怒りと事実
撫でていた手を止めて、アリオンはにっと笑いながら私を覗き込んでくる。
「あーでも、お前が妹だったら恋人同士になれねぇから嫌だな」
「っ……!」
アリオンの言葉に目を見開く。
「やっぱ……ローリーとは恋人になりてぇもんな」
頭に置いていた手を軽く振れながら頬まで手を下ろす。そのままスルッと頬を撫でたアリオンに思わず声が漏れる。
「んっ……」
漏れた声に恥ずかしくなって顔を赤くすると、アリオンは意地悪な笑みを浮かべた。
「ははっ。それでローリー、お前聞きたいことってなんだよ?お前も眠いし、早く寝てえだろ?聞かせろよ」
柔らかく頬を撫でてくるアリオンをキッと睨む。
「バカアリオン!結局アレンくんの事も考えるとしか言わないし……」
私の言葉に今度はアリオンがムッとする。
――わ、私にはこんなに……あ、甘いことしてくる、くせに……アレンくんには厳しいんだから!
アリオンは一度私の頬を摘んでから離す。
――い、いちいち甘いんだから……!
憮然とした表情だ。
「いいだろ。アレンのはあいつの気持ちさえ知らねえんだ。……どういうつもりでエーフィに近づいてるかも判断しなきゃなんねぇんだよ」
そう言ったアリオンは相変わらずで溜め息が漏れる。
それでも譲歩していると思えてしまう所が質が悪い。
私の兄なんて、初めてアリオンやユーヴェンを連れてきた後に「ローリーに恋愛なんて早いよ!」と言ってきていたので、どれ程そんなのではないと話したことか。
――アリオンとユーヴェンに厳しい目も向けてたし……。
遊びに来ることは事前に言っていたのに、それだ。その時になって兄の溺愛っぷりを思い知ってしまった。
「はいはい、そーね」
アリオンの兄を彷彿とさせるエーフィちゃんの溺愛に呆れながら相槌を打つ。
「いいじゃねえか。多少は譲歩してやってるだろ?ユーヴェンだって俺は許してやってちゃんと告げ口してねえんだからな」
「?許す?」
アリオンの発言に目を瞬かせて聞き返す。
「あ」
思わずと言ったように声を漏らして、顔を背けたアリオンを鋭く見る。
「アリオン?何の話よ?」
「……あー……」
言いにくそうに目を泳がすアリオンを見てなんとなく察する。
「……さては……私に関する事?」
その言葉にピタッと止まった。アリオンはちらりと私を見る。
「……はー……推測すんな、ローリー……」
そう言われるけれど、アリオンを見ながら考える。
「……アリオン、私に軽々しく触るなって……いつもユーヴェンを怒ってたものね……。そんな感じ?」
思いついたことを聞いてみる。アリオンは少し恥ずかしそうに首を掻きながら答えた。
「……そうだよ……」
アリオンが溜め息を吐きながら頷く。それでもまだ疑問は残るので首を傾げながら考える。
「でもいつもその場で直接言ってるし……。……あ、もしかして……ユーヴェンが私をどう思ってそんな事してたかを聞いたの?」
カリナとスカーレットがユーヴェンの行動にとても怒っていた事を思い出して聞いてみる。
――もしかしたら……アリオンも怒ったのかも……。
アリオンは苦笑交じりに答えた。
「お前、なんでそんなに察しがいいんだよ……」
その返事に嬉しくなる。頬を緩ませながら答えた。
「その……カリナとスカーレットが……すごく怒ってたから……もしかしたらアリオンも、かなって……」
アリオンも怒っていた事が大切にされている証みたいで嬉しい。
「ああ……確かに……。キャリーもメーベルさんも怒ってたな……」
納得したように頷いたアリオンはなんだか遠い目をしている。
おずおずと聞いてみる。
「もしかして……カリナとスカーレットにユーヴェンが私をどう思ってたか言ったの……?」
「言わねえ方が無理だぞ、あんなん……」
すかさず答えたアリオンに苦く笑う。
アリオンのこの顔からして……たぶん私が思っていた事が当たっているような気がする。
――カリナとスカーレット、ユーヴェンが私の事を男友達か弟みたいに思ってるんじゃって言ったら、すごく怖かったもの……。
アリオンもきっとそんな二人を見たんだろう。
「……それはそうよね……。二人がそんなに怒ってたってことは……私のこと、弟みたいに見てた?」
「……」
アリオンが眉を寄せた苦い顔をするので、ジト目で頬を素早くつねってやる。
「気を遣わずに言いなさいよ」
――ユーヴェンの事大丈夫だって言ってるのに!
