―凍てつく中の癒し―
俺の言葉にキャリーが目を見開いて反応した。
「え、カイン?もしかして私が帰った後話したの?」
フューリーが出たことで気づいたのだろう。キャリーを見送ってからも俺とフューリーは話していた。
「そうだよ。俺がフューリーと話してたらユーヴェンも来てな……。……ローリーが、ユーヴェンに俺の告白言っていいって言ってくれてたから、ユーヴェンに言ったんだ。フューリーは道連れ」
簡潔に説明すると、キャリーは呆れたような目を向ける。
「道連れってね……」
少し責めるような声に肩を竦めて返した。
「ちょうど良かったんだよ、フューリー色々事情知ってっから、俺がカッとなる事があったら止めてくれるだろうと思って……。……まあ一目惚れだって事はフューリーに突っ込まれたんだが……」
頭を掻く。ユーヴェンだけなら絶対に誤魔化せた。
フューリーには感謝しているが、その一点だけは余計だった。
キャリーが楽しそうに笑う。
「ふふ、カインも意外と鋭いのよね」
「まあ、あいつお節介にも紹介事業やってるからな。鋭くねえとできねえか」
自分の事はうまくできないくせに、フューリーは何をしているんだか。
キャリーは苦笑している。
「……そんな事やってるの、カイン……」
呆れた様子のキャリーを見て、少しだけ突っ込んでみようと考える。
キャリーがフューリーをどう思っているのか、少し気になった。
「ああ。情報通だなって言ったら一回友達に紹介したら男性も女性もそんなのばっか集まって、色んな噂教えてくれるって言ってたぞ。今女性がフューリーに集まってんの、フューリー目当てじゃなく紹介目当てじゃねえかなって俺は思ってるぐらいだよ」
キャリーがフューリーに対して少しでも恋愛的な好意を持っているのなら、この情報に安心するのではないだろうか。
「へえー」
キャリーは特に変わった様子もなく、感心しているように相槌を打った。
「……」
少しだけ目を伏せる。
俺にはキャリーがフューリーに対してそういった好意があるようには思えなかった。
――悪いな、フューリー……たぶん俺にはどうにもできねえわ。
心の中で謝罪しておく。このまま黙っておいた方がいいだろう。
するとメーベルさんが問い掛けてくる。
「ユーヴェンさん相手にブライトさんがカッとなる事って……もしかして、ユーヴェンさんがローリーの事をどう、思っていたか、かな?」
にっこり笑ったメーベルさんは、有無を言わせないような話し方だ。
「え……」
さっきまでの楽しげな雰囲気が一切ない事に、思わず戸惑いの声を漏らす。
「ああ、きっとそうよね?ねえ、ユーヴェンさんはどんな風にローリーの事を思って、頭撫でたり肩を組んでたりしたの?」
キャリーまでも、朗らかな雰囲気は一切消した笑顔だ。そして、その怒りの元を理解する。
「……」
二人共どういった考えからユーヴェンかそんな事をしていたのか気になるのだろう。
――さっきメーベル医務官達にも言っちまったし……言ってもいいんだろうか……。
……更にユーヴェンの状況が悪くなる予感しかしない。
そんな俺を責めるように、メーベルさんが更に笑みを深めた。
「ふふ、ローリーがね、きっとユーヴェンさんは自分の事を男子と同じか弟扱いしてたんじゃないかって言ってたんだけどね」
――……ローリーもユーヴェンがどう思っているのか、なんとなくわかってたのか……。
すると、メーベルさんは一瞬だけすっと目を細める。凍てついた目に、思わず背筋が伸びた。
「ふふ、もしそんな事をほんとに思ってたなら許せないなぁって思ったの」
再びにっこりとする完璧な笑顔に、背中がぞくっとした。
……メーベルさんもメーベル医務官と確かに姉妹なんだと理解した。
キャリーも目の奥が笑っていない笑顔だ。
「そうよね、こんな可愛い女の子のローリーをそんな風に思って頭撫でたり肩を組んだりしてたなんて大問題よね?あんたが引き剥がしてたみたいだけど、やろうとする事自体が問題よね?」
