温もりと不安
アリオンは私を優しく見ながら続ける。
「……お前に最初から素だったのは、さっき言った通りだよ。それも推測されてた。んで……ユーヴェンに初めて会った時の事を黙っててくれって頼んだのも……ただ、お前と会った時の事を……ユーヴェンに内緒にしておきたかっただけなんだよ……」
「えっと……?」
「ユーヴェンに可愛くって綺麗で優しいローリーとの出会いは知られたくなかったんだ。……ローリーと俺との……二人の秘密にしときたかったんだよ……」
「!!」
アリオンにはっきりと言われて真っ赤に染まる。思わずアリオンの胸に顔を伏せた。
――ふ、二人の、ひ、秘密……!
ユーヴェンに黙っておいてくれって言われた事にそんな意味があったなんて思わなかった。
今思えば、カリナもスカーレットもその話をした時に不思議な反応をして、意味深に笑っていたように思う。
――わ、私は気づかなかったのに……!
たぶん気づくようだったらアリオンの想いに気づいているとは思うけれど、なんだか悔しい。
「……俺はほんとにローリーが最初から大好きだな……」
アリオンは感じ入るような声でそう言うと、私の頭を抱え込む。
その行動に思わず声が漏れた。
「ん……」
アリオンの腕の中にすっぽりと入っている事に、耳まで熱くなってくる。
――そ、それでもこのままでもいいな、なんて思うの……わ、私やっぱりアリオンの事……か、かなり……す、す、好き……よね……!
口にまだ出せないけれど、そんな事を思いながらアリオンのコートを握る手に力を入れた。
「ずっと抱き締めていられるな……」
ぽつりと零したアリオンの呟きに、肩が跳ねる。
きゅっとアリオンのコートを更に握った。
「俺の腕の中に収まっちまうローリー、すっげえ可愛い」
「あう……」
同じような事を考えている事に、変な声が出る。
それでもアリオンの言葉が嬉しくて、もっと近づきたくなった。だからぎゅうっと抱き着くと、アリオンがピクリと反応する。
「…………でも、ローリー……もうそろそろ離れていいか?」
アリオンが腕を緩めながらそう言ってくる。
緩まった腕の中でパッと顔を上げた。
「なんで……?」
眉を下げて問い掛けると、アリオンは少し困った顔で私の頭を撫でる。
「いや……やっぱ、近えし……。しかも結構長い間……こうしてるし、な……」
「あ……」
確かに今の状態は近い。お互いに抱き締め合っているのだ。しかも、話していた間中ほとんどだ……。
今更になって恥ずかしくなってくる。
――いえ、ずっと恥ずかしいのは恥ずかしかったんだけど……!あ、改めて言われると、なんだか……!
混乱しながら考えていると、アリオンが私の肩からも頭からも手を離す。
それがなんだか寂しい。
「ほら。……抱き締め過ぎた、悪い。……悪いけどローリーも、離れてくれ」
アリオンの苦く笑って言った言葉に、口を曲げる。
「ローリー……?」
何も言わず動かない私に、アリオンが不思議そうに話し掛けてくる。
アリオンのコートを掴んでいる手にもう少し力を入れた。
「……うん……離れる……。……けど……だ、抱き締め、過ぎ……なんて、ないからね……」
アリオンの胸に顔を埋めて言っておく。私はアリオンに抱き締められているのはとても幸せだった。
それだけは、ちゃんと伝えておきたい。
「うっ……かわいい……」
アリオンがぽそりと呟いた言葉に少し満足して、私もアリオンの背中から手を離した。
アリオンから離れると、ずっとくっついていたからその温かさが感じられなくなるのが寂しい。
だからすぐ傍にいるアリオンを見上げて聞いてみる。
「……アリオン、寄り掛かるのはいいの?」
「え?」
アリオンは私の言葉に驚いたような声を漏らして、私を丸くなった目で見た。
「駄目?」
寄り掛かったらアリオンとくっついていられる、なんて考えながらアリオンの袖を摘まむ。
アリオンは思いっ切り眉を寄せた。
「っ…………!!…………ぐ……。…………えー……ローリーさん……手を繋ぐ、くらいで勘弁してもらえませんか?」
なぜかアリオンは手を降参するように軽くあげた上に、敬語で言ってくるので頬を膨らます。
「むー……何よその敬語!」
アリオンの摘まんでいた袖を引っ張ってやる。睨みながら言うと、アリオンは難しい顔で叫んだ。
「俺はもうお前の可愛さに殺されそうなんだよ!頼むから手を繋ぐくらいに留めてくれ!」
その言葉に目を見開く。思わず頬が緩んでしまった。
「……仕方ないわね、わかったわよ」
アリオンにそう言われると悪い気はしなかったので頷く。
