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罪の意識と涙


 アリオンは躊躇いがちに口を開く。

 

「……ローリー、俺な……お前への気持ちに気づかなかったのは…………罪悪感から、だった」


「!!」


 アリオンの言葉に目を見開いた。


 ――え……マスターの推測と……違う……。


 その事に悲しくなって落ち込みそうになった時、思い出す。


 『ふむ……両方という可能性もありますか』


 昨日のマスターの言葉が心に落ちた。

 そうだ、たぶん……両方だ。アリオンはきっと、マスターが推測してくれた事と……罪悪感と、両方ともあったから気づかなかった。


 罪悪感がなければ、もっと早く気づいてくれたんだろうか。……ううん、気遣い屋のアリオンの事だから……きっとどっちにしても気づくのは……あのタイミングだったと思う。


 ぎゅっと自分のスカートを握った。


 アリオンは膝に手をついて、後悔するように顔を伏せて話している。


「今日ユーヴェンとフューリーと話しててな……気づいたんだ。俺は、お前を……俺が傷つけたんだから……ローリーを、想っちゃいけねえって考えてたんだ。だから、気づこうとしなかった。……しかも、お前に俺が決して近づかないように……ユーヴェンに、色々と任せてた。……お前にあれだけ気にすんなって言われてたんだから……もう少し、早く気づいたってよかったとは、思うけどな……。そこは……鈍感だった。……悪かった、ローリー。そんな風に思っちまってて、ごめん」


「……」


 やっぱりだ。両方だった。『鈍感』は、きっとマスターの推測通りだ。


 でも、アリオンの言葉の中には理解できない事もあった。


 ――ユーヴェンに……任せてた……って、何を……?


 そういえば、遊ぶ時はユーヴェンが遅れてくるからアリオンと一緒にいる方が長かったけれど、学園では基本的にユーヴェンがいつも一緒にいた。何故かアリオンは時々どこかに行っていたからだ。

 ……それに私が転びそうになった時や人にぶつかりそうになった時とかに助けてくれたのは、いつもユーヴェンだった。アリオンはかなり過保護だったはずなのに、何故かいつも助けてくれるのは、ユーヴェンだった。


 まさかそれも……『ユーヴェンに色々と任せてた』事なんだろうか。


 気づいてしまって、ぐっと唇を噛み締めた。なぜだか涙が滲んでくる。


 アリオンがハッとした顔になって、眉を下げる。


「ローリー、ごめん」


 なんでか分からない。でも、そこまで気を遣われていたのが、悲しい。


「アリオンの、バカ」


 言うと同時にアリオンの胸に倒れ込んで、軽く叩く。ピクッと反応したけれど、それだけだった。


「うん」


 アリオンは申し訳なさそうな声で、私の頭を優しく撫でる。


 涙がぽろりと零れる。

 アリオンのコートに涙が落ちてしまった。それにアリオンは素早く反応した。


「ローリー、悪かった。ほんとに、ごめん」


 アリオンが慌てたようにハンカチを取り出す。

 そして少し離れようとするので、ぎゅっと服を掴んだ。


 アリオンを見上げると、眉が下がった辛そうな顔をしている。


「ローリー、ごめんな」


 謝りながら、ハンカチで涙を拭いてくれる。少しだけ抑えるように拭く、優しい拭き方だ。


「ユーヴェンに任せてたって……何を?」


 涙を拭ってもらいながら、問い掛ける。


「それは……」


 アリオンが眉を寄せて言い淀む。

 私はアリオンをキッと睨んだ。


「……誤魔化したら明日一日口聞かない。全部指差し確認ね」


 アリオンは私の言葉に口を引き攣らせた。そうして宥めるように私の頭を優しく撫でる。


「わかった。悪い。この期に及んで誤魔化さねえから」


 アリオンが私の目を見ながら言った事に安心して、少し微笑む。


「うん。それで、何を任せてたの?」


 私の髪を梳いてから、アリオンは重い口を開いた。


「……俺は……お前に怪我とか嫌な思いをして欲しくなくて……予防、的な事をやってた。……それでも、行き届かねえ時があって……その時は、全部、ユーヴェンに……任せてた。役割分担の意味もあったんだ。けど…………別に俺ができる時も、ユーヴェンに、全部任せてた。それは……お前を傷つけた俺が……少しでも、ローリーに許されるような事を……やっちゃ駄目だと、思っていたから、だった。……お前がユーヴェンを好きだって……思ってからは……もっとそうした」