あまり見ないようにしようと思っていたが、思わずローリーの方を向いた。
ローリーは相変わらず少し微笑むように眠っている。この凍えた雰囲気の中での唯一の癒しだ。いや、ローリーにはいつでも癒されているんだが。今の状況だと尚更そう思ってしまう。
俺が思わず目を逸らしたからか、メーベルさんが更に詰めてくる。
「あ、知ってる顔だね。ユーヴェンさん、なんて?」
無理だな。誤魔化すのも言わないのも無理だ。
観念して頭を抑えながら重い口を開く。
「…………あー……あいつは……ローリーの事、弟みたいだと」
そこまで言った途端、パキンと音がして思わずそちらを向いた。
メーベルさんの手元にあったティーカップの持ち手が綺麗に割れている。
メーベルさんの目は一つも笑っていない。
「へえー……弟……」
いつもより低めの声で呟かれた言葉は冷ややかだ。俺はまたローリーの方を向いた。
すやすやと安心したローリーの寝顔が可愛い。
「ローリーが言うこと、当たってたわね……」
キャリーもギリッと歯を鳴らしてから、低い声で言った。
俺は可愛いローリーの寝顔をついじっと見てしまった。
――ローリーはいっつも可愛いなあ……。
そんな現実逃避を少しだけしてから、息を吐く。
そうしてから二人に向き直ると、二人共とてもいい笑顔で俺を見ていた。
思わず下がりそうになりながら、ぐっと堪えて深呼吸をしてから告げる。
「メーベルさん、キャリー……俺、流石にあいつを殴っといたから……」
俺から制裁を加えた事を言っておこう。その方がきっと二人共落ち着いてこの冷えた雰囲気も和らぐはずだ。
メーベルさんは事もなげに問うた。
「何発?」
「え、い、一発……」
俺の方が目を丸くしながら答える。
「一発だけなの?」
眉を寄せたキャリーが不満そうに突っ込んできた。
「フューリーに聞いたら一発ぐらいならって言うし……まあ、俺もそれくらいかと……」
流石にフューリーだけに責任は負わせられなくて、俺も同意したことを伝えておく。
だがキャリーは目を鋭くして唇を嚙み、悔しそうに言った。
「私、その場に残っていたらよかったわ。そうしたら一発なんて言わないのに……!カインも甘いわね!」
これはフューリーもキャリーに怒られるパターンかもしれない。
――悪いな、フューリー……。
また会ったら謝っておこう。
本来は言うつもりはなかったが、このメーベルさんとキャリーの様子だとちゃんと事実を伝えておいた方が落ち着いてくれそうだ。そう思って口を開く。
「……一発っていっても、手加減する気はさらさらなかったから……あー……肋骨折ったぞ、俺……。流石に支障がねぇようにちゃんと治しといたけど……」
俺の言葉にメーベルさんとキャリーは、目を瞬かせてから笑った。
……正直これを言って笑顔になるとまでは思っていなくて、少しローリーが起きてくれないかと願ってしまった。
一瞬だけ目をやったローリーはついさっきと変わらず可愛い寝顔だ。
――起きそうにねえな……。
「なるほど、流石ブライトさんだね。一発でもしっかりダメージ与えてる」
楽しそうに言ったメーベルさんに俺は頬を引き攣らせた笑みを返した。
「そうね、流石だわ。でもそうね、私も収まらないからユーヴェンさん締めてもいいかしら?」
キャリーも笑顔で同意していたが、自分でも制裁を加えたいのだろう、そう聞いてくる。
これは拒否権がない。
「……どうぞ」
俺は諦観と共に親友を犠牲に捧げた。
――……自業自得だが、少しユーヴェンが不憫になってきたな……。
「ふふ、楽しみだわ」
キャリーはとても嬉しそうな微笑みを浮かべ、メーベルさんと笑い合っていた。
俺はその笑い合いから目を逸らしてまたローリーの方を見る。可愛い寝顔に癒されてから、目を瞑って祈った。
――ユーヴェンの無事だけ……祈っとくか……。
きっとメーベルさんとキャリーの制裁はユーヴェンにとってきつい試練になるだろう。