ほっとしたように目を細めたアリオンは私の頭を撫でた。
「ん、ありがとな」
そんなアリオンを見上げていると、ぽかぽかとしてきてハッとする。
だいぶ部屋も暖かくなってきたから、コートはもう必要ないかもしれない。
「部屋、暖まってきたわね。コート脱ぐ?脱ぐなら私のと一緒にコート掛けに掛けとくわよ?」
立ち上がってコートを脱ぎながら、アリオンに声を掛ける。
「ああ、確かにな。じゃあ頼む。ありがとな」
「うん」
アリオンもコートを脱いで渡しながらお礼を言ってくれるので、頷いて受け取った。
私とアリオンのコートをコート掛けに掛けるとすぐにアリオンの隣に戻る。
アリオンがコーヒーを飲んでいたので、私も自分のコーヒーを飲む。
まだ少し温かさが残っていて、甘さにほっとする。
一口飲み終わってコーヒーをテーブルに置くと、アリオンもコーヒーを置いて私を見ていた。
その優しい灰褐色の瞳に胸が詰まる。
なんだかくっつきたくなって、アリオンにねだる。
「アリオン、手」
そう言うとアリオンは苦笑しながら右手を差し出した。
「ん、ほら」
「ふふ」
すぐに差し出してくれた事を嬉しく思って、アリオンの腕に抱き着くようにしながら右手をぎゅっと握る。
「!!ローリー、ちょっとお前腕に抱き着くな!」
アリオンがぎょっとしたように身を引く。
「え、駄目なの?」
きょとんとしながらアリオンを見上げると、その顔はなんだか赤い。
「繋ぐくらいに留めてくれって言っただろ!?」
もしかしてアリオンも抱き締めていたのは改まると恥ずかしかったんだろうか。だから手を繋ぐくらいがいい、という事なのかもしれない。
「ちぇー」
そういう事なら仕方ないので残念に思いながらも手を繋ぐだけに留める。
せめてと思ってアリオンの右手をしっかりと握った。
「……ほんとに殺されそうだ……俺……」
左手で顔を覆いながらぽつりと呟いたアリオンに笑う。さっき可愛さに殺されそうだ、なんて言っていた。可愛いという事だろうか。
――アリオンも可愛い。
そんな事を思って笑いながらアリオンに問い掛ける。
「アリオン手、ぎゅっとしないの?」
アリオンからもしっかりと握って欲しかった。今は私から握っているだけだ。
「……あー……うん、する……」
さっきの事があったからか呆れるような感じながらも私の手をしっかり握ってくれるので、嬉しくなって笑みを零した。
「ふふふ」
アリオンはそんな私に仕方なさそうに笑ってから、聞いてくる。
「……ローリー、お前の怒りたかった事って……」
「さっき言ったやつ」
そうすると納得したように頷きながら頭を撫でてくれた。
言っている時に泣いてしまったからだろうか。すごく甘やかされている感じだ。
「なるほど……。謝りてえ事は?」
じっと灰褐色の瞳が私を見つめながら聞いてくるので、私も見つめ返しながら答える。
「あ……えっとね……アリオンにね……私……ほら、紹介してって言ったでしょ?」
「……言われたな……」
アリオンは不貞腐れた顔をする。
落ち込んだと言っていたから、あまり思い出したくないのかもしれない。
それでもちゃんと謝ろうと、アリオンの握っている手に力を入れた。するとすかさず握り返してくれる。
やっぱりアリオンは優しい。
「あのね、あれをね……考えたの……アリオンから突き放されるのが……嫌だったからなの……」
「俺がお前を突き放すわけねえけど。なんでそう思ったんだよ?」
アリオンは私の言葉に眉を寄せてすぐに答える。
アリオンにやっぱり怒られるだろうかと不安がよぎった。優しいアリオンは最後には許してくれるだろうけど、私はアリオンの事を考えずに傷つけるようなことをしてしまった。
言い辛いけれど、アリオンだって言い辛い事を言ってくれたのだ。だから私も言わないといけない。
「う、うん……あのね、実はね……その……あの、えっと……」
私は早く説明しようと焦りながら続きを話そうとして、思わず意味のない言葉を出してしまった。
するとアリオンがゆっくりと頭を撫でて、私の目を覗き込む。
「ローリー、ほら怒んねえから……焦らず喋れ」
優しく言ってくれるアリオンに安心する。
「うん……」
頷くとアリオンが柔らかく微笑む。
「うん、落ち着いてゆっくり言え」
アリオンの言葉に深呼吸をして、頭を整理する。
きゅっとアリオンの服を少しだけ掴む。アリオンは髪を梳いて少し髪の毛を整えてくれてから、服を掴んだ手にアリオンの手を重ねてくれた。
アリオンの行動に不安を覚えた心が落ち着いていく。