温かい瞳
アリオンは私に優しく笑いかけてから、話し始める。
「そうだな……少し、違うな」
その言葉に目を瞬かせて首を傾げる。
「?見てなかったの?ううん、これで話通じてる時点で見てるわよね……」
アリオンの言葉にそう返すと、コツンと額を合わせてきた。
近くなった距離に、心臓が早鐘を打つ。
アリオンは少し悲しそうに眉を下げて、繋げていた手を指が絡まるように握り直した。
絡まった手は、あの時泣いていた気持ちを包んでくれるように優しい。
「……そうだよ、見たんだ。……ローリーが、渡り廊下で泣いてるところを」
アリオンの言葉に息を吐く。
「やっぱり……そうだったのね……」
思っていた通りだった事に、思わずそんな言葉が出た。
「ああ。……俺はな、あの時泣いてるローリーを見て……やっと自分の気持ちに気づいたんだよ」
「え?」
驚きの声が出る。
――泣いてる私を見て……気づいた?
アリオンは私の頬を大きな手で優しく包んだ。
それに思わずピクッと反応してしまう。アリオンの骨張った手が自分の頬にぴったりと当てられているのは落ち着かない。
「あの時泣いてるお前が嫌だった。俺がなんでもしてやるから泣かないでほしいと思った」
「アリオン……」
名前を呼んでから、きゅっと唇に力を入れた。
私はあの時、一人だと思っていた。だけど……ずっと、アリオンは傍にいてくれようとしてたんだ。
胸が切なく締め付けられる。
「それで……涙を流しながら空を見上げたローリーを、綺麗だと思った」
優しく見つめてくる灰褐色の瞳は、吸い込まれそうなくらいに綺麗だと思った。
「風が吹いて綺麗な亜麻色の髪が靡いた後、お前はもう凛として前を向いてた。俺はそれを見て……初めて、ローリーを抱き締めたいって思ったんだ」
「!!」
アリオンの言葉に顔が真っ赤に染まる。
絡めた手を撫でるように握られた。
アリオンは私に柔らかく微笑んでから話を続ける。
「抱き締めたいなんて思ったのは初めてだった。ローリーの事は前から可愛くて綺麗だって思ってた。ずっと大切だった。お前の笑顔が好きだった。……でも、それ全部……ローリーが好きだったからだって……その時気づいたんだよ。俺はずっと……ローリーの事を愛しいって、思ってたんだ」
「はう……」
アリオンの甘い言葉に、また変な声が漏れる。
近くて、甘くて、くらくらして、倒れそうだ。
そんな私にアリオンはふっと笑った。
「その後ローリーに会った時なんて、俺は平静装うのに必死だったんだぜ?気持ちに気づいたら、お前の事すっげえ可愛く見えるし、お前の一挙手一投足を目が追っちまってな。そんであの変な挙動だよ。……お前って俺の事意識もしてなかったからか、お前から近づくの距離近えし。しかも無意識に可愛い事とか俺が嬉しくなるような事ばっかり言ってさ」
「う……」
その言葉に目をキョロキョロと動かす。
――え、き、気づいて……と、取り乱し、てたの……あれ……!
まさかアリオンの変な挙動が私を好きになったと気づいたからなんて、思っていなかった。
――な、なんか……胸がきゅーっとする……!
