好きになると思う事
「二人とも、もう大丈夫よ。ありがとう」
二人で抱き着いていると、スカーレットが頭を撫でながらそう言う。寂しそうだった瞳は見えなくなっている。
それに少しほっとして頬を緩めた。
だからカリナと頷き合いながら離れる。二人掛けのソファーは三人ではちょっとだけ狭いけれど、座れない事もなくてぎゅうぎゅうなのが楽しく思う。
ちらりとカリナと話しているスカーレットを見る。
……フューリーさんは、学園時代何をしていたのだろう。そもそもいつからスカーレットを好きだと気づいたのかも謎だ。
――フューリーさんってスカーレット困らせてたし……ちょっと任せるには微妙よね……。
でもアリオンに言われてちゃんと直したから、まだマシなのだろうか。フューリーさんの気持ちに対してはとりあえず傍観することにしよう。
スカーレットに本気なら、フューリーさんが頑張らないと意味が無い。
――またスカーレットを困らせたり傷つけたりしたら、重い制裁をしなきゃだけど……。
そんな事はないと思いたい。
それでもアリオンが気に掛けているフューリーさんの事は私もそこまで悪くは思っていないのだろう。さっきの話がフューリーさんの話だったら、ちゃんと両想いなのに、と思ってしまった。
――でも……スカーレットの言い方からして、違うっぽいのよね……。
スカーレットはさっき同級生の男子と言った。フューリーさんの事は昔馴染みだと表現していたからおそらく違うのだろう。
それにあのスカーレットに対して幼年の子供みたいな態度をとっているフューリーさんに彼女が居たなんて……少し考えにくい。
スカーレットが私達が気づかないように言っている可能性もあるけれど……。
……スカーレットにとってはまだ終わっていない、傷ついた恋だからあまり言いたくないのかもしれない。終わった恋なんて言うのは、きっとスカーレットの強がりだった。
あの哀しい眼差しを癒してくれる存在が現れてくれるといい。
そう考えて、少し目を瞑った。
目を開けるとカリナと話していたスカーレットが、私の方を向いてきたので首を傾げる。
スカーレットは真剣な表情だ。
「ねえ、確認しておきたいのだけれど……ローリーは、ブライトとすごく……距離が近いわよね。嫌じゃないって言ってたけど、ローリーはどこまで許すつもりなの?」
「え……?」
その言葉に目を見開く。どこまで……とは、どういう事だろう。
「ちゃんとブライトが決めてるとは言ってたけど、ローリーも考えておかないと駄目よ?」
スカーレットは心配そうな顔だ。
「……どこ、まで……」
ちゃんと考えていなかった件を呟きながら考えてみる。
カリナも苦笑交じりに問い掛けてきた。
「……例えば……唇にキスは早いって言ってたよね?」
「!う、うん。は、早いと思う……!」
唇にキスなんて……全然考えられないから、まだ早くて……付き合ってから、なんだと思う。
そわそわとして、頬に手を当てる。顔が熱くなってきた。
「じゃあ……抱き締められるのは?」
スカーレットに問われて、目をパチリとさせる。
抱き締めたい、なんて、告白した後に言っていたくせに、アリオンは結局嫌じゃないと言った私の言葉を止めていた。だからそれはまだ早いという事なのだろう。
ちょっとだけむっとする。あれ以降は抱き締めたいなんて言わなくなった。
――恥ずかしかっただけなのに……。
そう思いながらスカーレットの質問に答える。
「止められたから……早いのかな……って……」
「ローリーは?」
すかさずそう聞かれて目を瞬かせる。
私、は。
「……えっと……だ、抱き締められるの……さ、されてみたい、かも……」
少し恥ずかしくて目を泳がせながら答える。
あれ以降聞いてこないけれど、抱き締められるのはされてみたいと、思う。
体に触れられるのはまだ早いとは思うけれど、抱き締める、くらいならしても大丈夫なんじゃと考える。
――だ、抱き込まれるようにされるのは、されているのだし……。
アリオンの、私がすっぽり埋まってしまいそうな腕の中に……入ってみたいと、思った。
――……この思考って、大丈夫なのかしら……。
少し不安になってちらりと二人を見る。二人は小さな声で何かを話している。
「どう思う、カリナ?」
「うーん、ブライトさんなら言われても軽く抱き締めるくらいだとは思うよ?」
「まあそうよね……。それなら止めなくて大丈夫かしら……」
「抱き締められるの嫌じゃないって言おうとしたら止められたらしいけど……」
「ブライトもなんか……純情よね……」
「確かに……」
少し難しい顔をしている二人に問い掛ける。
「あの、抱き締められたいって思うのって、おかしいのかしら……」
私の言葉に二人は私を見て笑ってくれる。
「そんなことないよ」
「そうよ。……好きになってきているのなら……その、当然だと思うわ。……好きな人に触れたいとか、触れてほしいとか、思うのは……」
スカーレットが少し恥ずかしそうにそう言う。さっき自分の恋の話をしたからだろうか。
きっと、スカーレットも思っていたのだ。その事に安堵して笑みを浮かべた。
「ローリー……。ブライトに抱き締められても……あいつの手が変な動きしたら離れなきゃ駄目よ?たぶんないとは思うけれど……」
その眉を寄せながら言ったスカーレットの言葉に、目をパチクリとさせる。
少しだけ馬鹿共の話を思い出しながら返してしまった。
「変な動き?アリオン………胸触る、とかは……しないと……思うわよ……?」
そしてしまったと思う。アリオンが絶対にしない事を口にしてしまった。
――あいつらがあわよくば……なんて言ってたから……!