むっとしながらアリオンを見つめていると、バツが悪そうにしながら眉を下げた。
「ほっぺつねんな……。言うよ」
「ん」
その言葉に満足してつねるのをやめる。
アリオンは大きく溜め息を吐いた。
「……ローリーの言う通りだ。あいつはお前の事……弟みたいだって思ってた」
「やっぱりね……。全くユーヴェンは……」
思った通りの答えにイラッとする。
「…………ショックじゃねえか?」
アリオンが心配そうに聞いてきたので、ギロっと睨みつけてまた頬を思いっ切りつねってやった。
「いって!」
「だからもう気にしてないって言ってるじゃない!弟扱いはすごく腹が立つけど!」
痛がったアリオンにそう宣言する。
「そう、か……」
アリオンは自分の頬を撫でながら、少し呆けた顔で呟いた。
そんなアリオンにユーヴェンに対する文句を言う。
「なんで私が弟なのよ!どっちかと言うとユーヴェンの方が弟でしょ!」
「怒るとこそこなのか、お前……」
アリオンの呆れた感じの言葉に頬を膨らます。
「当たり前よ!アリオンは気を遣わないでいいの!……だって……今は、アリオンだけって言ったじゃない……」
「!!」
少し語尾が弱くなる。俯きながらアリオンの服を握る。
「だから、変に気にしないでよ……」
アリオンに少し近づきながら言うと、ぽんと私の頭に重みが加わった。
いつものアリオンの手だ。
「……おう、わかった」
優しい声に顔を上げると、柔らかく微笑んでくれた。
ゆっくりと撫でるその仕草に顔が緩む。
笑みを零しながらアリオンと話す。
「全くアリオンは気を遣い過ぎなんだからー。私はそんなに気にしてないわよ!……今はむしろ……カリナとスカーレットの方が……」
最後の方は思わず目を逸らす。
アリオンからの情報で、ユーヴェンのカリナとスカーレットによる制裁は決定した事だろう。
アリオンはそんな私を見て、口の端を引き攣らせながら言った。
「ああ……二人共……怖かったもんな……」
やっぱりアリオンも二人の様子を見たのだ。
――ユーヴェン、ちゃんと制裁から生還するかしら……。
そら恐ろしい事を考えながら、アリオンを見る。
「……アリオンも……ユーヴェンに何かした?」
そう尋ねてみる。
アリオンはピクリと眉を動かした。
「……なんでだ?」
アリオンの問いに恥ずかしく思いながら答える。
「んと……アリオンも……許してやったって、言ってたから……怒ってたのかなって……」
――あ、アリオン……わ、私のこと、だ、大事にしてくれてるし……。
カリナとスカーレットが制裁を考える程だ。
アリオンもユーヴェンに何か制裁をしてくれたのかもしれない。
アリオンは頭を少し掻いてから溜め息を吐いた。
「……一発思いっ切り殴った」
その言葉に目を瞬かせる。
「え……アリオンの、思いっ切り……?」
アリオンは騎士だし、かなり体を鍛えている。
そんなアリオンの思いっ切りとは……どれくらいの威力なのかわからない。
流石にユーヴェンが心配になって眉を下げると、アリオンが答える。
「ちゃんと治しといたから問題ねえ」
「ええ……?」
眉を寄せながら、思わず声が漏れた。
治したら大丈夫、という問題ではない気がする。
アリオンは機嫌が悪そうな顔だ。
「あいつのあの鈍感さと無神経さを何もしねぇで許せる訳ねえだろ。ローリーに想われてたって事だけでも腹が立つのに」
アリオンが私の頭をまた撫でながら言う言葉に、顔が赤くなった。
これも嫉妬なんだろうか。
――アリオンの言葉……むず痒い……!
そう思いながら、少し深呼吸をした。




