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心地いい居場所


 とてもいい夢を見ていた。好きなものが傍にある、温かい夢。夢だとわかってしまうような、幸せな心地の夢。


 ふわふわした夢の中で、暫くするとアリオンの声が聞こえて思わず微笑んだ。ふと目を開くとアリオンが居てくれた。会いたくなっていたから、なんだか嬉しくてアリオンにくっついた。夢ならこうしてもきっと怒られる事はない。


 そんな心地良い、ゆらゆらと揺られている夢の中でまたアリオンの声が聞こえてくる。その声が遠いのが嫌で、思わず眉を寄せた。


「ローリー、起きろ」


 肩をポンポンと叩かれる感触と一緒に、優しい声で起こされる。いつもの優しいアリオンの声だと安心して、ゆっくりと目を開いた。

 目の前に苦笑しているアリオンが居た。アリオンがいることに安心して、頬を緩める。


「アリオン……」


 名前を呼ぶと、柔らかく笑ってくれた。


「ローリー、悪いけど家開けてくれ」


 アリオンにそう言われて、ふわふわしたままコクリと頷いた。目の前に玄関があるけれど、いつもの目線よりも高い気がする。


 扉に手を当て少しだけ魔力を流し、鍵を開ける。


 カチリと鍵が開くと、私の体が少しアリオンの体に寄った。掴んでいたアリオンの服を更に握った。そのまま扉が開いて中に入っていく。一緒に私も入ってくのがなんだか不思議だ。


 ――歩いてないのに……。


 アリオンがなんだかいつもより近くて、温かい。温かさを感じる方にすり寄った。


 動いていたのに何故かピタッと止まる。

 不思議に思って見上げると、アリオンの顔がすぐ目の前にあった。


 ――……あれ?なんでこんなに近いんだろ……?


 パタンと扉が閉まる音が響いた。


「ローリー、家着いたからちゃんと起きろ。そんで歯とか磨いてしっかり寝ろ」


 そう困ったような笑顔で言ったアリオンをぼーっと見上げる。アリオンが灯りのスイッチを入れると、玄関が明るくなった。

 明るくなった室内に、目がしぱしぱとなる。


「ローリー、ほら、起きろ」


 アリオンがそう言っているとまた動く。今度はリビングの方向だ。ゆらゆらと揺れながら動いている。


 また顔を上げると、アリオンが近い。アリオンが困ったように微笑んだ。


「ローリー、また寝んなよ、お前」


 ――また……?


 アリオンの言葉に首を傾げた。しぱしぱとしている目をはっきりさせようとして、目を一度閉じる。


「おい、寝るなローリー」


 アリオンの声と一緒に、また体が少し動く感覚。そして、額に何かがコツンとぶつかった。

 少しの衝撃に眠かった頭がはっきりとしてきて、パチリと目を開ける。


 そしてすぐ目の前にあるアリオンの顔に、ひゅっと息を飲んだ。


「あ、アリオン!?な、なんで!?」


 思わず身を捩るけれど、なんだかおかしい。体が思うように動かなかった。


「と、暴れんな。落とさねーけど、危ねえから」


 その声と共にぐっと引き寄せられる。そこでようやく抱えられている事に気づく。


「ひゃあ!?え、ど、どうして!?」


 アリオンが私の肩と膝下に手を入れて私を抱えている。アリオンのたくましい胸に寄り掛かるようにして、しかもアリオンの服をぎゅっと握っている事に驚いてしまう。心臓が早鐘を打ち始める。アリオンのたくましい腕が私を抱きかかえている事に混乱して、カッと顔が熱くなった。

 思わず目を泳がせていると、何故か自分のコートを着た上にグレーのコートが更に巻かれているのが目に留まった。


 ――?これ、アリオンのコート?


 コートの上に更にコートを巻かれている不思議な状況に疑問を感じて止まっていると、アリオンの声が降ってくる。


「ほら、ちょっと待っとけ。ちゃんと降ろしてやるから。ソファーの上でいいか?」


 アリオンは私が暴れて落ちないようにしっかりと抱きかかえながら歩く。

 向かっていた先はリビングだ。きっとリビングのソファーに降ろしてくれるつもりなんだろう。


「あ……」


 思わず声が漏れた。


 その間にもリビングの扉を開け、入り口付近にある灯りのスイッチを入れてくれる。そうしていたアリオンは何も反応しない私を不思議に思ったのか、私の方を見て声を掛けてきた。


「ローリー?」


 その声掛けに、ぎゅっとアリオンの服を掴んでいた手の力を強めた。


「やだ……」


 そう言うと、アリオンは不思議そうに聞いてくる。


「?じゃあここで立つか?」


 その言葉にふるふると首を振って、答えた。


「降ろしちゃやだ……」


「!!」


 アリオンの胸に顔を埋める。気づいていなかったけれど、アリオンは私を以前にもこうやって抱えて家まで送ってくれたのだ。酔って寝ていたから覚えてないのが、今になると悔しい。


 ――肩を抱かれた事もないと思っていたけれど、こうされた事……あったんだ……。


 このアリオンに抱えられている状態を、もう少し覚えておきたい。


「ローリー……」


 アリオンのその耐えるような声にはっとする。胸から離れて手も離した。


 ――抱えてるなんて重いに決まってるのに、変なお願いしちゃった!


