兄のような人
真っ赤なアリオンを楽しく眺めながら続きを話していく。
「それで私が昔作ったのと同じような星型の紙のお守りを持ってるんだもん。きっとお兄ちゃんなんだろうなって思ったの。それで落ちたのを拾って話し掛けようと思ったら、すごく焦って色んな所探ってて。きっといいお兄ちゃんなんだろうなって思ったわ」
「う……」
アリオンは恥ずかしそうに目を逸らす。思わず微笑んだ。
「渡したらすごく安心して笑ってたから、なんだか私も嬉しくなったの。私のお兄ちゃんもこんな感じなんだろうなって思って。ふふ、ほんとは王宮志望だったから良い成績とらないとってすごく緊張してたのよ。なのにアリオンと会ったらお兄ちゃんを思い出して、私も緊張が解れたの」
「え……」
目を見開いたアリオンに笑う。
私は王宮に勤めてみたいと思っていた。……それは兄が騎士になると言っていたから、なら私も王宮で働きたい、なんて、お兄ちゃんっ子だった私の小さな頃からの夢だった。
もちろん大きくなるにつれてちゃんと考えるようになったけれど。調べたら王宮はかなりいい就職先だったので、まず目指してみようと思ったのだ。
調べると王宮に勤めている人は入学当初から成績が良く、一番上のクラスにいた人が多かった。だから私も良い成績をとらないといけないと思ってとても緊張していたのだ。
ちゃんと良い成績をとれるか不安で少し俯きがちに歩いていた時、目の前に星型の紙のお守りが落ちてきた。
昔兄に同じようなお守りをあげた事があった私は、思わずしゃがんで拾った。ちなみに兄の部屋には今もそのお守りが飾ってあるので恥ずかしいのだが。
馴染みのあるお守りを誰が落としたんだろうと、回りを見渡した。すると少し前を歩いていたのが橙色に近い茶髪の男の子だった。
立ち上がって違うかもしれないけれど声を掛けてみようと思って歩いている男の子に近寄ると、その男の子はポケットに手を入れた途端立ち止まって急に焦り始めた。
その時、拾ったお守りはその男の子のものだと確信したのだ。そして少したどたどしい文字を書いてあるこのお守りはきっと、私のような妹か弟が作ってこの男の子に渡したのだろうと思った。
なんだか自分も学園の試験を受ける兄の為に作った星型のお守りを思い出して、懐かしい思いになったのを覚えている。兄を思い出しながらその男の子に話し掛けると、焦った顔でこちらに振り向いた。
少し不安そうな灰褐色の瞳が私を見た。とても綺麗な顔をしている、かっこいい男の子。それがアリオンだった。
私がお守りを見せると、とてもほっとしたように顔を緩めた。
『俺のだ。ありがとう、助かった』
そうお礼を言って優しく笑うアリオンは、なんだか可愛らしく見えた。
私はその笑顔になんだか安心して、笑みを零しながらお守りをアリオンに手渡したのだ。
『大事なものなんでしょ?しっかり鞄にしまっておいた方がいいと思う』
懐かしいお守りに、そんな言葉を添えて。
少し驚いたように目を見開いたアリオンに、ちょっと焦った。余計な一言だったかもしれないと思ったからだ。
慌てて試験の健闘を祈る言葉を口に出しながらアリオンを見た。
その年齢では身長が高い方だった私は、あまり同世代と接した事がないのもあって自分よりも高い同世代を見たことがなかった。アリオンは私よりも背が少し高かったので、珍しくて少しじっと見てしまったのを覚えている。
アリオンもなんだか私を見ていたように思う。……今思うと、アリオンはその時に一目惚れしていたんだろうか。
――知ってから思い出すと、なんだか恥ずかしい……!