目を瞑って一度落ち着きたいと思うのに、アリオンの灰褐色の瞳から目を逸らしたくない。
「ほら、これが好きになった時だよ。……見ちまったのは、悪かった」
アリオンはそう締め括ると、額を離して頬を包んでいた手も離す。アリオンの手の温もりが頬に移っていて、思わず手で触れる。
そうしながらアリオンを見つめて答えた。
「ううん、アリオンならいいの。アリオンに見られてたなら……いいの」
アリオンは私の言葉に目を見開いてから、優しく目を細めた。
「そうか」
頷いて頭を優しく撫でてくれた。すぐに離れていく手が、寂しい。
きゅっとアリオンの服を摘む。寄り掛かるのは駄目だと言われたから、少しでもアリオンを近くに感じられるようにしたかった。
「アリオン、ありがとう。あの時、私が見られたくないってわかってたから、言わなかったのよね?」
お礼を言いながらそう聞くと、アリオンは少し気まずそうに言う。
「……まあ、な」
優しいアリオンの気遣いに笑みが零れる。
「きっと、あの時言われてたら素直になれずに飲みにも一緒に行かなかったかもしれないし……。だからね、ありがとアリオン」
「なら、よかったよ」
安堵したように目を細めたアリオンに、胸がきゅっとなる。
もう一つ、気になっていた事を聞く為に口を開く。
「……私がユーヴェンを好きだって気づいたのはいつなの……?」
聞くとアリオンは眉を下げて苦笑した。
「……あんまり思い出したくねえな……」
「え……」
悪いことを聞いてしまっただろうかと思っていると、頭をぽんぽんと優しく叩いてくれた。
アリオンは昔を思い出すように中空を見る。
「……最初……なんとなくそうかもって思ったのは……一年次の1月ぐらいだったか?」
「へ?」
アリオンの言葉に思わず目を見開いた。
――え……そんなに、前から……?
そんなに前から、私はユーヴェンが好きだったんだろうか。
……でも、確かにあの頃は……少しアリオンに距離をとられてしまったから、ユーヴェンを頼りにしている所があった気もする。それでもアリオンと元に戻りたくて、アリオンにもよく話し掛けていたのだけど。
思い出してみると、あの頃のとった行動の意味が見えてくるような気がした。
アリオンは少し目を伏せながら続ける。
「……ローリーが、クラスの他の男子とも仲良くなった頃だよ。……ユーヴェンと他の男子との表情の差を見て、もしかしたらって思った。まあその頃は……仲良くなり始めた男子より、ユーヴェンの方が落ち着くのかもしれねえって考えてたんだけどな。……それでも少し、気になってた」
「……そう……だった、かしら……?」
アリオンの話に眉を寄せながら考えてみようとする。
けれど、それを遮るようにアリオンが私の額に手を伸ばした。思わず目を瞑ると少し笑った声が聞こえて、優しく前髪をアリオンの指が撫でた。
「ふ……。それで……好きなんだって本当に思ったのは、お前がハイタッチもしてくれねえって俺に怒った時だった」
その言葉に目を開いてアリオンを見ると、緩く笑っている。
「え、なんで……?」
どうしてそう思ったかがわからなくて問い掛ける。
「……ユーヴェンとローリーがハイタッチした時の……お前の表情がな……すげえ嬉しそうだったんだよ。だから、そう思った」
哀しみが交じった微笑みに、私まで苦しくなる。
「……」
言葉は何も紡げなかった。
……私が、ユーヴェンを好きだったのは……事実だ。それがいつからだったかは、私自身もわかっていなかった。けれど……私をずっと見てくれていたアリオンが言うのなら、もしかしたらそんなに最初の方から、だったのかもしれない。
アリオンの話は続く。
「それでも、この前居酒屋で否定されたから俺の勘違いだと思ったんだ」
「そうよね……否定した……」
「ああ。俺はお前に言われたから信じてた……。でもな……あの日……飲みに誘ってユーヴェンの名前出した時、ローリーの目が曇ったんだよ」
「え……」
目を丸くする。
「だから……きっと、お前も気づいたんだって思った。ユーヴェンへの気持ちに」
「そんな目……してた?」
眉を下げて聞く。
そんな風に反応していたなんて、思っていなかった。
「してた……。それで、ユーヴェンが来ねえって言ったお前は……安心してたのに……寂しそうな顔してた……」
「っ……」
アリオンの悲しそうな笑顔に、私まで辛くなる。
するとアリオンが、優しく私を落ち着かせるように頭を撫でた。
「あの時の俺は……とてもじゃねえが、お前に気持ちを伝えられないって思ってたな……」
「アリオン……」
苦く笑うアリオンにぎゅうっと胸が締め付けられた。
アリオンだって辛かったことを言ってくれているのに、そんな時でさえ私を優先して頭を撫でてくれる。
そんなアリオンだから私は、アリオンの想いに応えたい、そう思えている。
――アリオンを……もっと……伝えたくなるくらい……好きに、ならなきゃ……。
アリオンの灰褐色の温かい瞳を、じっと見つめていた。