あの馬鹿共を恨む。
「……ローリー、そこまでわかっていてなんで……!ブライトに対してものすごく無防備なの!?確かに何もしそうにないって、ローリーの話を聞いて思ったけれど!それでも……もうちょっと……!」
スカーレットが何故か悲痛な声を上げながら言う。
「ローリー……一応わかってるのに、ブライトさんに対してだけは無自覚なんだね……?」
カリナも難しい顔をしている。
その二人の言葉に目を瞬かせた。
そして思う。
――そっか、二人はアリオンが私をずっと守ってくれていた事知らないものね。
だから余計に心配してしまうのだ。
――まあ……私もアリオンに無自覚な言葉をかけていたものね……。
心配されるのは当然なのかもしれない。そうだ。ずっとアリオンが私に触れていなかった事もちゃんとは伝えていなかった。
とりあえずその話もしてみようと口を開いた。
「あのね、アリオンはずっと私を守ってくれてたのよ……。それでいて、私に触れるなんてずっとしていなかったの」
「「え?」」
私の言葉に、二人とも目を丸くする。
「そもそも私に少しでも触れるようになった……って言っても、少しだけ肩叩くとか、少しだけ止めるとか……ハイタッチとかぐらいなんだけど……。それをするようになったのも……ハイタッチもしてくれないのが寂しくて、私が怒ってからだったし……」
「うん?」
カリナが眉を寄せて首を傾げる。スカーレットも理解できないような難しい顔をしていた。
その二人の様子に苦笑する。きっと仲が良いなら……スカーレットとフューリーさんみたいに、腕を掴んで止めたりとかするんだろう。よくユーヴェンも腕か肩を掴んで止めていた。
肩を叩くのだって、男子の中で一番遠慮がちに触れていたのはアリオンだった。
そう思い返して、寂しく笑んだ。
アリオンは……やっぱり気を遣い過ぎだった。
「ほんとよ?……さっき言った、一緒に飲みに行った時に頭撫でられるまで……私、アリオンの今の手の大きさも知らなかったもの」
「ええ?」
スカーレットが信じられないような声を上げた。
そうだ。だから……アリオンの手はこんなに大きくなっていたのかと思ったんだ。
流石にクラスの女子達と仲良くなったら男子の遊びの中に混ざるのはやめて、クラスの男子が遊んでいるのを女子達と一緒に眺めていた。
それが四年次の時だから、そこからはアリオンとはハイタッチしていない。
そういえば私が混ざらなくなったらかなり過激な遊びが増えて、それで怪我をする男子が続出していた。
――アリオンは治癒魔法が得意だったから、よくみんなの怪我治してたわ……。
私が混ざっていた時は、アリオンがよく遊びの内容に駄目出ししていた記憶がある。男子だけだとあまり言わなくなっていた。
――やっぱり、怪我しないように守られていたのね。
思い出すと、温かい気持ちになる。私はそんなアリオンをいつも、過保護なお兄ちゃんみたいだな、なんて思っていた。
でも今思い返すと、とても大切にされていた事に胸がきゅうっと苦しくなる。アリオンはどこまでも、いつでも……甘い。