灰褐色の瞳は少し高いけれど近い目線にあったと思う。私はそこからあんまり成長しなくて、アリオンとだいぶ身長差が開いてしまった。それでもこうして抱き締められている今は、あの時よりも灰褐色の瞳が近い。
また心臓が掴まれたように苦しくなる。アリオンは私を赤い顔で見つめたままだ。
思い出して恥ずかしくなったのを悟られたくなくて、何を話していたかちょっと飛びかけた続きを思い出す。
そうだ、じっと見ているのはよくないと思ってすぐに離れようと思ったんだ。
そうしたら、アリオンが屈託のない笑顔でお礼を言ってくれた。
『本当にありがとう!頑張ろうな!』
それが嬉しくて笑って返した。
アリオンのお陰で兄を思い出し緊張が解れて、しっかり試験を頑張れた。
思い出しただけで、笑みが溢れる。だからそのままアリオンに伝える。
「私も試験でちゃんと頑張れたの、アリオンのお陰」
「っ……!」
目を丸くしたアリオンにふふっと笑う。
「そしたら一緒のクラスで、アリオンも頭いいんだなって思ったの。お兄ちゃんもいつも上のクラスだったから、ますますお兄ちゃんに似てるなって思ったわ」
そう言うとアリオンは少し困ったような顔をした。
「俺結構必死だったけどな……」
アリオンの言葉に思わず笑う。さっき話してくれた事からすると、確かに頑張ってくれたんだろう。
「ふふ、よく一緒に勉強したものね」
アリオンやユーヴェンと一緒に勉強したことを思い出す。
確かにアリオンは勉強よりも体を動かす方が好きだった。けれどいつも私が何かを聞くとちゃんと答えてくれていたから、よくアリオンに聞いていたし一緒に分からないことを調べていた。
アリオンは懐かしそうに微笑む。
「ローリーとクラス離れるとか嫌だったからな」
「!!……ゆ、ユーヴェンも……じゃ、ないの……?」
アリオンの言葉に目を見開いて聞くと、からっと笑った。
「ユーヴェンはついでだな」
「アリオンってば……」
恥ずかしく思いながら軽く胸を叩く。アリオンは笑ったまま聞いてくる。
「それで……俺をリックさんみたいに見てたのか?」
そう問われたので頷く。
「うん……そう。また話し掛けられて謝られた時も、やっぱりいいお兄ちゃんだったって思って、嬉しくなったの」
「そん時の笑顔が可愛かったな」
「っ……!アリオン……」
アリオンが頭を撫でながら満面の笑みで言った言葉に顔を赤くする。
――や、やっぱり心臓に悪い!
「んでお前は……どう思ったんだ……?」
私の頭に手を置きながら嬉しそうに聞いてくるので、きゅっと唇に力を入れてから答えた。
「……ユーヴェンにアリオン紹介された時はね、お兄ちゃんだって思ったの。ふふ、仲良くなれそうだなって思って嬉しかったわよ」
そう言うとアリオンはとても微妙そうな顔をした。
「お兄ちゃん、なぁ……」
「その印象が強かったんだもの。話してみたら私のお兄ちゃんとは全然違ったけどね」
アリオンの顔に思わず笑いを零すと、アリオンは苦く笑った。
「そりゃ俺はリックさんみたいにはできねぇよ……」
「わかってるわよ。アリオンは口悪いけど、すごく優しくって、言い合うのも楽しいもの。素直過ぎるユーヴェンに突っ込むのも息が合ったし」
私が遠い目をしながら言うと、アリオンも同じような目をする。
「俺もユーヴェンに突っ込むのに息が合うのは新鮮だったな。俺ユーヴェンの家で遊ぶ事が多かったから……そしたらみんなあんな感じだろ?一緒に遊んでたりしたエーフィや姉さんもな……。姉さんはわかってても面倒だから突っ込まねえし、エーフィはちっさいからそんなもんだと思ってるし……」
そう言って大きく溜め息を吐くアリオンに笑ってしまう。
「ふふ、そうだったんだ。……私ね、そんなアリオンとユーヴェンと一緒に居るのが楽しかったの。ふふ、学園時代楽しかったの、アリオンとユーヴェンと一番仲良くなったお陰」
アリオンに抱き着いている腕に力を入れる。
灰褐色の目を細めて、アリオンが微笑んだ。
「ん、俺もローリーのお陰で楽しかった。今も、すっげえ幸せ」
私の碧天の瞳を見つめながら言ってくれたアリオンに、頬が赤く染まったのがわかった。
それでも。
「うん……私も、幸せ」
私もアリオンに微笑みながら頷いた。
「なら、よかった」
笑ってくれたアリオンの優しい笑みと温かく頭を撫でてくれる手に、目を細めた。




