甘えと嫉妬
笑っているアリオンをもう一度バシッと叩いてから、他にも気になっていた事を聞く。少し手が痛くなってきた。
「アリオン、私の事立ったまま抱えてるけど座らないの?立ったままなの大変じゃない?」
今度はアリオンが立ったまま私を抱えている事に不安になった。抱えて欲しいと言ったのは完全な私の我儘だ。
アリオンは私の言葉に眉を寄せて大きな溜め息を吐いた。
「……お前なぁ……。あのな、俺がローリーを抱えたまま座ると……」
呆れた表情で見てくるアリオンが分からなくて、私も眉を寄せる。
「?座ると?」
首を傾げながら聞くと、アリオンは少し顔を背けながら言った。
「…………お前を……俺の、ひ、膝の上に座らせる事になるんだよ……」
「!?」
そう言ったアリオンの耳が真っ赤な事に気づいて、私も顔が赤くなったのがわかった。
――あ、アリオンの……ひ、膝の上!?
なんかそれは……完全に恋人同士のいちゃいちゃじゃないだろうか。そんなつもりじゃなかったので目が泳いでしまう。
アリオンは少し息を吐いてから、私に向き直る。
「俺は……あー……それは、ちょっと早いと、思うから……しねえ。それにローリーを抱えとくなんて全く苦じゃねえから気にすんな」
「う、うん……」
アリオンの言葉に素直に頷く。
確かに膝の上に座るなんて早いと思う。
――でも……ちょっと興味あるかも……。
アリオンの膝の上ってそれだけ近いって事だ。今も近いけれどもっと近くなって……アリオンの……膝に、座って……アリオンにぴったりと、くっついて……。
そこまで考えるとかなり恥ずかしくなってしまった。
――……や、やっぱり早いわ……。
ちらりとアリオンを見上げると、ふっと笑って私の頭に頬をつけた。少しくすぐったい。
「ん、いい子だ」
そう言ってすりっとしてくる。頭を撫でる代わりにしているのだろうか。アリオンの頬をすりっとされると思わずピクッと反応してしまう。
「な、なによそれ……子供扱い……」
恥ずかしくて小さな声で答えると、アリオンは楽しそうに笑う。くっついている頬から、振動が伝わってくる。
「ふっ、言ったろ?俺にとってローリーは可愛くて綺麗で大切な好きな人だから、子供扱いなんてする訳ねえよ。……ただ、お前を俺が甘やかしたいだけだ」
「!!」
アリオンの甘い言葉に、全身に熱が回った気がした。どれだけアリオンは甘い言葉を言ってくるんだろう。何度も言われて、くらくらとしてくる。
――コロッといっちゃいそう……!
甘い言葉に陥落しないように必死に堪える。
「真っ赤で可愛いな、ローリー」
落ちてくる言葉はやっぱり甘い。
耐え切れなくなって思いっ切り叫ぶ。
「バカアリオン!!……って、あっ!私アリオンに言いたい事あったのよ!」
アリオンに思いっ切り悪態をついた事で思い出す。
そうだ、私はこうやってアリオンに怒ってやろうと思っていた。
アリオンは頬を離してふっと微笑んだ。
「お、ようやく思い出したのか。俺はお前が起きた直後に怒られると思ってたんだけどな」
アリオンの知った感じの言葉に目を見開いてから眉を寄せた。
「何よそれ?」
「メーベルさんとキャリーから聞いたんだよ。お前が怒ってたって。…………俺もお前に謝らねえといけねえことがあるんだけどな」
知っていたのはわかったけれど、その後の気まずそうに言ったアリオンの言葉に眉をひそめる。
「謝らないと駄目なこと?」
首を傾げると、アリオンはバツが悪そうに少し目を逸らす。
「……それを言ったらお前が更に怒りそうだって言われてる……」
その言葉に眉が上がる。更にという事はつまり、私が怒ろうと思っていた事に似たような事だろう。カリナとスカーレットに何らかの理由で言って、白状した方がいいとでも促されたんじゃないだろうか。
だってアリオンがこうやって自分から白状してくるのは珍しい。
――この前の騎士団内の噂を白状した時だって、スカーレットが知ったら私に知られるのが避けられないと思ったからだったっぽいし……。
ジト目でアリオンを見て問う。
「へえー……。それで、何?」
アリオンは一度目を逸らしてから聞いてくる。
「……あー……座っても?」
謝らないといけない事だと言っていたので、きっとちゃんと座って話をしたいのだろう。
少し考えて、アリオンの胸にもたれかかる。
「……んー……もうちょっとだけ、このままじゃ……駄目?」
ちらりとアリオンを見上げて聞く。
――きっと抱えられる機会なんてあんまりないもの。
