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思い出す甘さ


 少しドギマギして固まっていると、アリオンは少し眉を寄せた。

 

「?なんかあったか?」


 不思議そうにしたまま、私をよく見ようと近づいてくる。心臓が早鐘を打ち始めた。


「な、なんでもないわよ!アリオン、座らないの!?」


 そう言うと、アリオンは眉を寄せたまま左手を差し出してくる。


「まあ、ならいいけどな……。ローリー、話する前に右手、見せろ」


「え?」


 アリオンが膝をついたまま言ってきた言葉に目を丸くした。アリオンは呆れた表情だ。


「お前手を痛めるって忠告したのに叩き過ぎなんだよ。ほら、見せろ」


 アリオンのもっともな言葉に目を逸らす。たぶん少し痛いと思っていた事がバレている。


「う……」


 呻きながらも右手を差し出す。


 差し出した私の右手をアリオンの左手が優しくとる。アリオンは右手で術式を慣れた手つきで描いて、魔法を発動させると私の手に触れた。


 いつもアリオンが治癒魔法の前に怪我の具合を確かめる為の魔法だ。

 アリオンはお母さんが医師だからか、ちゃんと怪我の具合を確認して治す箇所をみてから治癒魔法をかける。この怪我の具合をみる透過魔法も、しっかりと人体の事を理解していないとどこが損傷しているのか分からなくて意味がない。

 アリオンはそこもしっかりと勉強している為、昔から治癒魔法が上手なのだ。


 ――お母さんがスパルタだったって言ってたわね。


 そう教えてくれたアリオンの青褪めた顔を思い出して、少しくすっと笑った。


 アリオンはじっと私の手の方を見たまま呟く。


「……まあ、痛めてはねえか」


「……流石に痛めるほどは叩いてないわよ」


 アリオンの言葉に安堵しながらついそんな言葉が出る。

 私の言葉を聞いたアリオンはジトッとした目で見てきた。


「ちょっと痛がってただろ、お前」


「うう……」


 痛がっていた事がバレていた事に思わず呻く。


 疲れているぐらいの痛める前の怪我には治癒魔法を使わない方がいいらしい。自然治癒力も大事にしておかないと駄目だからだ。

 治癒魔法は修復と一緒にその人本人の自然治癒力も使って治癒するものだから、自然治癒力が弱まる事は稀らしいが。

 あまりなんでもかんでも治して乱用するのも良くないとは聞いている。アリオンはそこも考えていると思うから、基本的にアリオンが治癒魔法を使わない判断をしたなら私が何かを言うことはない、けれど……。


 ――……アリオンって自分の怪我には結構無頓着の癖に、私の怪我にはすぐ治癒魔法を使おうとするわね……。


 私の手を痛めたかも、で魔法を使おうとするならこの前自分の後頭部を打っていたのにも使えばよかったのに。


 ――……後頭部だと透過魔法で見にくいからかしら……。


 それもあるかもしれない。私だと魔力量が少ないから、ちょっとした切り傷くらいしか治せない。それに深い傷や酷い打ち身だと人体内部が分かっていないとまず治せないので、そう言った場合は病院に行き医師に診てもらう。

 アリオンは医師に繋ぐまでの応急処置ができるように鍛えられたらしい。しかも魔力量も多いので、骨折や臓器損傷のない傷なら大体は治せると言っていた。


「ほら、左手も出せ」


「?」


 アリオンがそう言って右手を差し出してくるので自分の左手をアリオンの右手に乗せると同時に、スルッと両手とも指を絡めぎゅっと握られる。


「これで叩けねえな」


「!!」


 にっと笑ったアリオンに目を見開く。


「よし、じゃあ話すか」


 そう言ってアリオンはソファーに座る。両手を繋いだままだから距離が近い。

 思わず昨日の事を思い出す。額にキスされた時もこんな感じで両手を絡められていた。

 心臓がバクバクと鳴ってしまう。


 ――両手を絡められたままなの、恥ずかしいんだけど!


 しかも話す内容は長そうなのに、ずっと両手を握られたままなんだろうか。それは……昨日を思い出して、ドキドキして耐えられそうにない。


「もー、大丈夫だってば!……話する前にちょっとコーヒーでも入れてくるから離して!」


 うまく離されるように言う。それに長い話になるなら、飲み物は必要だと思う。


 アリオンは大きな溜め息を吐いた。


「……わかったよ。今日はもうあんなにバシッと叩くなよ。もうちょい軽く叩け。今は痛めてねえっていっても疲れてるから、あんまりやるとすぐ痛めるぞ」


 目を真っ直ぐに見て、言い含めるように言うアリオンについ悪態をつく。


「わかってるってば!てかあんたが悪いのよ!?なんで叩くような事ばっかり言ってくるのよ!?」


 ――あんなに甘い言葉を言われたら恥ずかしくなるに決まってるじゃない……!


