眩しい笑み
私はもう一つ伝えておこうと、抱き着いていた腕を離してアリオンの頬を両手で挟む。
灰褐色の目を瞬かせたアリオンを私の碧天の目で射貫く。
「あとね、私が女子のみんなとなかなか仲直りしようと思わなかったのは、アリオンが落ち込んだからなの!」
「は?」
アリオンの不思議そうな声が聞こえたので続けて答える。
「だって、女子のみんながあんな事言い始めたからアリオンが落ち込んだのよ?そんなの簡単に許せる訳ないじゃない」
「!!」
思わず怒った私も悪かったけれど、あんな事を言ってくるのだからいつか衝突は避けられなかったと思っている。思えば早い内に衝突しておいてよかったのかもしれない。
「アリオンを傷つけたあの子達を、私が許せなかったの!」
アリオンが落ち込んで傷ついたのだ。
私の大事な友達のアリオンを傷つけたのだから許せなくて、女子のみんなと暫く仲直りする気にはなれなかったし、きっと無理に仲直りしてももっと酷いことになっていたと思う。
「そう、なのか……」
アリオンが目を丸くしたまま頷いた。
そんなアリオンにふふっと笑う。
私が気にしていないと分かってくれただろうか。
「……まあでも、三年次くらいになったらアリオンもだいぶ気にしなくなったし、男女別の授業の時にあの子達の方から私に声を掛けてきてくれたから、私も謝ったんだけどね?」
もっと早くアリオンに話していればよかったのかもしれない。
けれど……今まで私もアリオンもちゃんと向き合う事を避けていたように思う。それは……思い出さないようにしていた、から。
私も思い出したくない事があった。だからアリオンにも気にして欲しくなかった。
アリオンには私が気にしないでと、ずっと言っていた。だからきっと気にしないようにあまり思い出さないようにしていたんだと思う。
思い出した今だから、アリオンとちゃんと向き合えた。
アリオンの頬を挟んでいた私の手に、優しく触れてアリオンが笑った。
「やっぱローリーは優しいな。自分の事より俺の事なんだな」
アリオンの優しい笑みに、私も微笑み返す。
「アリオンだっていつも私に優しくしてくれてたもの」
だから私も、アリオンを大切にしたいと思っているのだ。
「そりゃ俺は……お前の事好きなんだから当たり前だろ……」
少し恥ずかしそうに目を逸らしたアリオンに、ちゃんと伝える。
「……うん。あのね、私アリオンとユーヴェンと過ごした学園時代、すっごく楽しかったの。最後にはクラスのみんなで仲良くなって色んな事したじゃない。だからね、あれでよかったの」
そう言って笑うと、アリオンは私の碧天の瞳を見つめて頷く。
「……うん」
灰褐色の瞳が、吸い込まれそうなぐらいに真っ直ぐで綺麗だ。
胸がきゅうっと締め付けられる。
すうっと息を吸って、アリオンの少しだけ潤んだ灰褐色の瞳を見つめた。
心臓が早い鼓動を刻む。
緊張しながら口を開いた。
「それに……アリオンと、こうしてるのも……私が女子にハブられて、仲良くなった、お陰じゃない……。アリオンと仲良くならなかったりしたら、嫌だもん……。アリオンが、傍にいないと、嫌……」
自分の言葉に恥ずかしくなって目が潤む。けれど、アリオンをしっかりと見上げる。
「……っ!!」
アリオンが息を呑んだのがわかった。
「だからもう気にしないで、アリオン」
そう締め括ると、アリオンは潤ませた目を細めた。泣き出しそうなのにとても嬉しそうな……眩しくて、柔らかい笑みだ。
その笑みに息が詰まって、心臓が大きく跳ねた。
「……おう、わかった。俺も……ローリーと仲良くならなかったりしたら、嫌だ。ローリーの傍にいれないのも、考えられねえな」
アリオンは私の頬を柔らかく優しく撫でる。
唇に力を入れて、眩しいアリオンの笑顔を見つめる。目に熱が籠もった、気がした。