あんまり飲み過ぎないように注意しているし、そもそも潰れたのは二回しかない。今日眠ったのだって、昨日一睡もできなかったからだ。そう考えるとなかなか抱えられるような事はないだろう。
アリオンは私の言葉を聞くと顔を背けたが、その耳は赤いからきっと恥ずかしかったのだ。
「……っ……!……ん、いいよ。もう少しな……」
その返事に思わず微笑む。
「アリオン、疲れてない?」
また我儘を言ってしまったので聞いてみる。アリオンは私の方を見て微笑み返してくれた。
「大丈夫だ、疲れてねえよ」
「そっか。ならよかった。……ねえ、アリオン、スカーレットに問い詰められたの?」
スカーレットから聞いた話をくすくすと笑いながら聞いてみる。
するとアリオンは少し遠い目をした。
「そうだよ。……キャリーが訓練場の壁を強化魔法なしで蹴って削ってたのは少し怖かったな……」
アリオンの話に目を丸くしてから苦笑する。
「……スカーレットってば……。いつ頃フューリーさんが来たの?」
「おー、話し始めてすぐだぞ。あいつ少し息切らしてたから、かなり急いで探して来たみたいだったな」
そう言ってアリオンはおかしそうに笑う。私も一緒になって笑った。
「ふふ、やっぱり探して来てたのね。スカーレットから聞いた時もそうなんじゃないかなって思ってたのよ。あ、そうだ、アリオン。今度落ち着いてからでいいからフューリーさんに会わせてよ」
私も挨拶しといて、また今度制裁しないといけない。
するとアリオンは笑いを止めて、思いっ切り顔を歪める。
「…………なんでだよ」
さっきまで笑っていたのに急に機嫌が悪くなったので、目を瞬かせる。
「え、なんか機嫌悪い?」
思わずそう聞くと、アリオンはムスッとしながら言った。
「……ローリーから男に会いたいって言われんのは、すっげえ嫌だ」
アリオンの言葉に目をパチパチさせてから、カッと顔を赤くしてバシッと叩く。
「!!ば、バカ!……ただ……その、なんか……フューリーさんをだいぶ巻き込んでるのに私、ちゃんと挨拶したことないなって思って、悪いなって……」
ちゃんと理由を言っても機嫌が悪いままだ。
「別に気にする必要ねえだろ。フューリーには俺から言っとくからローリーが会う必要なんてねえ」
「アリオン!別にフューリーさんはスカーレットが好きなんだからいいじゃない!」
フューリーさんは私の事なんてたぶんスカーレットの友人としか認識していないと思う。……あと、アリオンの噂相手……と、告白した、相手……だという認識だろう。
フューリーさんはスカーレットしか見てないし、アリオンが私を好きだと知っているんだし別にいいと思ったのだけど。
……そういえば昨日リュドさんにも嫉妬、していたし……マスター相手にも……以前むっとしていた。
――あ、アリオンって……結構……し、嫉妬、深い、の……かしら……?
「……ローリーから会いたいなんて言われた事が気に入らねえ……」
口を尖らせて拗ねたように言うので胸がぎゅうっとなる。
――な、なんかアリオン……か、可愛い……!
拗ねたアリオンは可愛く見える。でもそう言ったらもっと拗ねそうだ。
とりあえず心の中に秘めておいて、アリオンをバシッと叩く。……やっぱり痛くなってきた。
「もー、バカアリオン!私、フューリーさんと会っておいて、また今度スカーレット困らせてた制裁もしたいの!あんたも一緒にどんな制裁するか考えてよ!」
アリオンは私の言葉に一瞬キョトンとしてから笑った。
「ああ、なるほど。そういう事か。ならいいぞ」
安心したように笑うアリオンに、唇に一瞬力を入れてから責める。
「アリオンのバカ!最初からそうしなさいよ!」
「お前も最初からそう言えよ」
アリオンが涼しい顔で言ってくるので呆れた目を向けた。
「あんたはもう……ちょっと……気にし過ぎ、なのよ……」
最後の方は恥ずかしくて弱々しい声だ。
アリオンは私を見つめながら笑う。
「俺はローリーを好きだから仕方ねえんだ。…………別に制裁なら会う必要もねえんじゃ……。俺がしとけばいいし」
「アリオン!」
全くもって懲りていないアリオンを咎めるように呼ぶと、とぼけたような顔で頷いた。
「へいへい、わかってるよ。ちゃんと会わせるって。……俺だって、フューリーはキャリーしか見てねえのはわかってる。ただ……ローリーからお願いされたのが、フューリーに会わせてくれって事なのが面白くなかったんだよ」
また拗ねたように言うので、きゅっと唇に力を入れた。
アリオンの言葉も、表情も……心臓に、悪い。