 しかもバシバシと叩いても痛がる様子も全くないのでつい叩き過ぎてしまう。……ほんとに全く痛くないんだろうけど。

 アリオンは困ったように笑う。


「……俺は思った事言ってるだけなんだけどな……」


 ぐっと唇に力を入れた。なんて質が悪いんだろう。

 アリオンはユーヴェンみたいな素直な性格じゃなかったはずなのに、どうして私へ気持ちを伝えるのは信じられないくらい素直なのかわからない。


 ――あ!そういえばアリオンとユーヴェンって昔からよくユーヴェンの家で遊んでたって言ってたわね……!?


 ユーヴェンの家族はみんな大らかで素直な人ばかりだ。アリオンも影響を受けていてもおかしくない。


 ――でもなんで私へ気持ちを伝える言葉だけ素直なのよ……!


 ……まあアリオンは昔から、口が悪いだけで分かりやすかった。

 だからそれを私はからかったりしていたのだ。もちろんアリオンにからかわれたりする事もあった。


 ――それにアリオンって私に対してはあんまり噓とか誤魔化し……はしてるけど。……噓はつかないのよね……。


 そう考えると意外と昔から素直だったのだろうか。でもこんな風に甘い言葉ばかり言うアリオンなんて知らなかった。


 ――綺麗とか可愛いなんて言われた事なかったもの!


 アリオンの褒め言葉なんて私が遊びついでに買い物に付き合わせてアクセサリーとか服を買う時に、似合ってると思う、とか、いいと思う、ぐらいだった。似合ってなかったら普通にダメ出ししてくる。……まあこっちの方がお前好みで似合うと思うとか提示してくるし、確かに自分でもそうだなって思うものばかりで助かってるからいいんだけど。それを私はアリオンは素だとそんな感じになるんだなぁと思っていた。

 かっこいいとはよく言われていたけど、可愛いや綺麗なんて言われたことはない。

 ……あのキラキラ笑顔の時は女子に可愛いとかいっつも言ってた癖に。

 アリオンはいつも……私の事を綺麗で可愛いと思っていた、と言っていた。それはつまり、私には思ってた癖に言っていなかったという事だ。


 思い至るとむっとしてしまって、アリオンをキッと睨む。


「なんであんなに甘い言葉ばっかりなのよ!」


 ――今まで言ってなかった癖に!


 そう思いながらアリオンを糾弾すると、アリオンは事もなげに返した。


「ローリーへの素直な気持ちだぞ?」


「……っ!!バカアリオン!」


 アリオンの言葉に耐え切れなくなって、思わず手を動かすとアリオンが優しく握って止める。


「ほら、また手が動く。駄目だって言ったろ?」


「むー……!」


 優しく止められた恥ずかしさに、頬を膨らませるとアリオンが私の瞳を覗き込む。その灰褐色の瞳は真剣だ。


「……お前がそんな風に手を痛めるぐらい叩くなら、俺の気持ち言うのやめていいか?」


「!!いや!」


 アリオンの言葉に反射的に声が出た。


 言ってから恥ずかしい言葉だと気づくが、もう口から出てしまった。


 ――でも、やめられるの嫌だもの……!


 アリオンは何故か目を瞑って呟いた。


「…………うわー……かっわいい……」


 小さな呟きだったけれど、これだけ近くにいると聞こえる。


 その呟きに頬を緩めながら、ちゃんと自分の気持ちを伝えておく。アリオンが気持ちを言わなくなってしまうのは嫌だ。


「……やめるのいや……。言って、欲しいもん……」


 アリオンをじっと見つめながら言っていると、アリオンは目を開いて仕方なさそうに笑った。


「わかった……。お前に頼まれるんならやめねえよ。ただローリー、痛める程叩くなよ」


 絡めた手をきゅっと握られる。じっと見つめながら言われるので、少し目を逸らしながら頷く。


「う……わかってるわよ……。……コーヒー入れてくる」


 そう言うと、絡めた手を離される。

 離されてほっとしたのに、少しだけ寂しい気持ちが湧くのはどうしてなんだろう。


 すると、ぽんと頭を優しく叩かれた。

 見上げると、優しく笑っている。


「ん。手伝うか?」


「大丈夫」


 相変わらず私に甘いアリオンに少し俯きながら返す。


 立とうとすると、アリオンのコートがずれた。

 ハッとして自分に掛かっているアリオンのコートを肩から外す。


「アリオン、コートありがと。コート掛けとく?」


 アリオンにそう聞く。暖炉をまだつけていない部屋の中は少し寒い。


「いいよ」


 そう言うのでコートを手渡す。アリオンは何故か暫くコートを見つめた後、コートを着る。

 寒くないと言っていたけれど、やっぱり寒かったのだろうか。


「暖炉つけないと寒いわよね……。ちょっと待ってて」


 先に暖炉をつける為に立とうとした時、アリオンが軽く私の腕を取って少しだけ引っ張った。

 アリオンが私の腕を取って引っ張るなんて珍しくて、立たずに目を瞬かせる。


 アリオンはふっと笑う。


「俺が暖炉はつけとくから、お前はコーヒー入れてろ」


「……うん、わかった。ありがと」


 なんだかやり取りにむず痒くなりながらお礼を言う。


「ん」


 頷いたアリオンは、私の頭を優しく撫でた。

 きゅっと、唇に力を入れた。


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