デートの日
エプロンを着けて忙しなく動く。
――今、何時かしら!?
パッと時計を見る。もう少しで10時半だ。
なんとかやっておきたいことは終わったけれど、自分の準備がまだちゃんと終わっていない。
――アリオンもうすぐ来ちゃう!
やっぱり11時にしてもらうべきだったろうか。
――伝達魔法送っておけばよかったわ……!
エプロンを外して片付け、纏めていた髪をほどいたところでチリンと玄関のベルが鳴った。
きっとアリオンだ。玄関扉前を確認する魔道具を起動させる。
橙色に近い茶髪と灰褐色の瞳の見慣れた顔。アリオンの顔を見るだけでなんだかほっとした。
確認できたらすぐに玄関へと向かう。
ガチャリと玄関の扉を開けると、優しく微笑むアリオンがいた。
「おはよ、ローリー」
今日のアリオンはクリーム色のタートルネックのセーターを着て、濃いグレーのスラッとしたパンツを履いている。靴はキャメルのブーツだ。ロングコートはネイビーの襟つきのもので、昨日と違うのはきっと服に合わせている。
そして今日は、いつもと違って片方の髪を上げてセットされている。騎士の仕事がある時や学園の頃は、汗をかいたら整髪料が流れるからとアリオンは髪のセットをしていなかった。
完全な休みの時に見れる姿だ。しかもデートだからか、いつもより丁寧にセットされているように見えてしまう。
――か、かっこいい……わよね、やっぱり……!
アリオンはお洒落でセンスも良くてかっこいいとは思っていたけれど、なんだか今日は更にかっこよく見えてしまう。
対して私は動きやすい普段着のワンピースを着ていたので、全く釣り合わない格好だ。
――これ、絶対に着替えなきゃだわ……。
もともと着替えるつもりではあったけれど、アリオンを見て尚更そう思った。
いそいそと着ていたカーディガンで少し前を隠す。
ドキドキしていた事を悟られたくなくて、アリオンを見上げて普通に返すように努力する。
それでも笑みは零れてしまった。
「おはよう、アリオン」
それにアリオンも微笑んで返してくれたが、頬をぽりぽりと掻きながら問い掛けてくる。
「……ちょっと早かったか?」
アリオンも私がいつも出掛ける時はもっと違う格好をしているのを知っているからそう思うのも無理はない。今は私の家で勉強会や遊んでいた時の格好に近い。
私は目を逸らしながら答えた。
「う……ごめん。もう少し、準備できてない……」
そう言うとアリオンは軽く笑う。
「気にすんな。外で待っとくか?」
アリオンの言葉に目を見開く。
「なんでよ?中に入っていいから……ちょっと待ってて」
驚きながら返して、中に入るように手を引っ張る。
そうすると笑いながらアリオンは中に入った。
「はは、わかった。悪いな、姉さんに女性の準備はまじまじ見るもんじゃない!って言われてるから……。いや、手伝えって言われる事もあっけど……」
「ああ、ふふ。なるほど、そういう事ね」
苦笑交じりに言った言葉に納得する。
アリオンはお姉さんから色々と女性への扱いを躾けられているのだ。
パタンと玄関の扉が閉まると、アリオンがふっと顔を上げた。
「ん……なんかいい匂いするな……」
その言葉に少し恥ずかしくなる。
「あ……うん……」
「?」
私の様子に不思議そうにしているアリオンに説明しようとそわそわしながら口を開く。
「あの……アリオン」
「なんだ?」
首を傾げたアリオンに、心臓の鼓動が速くなるのを聞きながら問い掛ける。
「きょ、今日……晩御飯、食べて行かない?朝市でね、美味しそうなお肉とか、お魚とか……その、見つけたから……」
私の言葉を聞いたアリオンは目を瞬かせた。
「……」
黙ったままのアリオンに不安になる。驚かせたくて事前に言わずに晩御飯の準備をしてしまったけれど、断られたらどうしようと今更考えた。
「だめ?」
眉を下げながらアリオンに聞く。アリオンはなんだかポカンとしたままだ。
――アリオンもしかして夜は空いてなかったのかしら……!?
いつまでデートするとは言っていなかった。もしかしたら夜は予定をいれてしまったのだろうか。
「……もしかして、その準備してたのか?」
アリオンは呆けたように聞いてくる。
少し小さな声で頷いた。
「……うん……」
――やっぱり事前に言っておけばよかったわね……。
後悔しながら思わずアリオンの先程引っ張った手をきゅっと握る。
するとアリオンからもしっかりと握り返されて、いつの間にか俯いていた顔をパッと上げてアリオンを見た。
アリオンはとても嬉しそうに顔を綻ばせていた。胸がぎゅっと締め付けられる。
「俺の為に準備してくれたとかめちゃくちゃかっわいい!食べるよ、もちろん食べるに決まってるだろ!ローリーの料理、俺大好きだからな」
「!!」
はしゃぐアリオンに心臓が跳ねる。喜んでくれたのが、とても嬉しい。
――はしゃいでるアリオン見られたから……朝早くから準備してよかったわ。
口元が緩む。
「あーすっげえ楽しみだな」
「うん」
無邪気に笑っているアリオンを見ていると、釣られて私も笑いながら頷く。
――アリオンと晩御飯一緒に食べられるの、私もすごく楽しみ。
嬉しくてにこにこしていると、アリオンが私を覗き込みながら聞く。
「他にしとく事あんのか?」
「あ、もう料理の準備は終わったから……。私の準備だけ……」
時間に間に合わなかった事を反省しながらそう言うと、アリオンがぽんと私の頭を優しく叩いた。
「ん、わかった。別に俺は大人しく待ってるから、ゆっくり準備してこい。料理の準備だって俺の為にしてくれたのすっげえ嬉しいし、これからの準備だって俺とデートする為に出掛けるからだろ?そんなん俺嬉しくっていくらでも待てるぞ」
満面の笑みを浮かべながら言ったアリオンの言葉に顔に熱が上る。
アリオンの言葉は嬉しいけれど、すごく甘くて恥ずかしくなってくる。
「うん……ありがと、アリオン。ちょっと、着替えてくるわね」
「おう」
「あ、コーヒーでも……」
「気遣わなくていいから、ゆっくり準備しろ」
優しいアリオンに笑みが零れる。
「うん、わかった!」
なるべく早く準備しようと、アリオンをリビングに通してから二階の自分の部屋へ急いで向かう。
心はとてもはずんでいた。