―寝息―
メーベル医務官は一つの部屋の前で立ち止まると、扉を叩いて声を掛けた。
「カリナ、ブライト君が来たよ」
「あ、うん!ありがと、お姉ちゃん!」
返事と共に、応接室だと思われる部屋の扉が開いた。
「ブライトさん、早いね」
そう言いながら中に入るよう手招きされたので、メーベル医務官に会釈する。
「引き止めてすまなかったね。色々教えてくれて助かったよ、ありがとうブライト君」
「あ、いえ。大丈夫です」
笑ったメーベル医務官は手を振ってリビングの方へと歩いて行った。
それをなんとなく見届けながら、ふと不思議に思う。
――そういえば……メーベル医務官から直接勧誘されたのは初めてだったな……。
メーベル医務官はたぶん俺を評価はしてくれているのはあくまでも本当なのか、会えば少し話す事はしている。だが、今まで職場であの勧誘はされた事がない。いつもリックさんから聞かされているだけだ。……なぜ、いつもリックさんからなんだろう。
――まさか……あれで意外と仲が良いのか?リックさんとメーベル医務官……。
もう一度脳裏にあの時の光景を思い浮かべる。そして頭を振った。
――……絶対に気のせいだな……。
馬鹿な考えは振り払ってから、部屋の中に入る。
「こんばんは、メーベルさん、キャリー。ローリーは……」
入りながら挨拶をする。
そして室内を見てすぐに自分が呼ばれた理由を理解した。
「ローリー寝たのか……」
ソファーに横たわってすうすうと寝息を立てている。その上に毛布が掛かっているので本格的に寝ていそうだ。
――……可愛い……。
しかし寝顔をあまり見るのは良くないので目を逸らす。
「晩御飯食べていってってユリアさん達が言ってね。ローリーは大丈夫です!って言ってたけど、どっちにしても送るから一緒に食べましょ?って言ったのよ」
キャリーが笑いながら説明する。
「ああ、キャリー元からローリー送るつもりだったんだな」
今は巡回強化をしているからキャリーもローリーが心配なんだろう。
そう思っているとキャリーはにっと笑った。
「最初からあんた呼ぼうと思ってたけどね。ま、来れなかったらもちろん送るつもりだったわよ」
からかうような顔に首を搔く。
「……あんな文面で呼び出さなくても普通に言えば来たけどな」
「ローリーが緊急事態だからカリナの家に至急来い」と書かれた伝達魔法を思い出す。そして住所も書いてあった。
「ローリーが寝ちゃったなんて緊急事態でしょ?でも相当急いで来たわねー」
「送ってからあんまり時間経ってないよね」
楽しそうに笑うローリーの友人二人に眉を寄せて溜め息を吐く。
「……そりゃ、ローリーに緊急事態なんて言われたら急いで来るに決まってるだろ……」
「ふふ、でもローリーもちゃんと分かってるわよね。無理に一人で帰ろうとしないもの。だからあんた呼べたし」
「そりゃローリーは自分がそんなに強くねえ事も、俺とかが心配してるからそうしてるって事もわかってるからな。ちゃんと頼めば受け入れねえなんて事しねえよ」
キャリーの言葉にそう答える。
ローリーはいつも心配してるから頼むと言うと、口では過保護と言いながらもちゃんと受け入れて俺の言った事を守ってくれる。
……以前ローリーがリックさんの言葉を聞かない時があったのは、暫く飲みに行くのを禁止された時とかだ。潰れた時にそう言われたらしく、潰れてすぐに飲みに誘われた俺が大丈夫なのかと聞くと平気と言っていたくせに、飲んでる途中でなんで禁止なのよ、お兄ちゃんの馬鹿!と言っていた。
……その時は先にリックさんに聞いておいたから事なきを得た。たぶんローリーがその言葉を聞かないのはわかっていたのだろう。
――……あれ、俺もしかして試されてたのか……?
