのかしら……。
考えただけで顔が赤くなってきた。早く着替えてしまおうと今着ている服を脱ぐ。
キャミソールの上に、高めの襟で群青色のレースがあしらってある白が基調のブラウスを着る。前立ての部分に襟と同じレースがあしらってあり、襟繰りが大きめのワンピースから覗くと可愛いと思う。その上からかぶるようにワンピースを着てボタンを止める。このワンピースは袖が締まっているのでそこのボタンも止めた。
ブラウスの襟にパールチェーンのブローチをつける。ブローチ部分は銀色の花の真ん中にパールが据えられていてこれもお気に入りだ。
――……これは……アリオンにどう?って聞いていいんじゃないかって言われたやつね……。
思い出したと同時に両手で顔を覆う。
――だって、よく一緒に出掛けてたから!しかもユーヴェン遅れてくるから!暇を潰そうってなったらアリオン、私になんか買い物あるなら付き合うぞって言ってくれてたから!
思わず自分の心の中で言い訳する。だいたい遅れてくるユーヴェンが悪いと思う。
ユーヴェンに恥ずかしくなった責任を自分の中で押し付けてから、姿見を見る。変な所はないかと確認してから、化粧台に向き合った。
アリオンを待たせているし、早く……それでもなるべく丁寧に化粧直しをしてからとりあえずコートと小さいキャメルの鞄を持つ。
コートはアイボリーの大きい襟付きのロングコートだ。少しウエスト部分が窪んでいるので可愛い形になっている。
髪留めを纏めている入れ物はリビングに置いているので部屋でする準備はこれくらいだ。
小さい頃、母が私の髪を結んだりしている間に家族といつも話していたので今でもリビングで髪をやるのが癖になっている。
――今日はアリオンを待たせているし……ピンで髪の横を留めるくらいにしておこうかしら。
それに、そうすればアリオンに頭を撫でてもらっても崩れないだろう。
顔を緩ませながら、自室から出てアリオンのいるリビングへと降りていく。
――可愛いって言ってもらえるかしら……。
そんな事を考えるけれど、今のアリオンなら可愛いと言ってくれる想像しかできない。
熱くなった顔を手であおぎながら階段を降りる。
ふとリビングの扉のガラス部分を見ると、ソファーに座っているアリオンがいつも持っている濃い茶色で革の斜め掛け鞄に何故か自分の顔を押し付けている。
――……何、してるのかしら……?
不思議に思いながらリビングの扉をそっと開ける。
「お待たせ……」
そう言ってリビングに入ると、バッとアリオンが鞄から顔を上げてこちらを向いた。
アリオンが目を見開く。そのままじっと見られていることを意識すると顔に熱が上ってきそうだ。
「えっと……どう?」
その視線に恥ずかしくなりながらも聞くと、アリオンは破顔する。
ぎゅうっと心臓が掴まれたように苦しくなった。
「すっげえ可愛い」
にこにこと笑って言うアリオンに唇に力を入れた。
「そのワンピース、やっぱりローリーに似合うな」
アリオンも選んでくれた事を覚えてくれていたのだろう。
嬉しくて頬が緩む。
「……あの、アリオンも……かっこいい……」
アリオンに私から言っていなかったと思って告げる。
「!!」
するとアリオンは目を丸くして顔を赤くした。
「ふふふ」
それに思わず笑いを漏らすと、アリオンは恥ずかしそうに目を逸らしながら首を掻いた。
「……ローリー、髪は?」
アリオンにそう問われるので、もう少し待ってもらう事を申し訳なく思いながら答える。
「あの、いつも髪……リビングでやってて……これからなの。でも、横髪をピンで留めるくらいだからそんなに時間はかからないと思うわ」
「別に時間気にすんなよ。お昼食べに行くんでもまだ早いだろ?」
その言葉にコクリと頷く。
「うん……」