「あ!ご、ごめんね……お、重いわよね……」


「重たくねぇよ。ずっと抱えてられるぐらい軽いけど」


 間髪入れずに返ってきた言葉に目を見開く。

 それと同時にアリオンが私を抱えている腕に少し力を籠めた。アリオンが力を籠めた事で、私は抱き締められたようにアリオンの胸に寄って、顔に熱が上る。


「……少しだけこのまま抱えててやる」


 アリオンの言葉と一緒に、私の頭に何かが触れる。少し目だけを動かして視線を上げると、アリオンの顔がとても近くて私の髪にアリオンの頬が触れているだとわかった。すりっとされて、思わずくすぐったくて震えてしまう。これだけ近いと恥ずかしくなるけれど、それでも嬉しいアリオンの了承の言葉に服を掴んでお礼を言う。


「……うん……ありがと、アリオン……」


「ん」


 優しい声にもう一度自分からもアリオンの胸に寄りかかった。アリオンはピクリと反応したけれど、肩に回している手に少し力を籠めただけだった。


 ――すごくあったかい……。


 なんだか夢の続きみたいで嬉しくなる。


「……ね、アリオン。あの……もしかして迎えに来てくれたの?」


 聞くと、アリオンは私の頭から頬を離して私に向き直った。それが少し寂しくて、アリオンを見上げる。

 アリオンの灰褐色の瞳が、私をじっと見つめていた。そしてふっと微笑む。

 その笑みにきゅうっと胸が締め付けられる。


「おう、キャリーに呼ばれたんだよ。んでメーベルさんの家に行ってみたらローリー、寝てんだもんな。お前よく寝てたから、俺が抱えて家に送ったんだ」


 きっとスカーレットは最初からアリオンを呼ぶつもりだった気がしてきた。アリオンだって何かあったら呼べと言っていたから、すぐに出掛けられるようにしていてくれた気がする。

 スカーレットとカリナが妙に楽しそうに笑いながら眠ってから帰ることを勧めていたのを思い出す。


 ――スカーレットもカリナも共犯ね……。


 アリオンが駄目だったらもちろんスカーレットが送ってくれるつもりだったんだろうけど、二人にしてやられてしまった。

 まんまと嵌められた事にちょっとむっとしてしまう。


「うう……10分したら起こしてって言ってたのに……。……それにアリオン呼ぶなんて、思ってなかった……」


 ――……会えたのはもちろん嬉しいん……だけど……。


 流石に素直に最後まで言葉が出なかった。


 ――……もしかしてスカーレット、アリオンに会ってたのが羨ましいなって私が思っていたのわかってたのかしら……。


 ……分からないけれど、頑張るってスカーレットに言ってしまったのだから……もう少し、頑張らないと。


「俺が行かない方がよかったか?」


 アリオンが少し眉を下げながら言うので、ふるふると頭を振ってからアリオンの胸にまた顔を埋める。

 抱きかかえている腕がピクリと動いた。


「そんな事言ってないもん。……迎えに来てくれてありがと、アリオン」


 恥ずかしくて顔を上げずにそう言うと、アリオンは優しい声で返してくれた。


「いいよ。ローリー迎えに行くのなんて当たり前だ」


 どんな顔をしているのか気になって顔を上げると、優しく細められている灰褐色の目と私の目が合った。


 目が合ったアリオンは少し申し訳なさそうに笑う。


「色々話したんだろ?……昨日は混乱させちまったみてぇで悪かったな。やり過ぎた」


 少し反省したようなアリオンに、また頭を振る。


 ――素直に……言う。


 きゅっとアリオンの服を握りながら、アリオンを見上げる。

 恥ずかしいけれど、ちゃんと伝えようと口を開く。


「ううん……。その……う、嬉しかった、から……いいの……」


 アリオンは私の言葉に少し目を見開いた後、顔を緩めて笑った。


「そうか……」


 優しい声で言うと、アリオンの顔が近づいてくる。思わず目を瞑ると、額にコツンと何かが当たった。目を開くと優しく笑っているアリオンの顔が目の前だ。

 心臓が跳ねて、アリオンの灰褐色の瞳と私の碧天の瞳が合う。


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