今更思い当たる。ローリーは言い出したら聞かないから潰さなかったらいいよ、なんて、妙に簡単に許してくれるなと思った。
……潰したすぐ後という状況で俺がちゃんとリックさんに報告するのかどうかを試されていたような気がする。
思い至ってしまって複雑な気持ちになっていたら、キャリーが笑いながら言ってくる。
「流石長年の付き合いねー」
「ふふ、だよね。ローリー、ご飯食べた後すっごく眠そうにしてたの。とりあえずコートは着て帰ろうとしてたんだけど……」
「あまりにフラフラしてて眠そうだから、ちょっと休んでから帰る?って聞いたの。そしたら少しだけでも寝たらマシになると思うから10分だけ眠るって。そしたら悪いけど送って行ってね……って、言うから。寝てる間にあんたを呼んどこうと思って」
メーベルさんとキャリーの言葉に、ローリーをちらりと見る。
ローリーは足は床につかせているが、上体は完全にソファーに横たわっている。クッションを枕にしながらすやすやと寝ている。
――完璧に寝てんな……。
10分と言ったらしいが、今のところ全く起きそうな気配はない。
「そんなに眠かったのか……」
また目を逸らしながら言うと、キャリーとメーベルさんが俺をジト目で見てきた。それに思わず体を引く。
「誰かさんが悩ませたせいね?」
「ブライトさんがローリーを寝かせなかったから……」
メーベルさんの言葉にカッと顔が熱くなった。
「そんな言い方やめてくれ、メーベルさん!ローリーを悩ませたのは悪かったよ!」
たぶんこの言い方はわざとだ。ローリーが起きない程度の声量で止める。
「ふふ、でもローリーすっごく可愛かったよ?顔を真っ赤にしてあわあわしてて。もじもじしながら話す仕草もとっても可愛かったんだ。私はそんなローリー見れて嬉しかったよ?ありがとう、ブライトさん」
とてもいい笑顔で言われた礼にぐっと押し黙る。
――真っ赤であわあわしてて、もじもじしてるローリーなんてぜってえ可愛いじゃねえか!
すごく……悔しい気分だ。俺だってそんなローリーは見たかった。
「そうね。ローリーとっても可愛かったわ。いつもより幼い感じで色々と話してくれるんだもの。思わず抱き締めちゃったわね、カリナ?」
「うん。ローリーも抱き締め返してくれたよ」
――幼い感じで……抱き締めて、抱き締め返す……。
女性同士ならでは交友だとはわかるが、とても羨ましい気持ちが湧いてしまう。
思わずぐっと眉を寄せた。
「すっごく悔しそうな顔してるわね、ブライト」
ニヤニヤと笑いながら言ったキャリーにハッとして、慌てて顔を背ける。
「……別に」
返した声はだいぶ不貞腐れていた。
――あー……!取り繕えねえくらい羨ましい……!
ローリーを抱き締める、なんて羨ましく思って当たり前だ。
……以前、俺に抱き締められるのは嫌なんかじゃない、なんてローリーは言っていたが、今も聞いたら嫌じゃない、と言うんだろうか。
そんな事を考えてしまったのを誤魔化すように、髪をぐしゃっとかき上げる。
そこにメーベルさんがとても楽しそうな声で言った。
「一番可愛いローリーはブライトさんが見てるんだから、許してね?」
「!!」
その言葉に顔を真っ赤にしたり、可愛い事ばかりを言ったりするローリーを思い出す。はにかんだ可愛い笑顔も。
カッと顔に熱が上った。
キャリーもメーベルさんも面白そうに笑っている。
「顔真っ赤ね」
「可愛いローリーを思い浮かべちゃったかな」
その言葉に思わずまた可愛いローリーを思い出して顔が火照りそうになる。
「……もう勘弁してくれ……!」
片手で顔を隠しながら叫んだ。
楽しそうな笑い声が響いた。それを少し恨みがましい目で見ると、二人共一応笑いを収める。
……肩は震えているが。
――これ、絶対にローリー悩ませた仕返しだ……!
俺は困ってしまったが、これはこの二人がローリーを大切に思っている証拠なので隠した手の下で頬を緩めた。
ローリーにこんな風に色々と話せる友達ができたのは、素直に嬉しい。