早い時間を言ったのはただ単にアリオンと早く会いたいだけだったから、もう目的は果たされている。
でも頭を撫でて欲しいからあまり凝った髪型はできない。どんな髪型がいいだろうと考えていると、アリオンが口を開いた。
「ローリー……髪、俺がやってやろうか?」
そう言ったアリオンに目を見開く。
「え、できるの、アリオン?」
思わず驚きの声を漏らすと、にっと自慢気に笑った。
「エーフィの髪を毎日結んでたのは俺だぞ」
「ええ!?あの可愛い髪型してたのアリオンだったの!?」
目を丸くしながら叫ぶ。
いつも会う度エーフィちゃんは凝った可愛い髪型をしていたのだ。
てっきりアリオンのお母さんかお姉さんがしていると思っていたから、まさかアリオンがやっていたとは思っていなかった。
「エーフィにねだられてな……。ほら、ローリーもするなら、ブラシとか持ってきてくれたらやってやるよ」
そう言われたので、とりあえずピンとか髪飾りが入っている箱とブラシを持ってくる。アリオンにしてもらえるなら、髪をしている間アリオンが手持ち無沙汰にならなくていいと思った。
――それに……アリオンに髪結んでもらうの、興味あるもの……。
「じゃあ、アリオンお願い」
「ん。じゃ、ここに横向いて座れ。どんな髪型にする?」
大人しく言われた通りにソファーに座って、アリオンに背中を向ける。
アリオンの言葉に少し迷いながらも、正直に言う。
「あの……あ、アリオンに……頭撫でてもらっても、崩れない、やつ……」
「!!」
「駄目?」
「ぐっ……かっわいい……!……いいよ。ちゃんと崩れないように撫でてやれる髪型にしてやる」
背後からそう答えてくれたので、笑みが溢れる。
「うん、ありがとアリオン」
「いいよ」
私のお礼に相槌を打ったアリオンがブラシで私の髪を整えてから、髪に触れて結んでいく。頭の上辺りから編み込んでいってくれるのがわかる。
アリオンの骨張った手が触れるのが少しくすぐったく感じてしまう。けれど、結んでくれているので大人しくする。
しばらくすると慣れてきて、なんだか楽しくなってきた。だから笑みを浮かべながらアリオンに話し掛ける。
「ふふ、アリオンってエーフィちゃんに甘いわね。私流石に髪を結ぶのお兄ちゃんに頼んだ事ないわよ?」
小さい頃は母がやってくれていたし、自分でできるようになってからはいつも自分でやっていた。
――まあお兄ちゃんなら私がやって、なんて言ってたらたぶん勉強してやってくれただろうけど。
そう考えて思わず笑いを漏らす。
「俺はまず姉さんにやらされてたからな。それを見てエーフィにも頼まれたんだよ」
アリオンの言葉に納得する。確かにアリオンがお姉さんにやっているところを見たらエーフィちゃんも自分も、となるだろう。
「アリオンのそういう器用さってフェリシアさんからが主ね……」
アリオンのお姉さんのフェリシアさんはとても美人でセンスもいい綺麗な女性だ。アリオンは昔からフェリシアさんやお母さんから色々教えてもらっていたらしい。
アリオンが私の買い物に付き合って助言をくれるのだって、フェリシアさんから仕込まれたと言っていた。
――アリオンってやっぱりかなり素直よね。
フェリシアさんやお母さんに教えられたからって素直にやるのだ。
ふふっと笑うとアリオンも笑う。
「姉さんも自分でもできんだぞ?俺がやった方が楽だからあんまりやらなかったけど。たぶん俺が今家出てるから、エーフィの髪は姉さん担当だな。姉さんもエーフィに甘えから」
「ふふふ。エーフィちゃんは愛されてるわね」
エーフィちゃんは確かに可愛い。私も時々エーフィちゃんと遊んでいたからか懐いてくれている。
――ユーヴェンの弟くん達も可愛いけど、エーフィちゃんは可愛い雑貨の話も多くて話も合うのよね。