 目を見開く。

 やっぱりそうだった。アリオンはきっと私が転びそうな時や人にぶつかりそうな時とかも、わかってた癖にユーヴェンに助けるのを任せてたんだ。

 ……しかも、私の気持ちまで(おもんばか)って。


 そんな気を遣われていたのが悲しくて、私の気持ちをとことん優先してしまうアリオンになんとも言えない気持ちが湧き上がる。


 ぐっと顔を歪めると、アリオンは更に申し訳なさそうな顔をした。

 思わず拳を作って、弱くアリオンの胸を叩く。


「……っ……アリオンのばか……ばか……」


 なんで、そんな風に気を遣ってしまったのか。

 私はアリオンにいつも助けてもらってた事に、今になって思い返していて気づく事が多かった。……それは、アリオンの助け方はいつも直接的じゃなかったからだ。


「ごめん、こんな風に思ってたって知ったら絶対にお前が悲しんじまうと思った。……だから……お前に言わない方がいいんじゃないかと思ってたんだ……。それも、ごめん、ローリー。ちゃんと言うべきだった」


 アリオンの胸から見上げると、その顔は眉を下げている。

 いつもの情けない顔だ。


 アリオンはいつもそうだ。私の事を考え過ぎて、いつもやり過ぎる。


「……それもバカなの……!どうせカリナとスカーレットに白状しろって言われたんでしょ!?そうじゃないとアリオンが自分から白状する事なんてないもの!」


 そう睨みながら責めると、アリオンは目を泳がせた。


「う……。い、一応……言った方がいいかも……とは、考えてたぞ……」


 言い訳してくるので最後まで詰め寄った。


「じゃあカリナとスカーレットが最後の一押しね!」


 それにぐっと難しい顔をした。図星の顔だ。


「…………その通り、です」


 頷いたアリオンのコートを、ぎゅっと掴む。


 涙を堪えながら、アリオンに今日気づいて怒りたかった事を告げる。


「……アリオン、ユーヴェンに紹介されたばっかりのほんとに最初の頃は……髪についたゴミとか普通に取ってくれてた!なのに……私がハブられ始めてからは、アリオン変に距離を取るようになった!全く触らない、なんて変な気を遣い始めた!」


「え……」


 アリオンは私の言葉に目を丸くして驚きの声を漏らした。


 私はアリオンを滲んだ視界で捉える。


「やっぱり気づいてなかった!私、寂しかった、悲しかった!いつも……よく話し掛けてたから、わかったのよ。……距離が空いたの、わかったの……」


 唇が勝手に震えてきた。それでもアリオンに言いたかった事を叫ぶ。


「私……アリオンに距離を空けられて、辛かった!女子のみんなにハブられた時よりも、ずっと……辛かったの!」


 ぎゅっとアリオンのコートを掴む。


 涙が流れている私の頭を申し訳なさそうにゆっくり撫でる。


「ローリー……ほんとに、ごめん……」


 アリオンは後悔が滲んだような低い声だ。


「ユーヴェンにアリオンが気にし過ぎで過保護なんだって、聞いてた。でも、不安だった!嫌われたんじゃないかって……不安だった……」


 トン、とまた軽くアリオンの胸を叩く。


「お前を嫌うわけない」


 間髪入れずに返ってきた言葉に、安堵する。


「わかってる……。でも、まだ仲良くなって間もなかったのよ?あの時は、わかる訳ない……」


 そう言った私の言葉にアリオンはきゅっと辛そうに顔を歪めた。


「そうだな……俺は、お前にそんな顔させたくなかったのに……。……結局、俺がそんな顔、させちまってたんだな……」


 涙をトントンと抑えるように優しく拭きながら、アリオンも泣き出しそうな顔をしていた。

 その顔に私まで辛くなって、悪態をついた。


「バカ!アリオンのバカ!」


「うん。俺……ほんとに馬鹿だな……」


 悲しくて辛そうな顔をしているのに、ずっと優しくしてくれているのもずるい。


 アリオンにあの時の私の気持ちを話す。


「ユーヴェンが……私に過保護なんだって……言って、アリオンはきっと、お兄ちゃんだから……そうしてるんだろうなって思ったの。……アリオンが、私に妹にしてるように過保護なだけだって思ったら安心できた。お兄ちゃんも……私に男は近づけさせたくないって言ってたから、きっと、アリオンもそうなんだろうなって……思おうとしたの。……そうじゃないと、アリオンと距離が空いた理由が説明できなくて、悲しかった……」


 アリオンを見上げてきゅっと近づくと、眉を下げたまま私の頭を更に撫でた。


「ごめんな、ローリー」


「バカ!バカ……」


 ポカポカと弱くアリオンの胸を叩く。言葉と一緒に涙も溢れる。


「うん、ごめん」


 溢れ出る涙をアリオンが優しく拭き取った。頭を優しく撫でてくれるアリオンの手は、いつもと同じで温かい。


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