「うん……。ずっと、傍にいてね」
「うん、いるよ。ずっと傍にいてやる」
優しく微笑んで頷いたアリオンが、肩に手を回して抱き締めてくれた。嬉しくて私も抱き締め返す。
逞しくて広い胸に、顔を埋めた。
アリオンの早い心音が、耳に心地良い。私の心音も早いけれど、どっちの方が早いのかは分からない。
抱き締めたまま、私の頭をアリオンが撫でてくれる。
胸から見上げると、柔らかい笑みのアリオンがいる。この場所が、すごく心地良くて幸せだ。
その状態のまま、アリオンが口を開いた。
「でも俺、お前の事好きだったから仲良くならねえとか考えられねえな……」
アリオンの言葉に思わず笑みが零れる。私もアリオンと仲良くならなかった想像はできない。
でも……きっと、こんな風になんでも言い合える仲にはならなかったかもしれない、とは思う。
「私もあんまり考えられないけど……それでもきっと、今ほどは仲良くならないわよ。流石に女子と仲良かったら女子と一緒に居ることの方が多くなるし。四年次からは男子の遊びに混ざらなくなったでしょ?」
女子達みんなが気に病んでいた期間は居辛かったのでまだ男子と遊んでいたが、半年程男女別だった授業を一緒に受けているとだいぶ打ち解けたので、四年次からは混ざらなくなった。
たぶん女子達がアリオンに関して言ってこなかったら、私は女子達といるようになっていたと思う。そうしたら、休み時間ずっと一緒にいるとかなかっただろうし……もしかしたら、アリオンやユーヴェンと休日に一緒に遊ぶ、なんて事もしなかったかもしれない。
アリオンは苦笑した。
「まあそうだけどな……。お前が遊びに混じるのはいいけど、ハラハラしてたよ。クラスの男子共危険な遊びばっか提案してくるからな……」
溜め息を吐いたアリオンに小さく笑いが漏れる。
「そうね、私も混じらなくなったら危険な遊びばっかりでびっくりしたわよ。女子のみんなにあの中で遊んでたの?って信じられない目で見られたもの」
苦笑交じりに言う。
仲直りした女子達から恐ろしい目で見られた事は覚えている。
――私だって魔法を撃ち合うとか打ち返さなきゃ負けとか、魔法ドッジボールとか恐ろしかったわよ……。
先生にバレないようにやっていたけど……時々バレてとことん怒られていた。
アリオンをちらりと見上げる。アリオンは私が混じっている時は安全な遊びになるよう男子達に注意してくれていた。
「……アリオン、私が混じってる時は安全な遊びにしてくれたわよね?」
そう突っ込むと、アリオンは少し苦い顔をした。
「…………わかっても突っ込むなよ、そういうの……」
アリオンににっと笑う。
「私なんだから突っ込むに決まってるじゃない。魔法を使う遊びをしなかったのも、魔力が少ない私の事、考えてくれたんでしょ?」
私が更に続けると、アリオンは眉を下げて笑った。
「……あーあ。仕方ねーな、ローリーは。そうだよ、その通りだ。お前魔法の授業でも魔力切れしねえよう、練習量調整してたのに遊びで使わせる訳にはいかねえだろ」
授業でもアリオンやユーヴェンと一緒に組むことが多かったから私の事をよく知っていてくれる。
それがなんだか嬉しくて笑う。
「ふふ、ありがとアリオン」
優しく私の頭を撫でたアリオンは、なぜか撫でた後ジトっとした目を向けてくる。
それに首を傾げると、私の顔を覗きこんでくる。
「でもお前一回魔力切れ起こしかけたけどな。なんで魔法の授業がない日の、伝達魔法を練習して習得した後の魔力交換で魔力切れ起こすんだ、お前は。流し過ぎるとかねえだろ、馬鹿。魔力切れは危ねえって分かってたよな?」
責める言葉に顔を逸らそうとすると、髪を撫でてくれていた手で両頬を挟まれた。
アリオンの大きな指が私の頬に少し沈んでいる。
それにカッと顔が赤くなった。思わず目を逸らすけれど、アリオンの視線は止まない。