頑張れなかった恋
「……私、そういえば聞いた事なかったよ?スカーレット」
「え」
カリナのその言葉に肩を跳ねさせるスカーレット。それに目を丸くした。
まさかカリナも聞いたことがなかったなんて思わなかった。
「ふふ、教えてくれるんだよね?」
「……ええ……」
スカーレットは観念したように溜め息を吐いた。
そして重そうに口を開いた。
「……私の初恋は……実は…………ライズさん……なのよ……」
「ええ!?」
スカーレットの呟くような小さな声の言葉に、カリナが驚いた声を上げた。
私も目を見開く。それは、カリナのお兄さんの名前だ。
「え、あ……だからカリナに言ってなかったの?」
「ええ……流石に……お兄さんを好きだなんて……言えなくて……」
カリナは呆然としたままだ。スカーレットが不安そうにカリナを見ると、カリナはハッとする。
「え、ええ?わ、私……全然気づかなかったよ?」
「気づかれないように必死だったわ……。カリナって鋭いんだもの……」
鋭いカリナが気づかないなんて、スカーレットはかなりうまく気持ちを隠していたんだろう。
「でも、お兄ちゃんって……」
そう言ってカリナは目を伏せる。
カリナのお兄さんには、確か学園時代から付き合っている彼女さんがいたはずだ。
「あ、今はもう好きじゃないのよ?昔の事だから……」
「そっか……」
カリナは少し寂しく笑う。
「……カリナに言わなかったのはね……気を遣って欲しくなかったのよ」
スカーレットが顔を俯かせて呟く。
「気を遣うなんて……」
カリナはそこで言葉を止めて眉を下げる。
自分のお兄さんと友達の事だ。……きっと私でも、兄が好き、なんて友達に言われたら何か協力したいと思うに決まっている。
しかもとても信頼している友達だから。
「私、カリナと居るの本当に楽しかったのよ?それなのに、ライズさんを好きだからって……二人にされたりしたら嫌だったわ。……それに……なんだか……協力されちゃうと、カリナを利用しているみたいで、嫌だったの」
スカーレットもカリナと同じ様に眉を下げた。カリナの目が少し潤む。
「そっか。そう、だったんだね……。……私、スカーレットの気持ちは嬉しいよ。でもね、スカーレットが私を利用するなんて思わないからね?だからスカーレットも、もう思わないで。それはね……頼るって言うの。私、スカーレットに頼られたらとっても嬉しいよ?」
そう優しく微笑んだカリナに、スカーレットは目を瞠る。
そして強張っていた頬を、僅かに緩めた。
「ええ、ごめんなさいカリナ。……ありがとう」
そんな二人を、私は優しい気持ちで見ていた。
「ローリー……」
小さく呼ばれた声に、笑んで返す。
「どうしたの、スカーレット?」
スカーレットは少し目を彷徨わせると、口を開く。
「……終わった恋の話ばかりだけど、聞く?」
少し頬を赤くしているスカーレットはとても可愛い。
「スカーレットが、言ってくれるなら聞きたいわ」
だからそう言って頷いた。
カリナが話し込むかもしれないからとお茶菓子とハーブティーを持ってくる。
スカーレットは少しそわそわしていた。
カリナが全てを用意し終わって、私の隣に座ると、真向かいにいるスカーレットが気持ち目を伏せながら口を開いた。
「たぶん、ライズさんを好きになったのは……最初は憧れ、だったのよ」
そう口火を切った。
スカーレットとカリナ達姉弟は家が隣同士の事もあって、小さな頃からの付き合いだ。小さい頃の一歳差というのは大きくて、とても頼りになるお兄さんのライズさんに憧れていた。
「それが……恋に変わったのは……たぶん私の事を、背が高くてカッコよくて綺麗だって、言ってくれた時から……ね」
スカーレットは困ったように笑った。
「お兄ちゃん、そんな事……スカーレットに言ってたの……?」
カリナは眉を寄せている。確かにこれは口説いているような言葉で、そんな顔になるのも分かる。
「あー……その……幼年学校の時、ちょっと男の子にからかわれることが多くて……。まあ……同級生の男子にデカ女とか言われてたのよ。私も気が強いから言い返してたりしたけど、やっぱり落ち込む事もあってね。そんな現場をライズさんに見られちゃって……。そうしたら、笑ってそんな事を言ってくれたのよ」
スカーレットの話に眉をぎゅっと寄せる。
「幼年学校にスカーレットが行ってる時、そんな事があったなんて知らなかった……」
カリナも唇をぎゅっと噛んでいる。カリナ達姉弟は確か幼年学校には行っていないと話していた。だから知らなかったのだろう。
「大丈夫よ、あんな奴等それしかできなかった馬鹿なのよ。もう傷ついたりしてないわ」
にこっと笑うスカーレットに陰りは見えなくて、ホッとする。
「それに……その時は、ライズさんの言葉に救われたから大丈夫だったの」
懐かしそうに微笑むスカーレットは、きっともうライズさんの事は吹っ切れているのだろう。
「まあ、そうやって恋に変わっても……私はライズさんに何も言わなかったし、行動もしなかったわ。……その時は近くに居るだけで幸せだったの」
「そっか」
優しく笑っているスカーレットに相槌を打つ。
近くに居るだけで、幸せ。その感覚はなんとなく分かる気がする。
「それで……学園に入ったの。学園に入ってからも、私は何もしなかったわ。ライズさんと幼馴染だということに……慢心していたのよ」
苦笑交じりに話すスカーレットは、変わらず過去を懐かしむ目をしていた。
「三年次の時、ライズさんから彼女ができたって報告されたわね、カリナ」
「うん……私素直に喜んじゃってた……」
「それでいいのよ、カリナ。大事な妹から祝福されないなんてライズさん可哀相だわ」
「うん……」
私はカリナの背中をポンポンと叩く。きっとスカーレットはこういう事があった時、素直に喜べるようにカリナに言っていなかった気がする。
それはカリナの為であり……ライズさんの為でもあったんだろう。
「……それで、失恋したの。でも……その後……」
スカーレットの懐かしむ目が、少し変わる。
「その後、どうしたの?」
「……同級生の男子に、涙ぐんでる所を目撃されてね。……話を聞いて慰めてもらったのよ」
その話に、目をパチクリとさせた。
まるで、私とアリオンみたいだ。
「その男子とは仲が良かった方でね、あっけらかんとした性格だったから色々と話せたわ。……話を聞いてもらってから、少しその男子が気になるようになったのよ。……ふふ、少し単純よね」
「そうなんだね……」
カリナは安心したように微笑む。きっとスカーレットが落ち込んだままじゃなくて、安心したんだろう。
「……なんだか、私……わかる気がするわ」
「ふふ、ブライトと重なる?」
「す、スカーレット!」
顔を赤くしながら突っ込む。スカーレットは楽しそうに笑っている。
「それからは……ライズさんを好きなはずなのにおかしいなって思ってたわ。その男子の事も気になるのはおかしいって思ってた。……いつの間にか、ライズさんを好きだった事に縋るようになってたのよね。その男子の事を好きになるはずないって、考えていたの」
「縋る……」
カリナが呟いた言葉にスカーレットは笑った。
「その男子を好きにならない理由にライズさんを使っていたのよ。……正直そんなにすぐに気持ちが変わるなんておかしいって思ってたのよね」
なんだか……スカーレットの話に既視感がある。何故だろう。
「そんな風に誤魔化したまま、一年が経ったわ。そうしたら……」
そこで言葉を止めて、目を伏せる。それは悲しそうな表情だった。
「その男子にも、彼女ができたの」
目を見開いた。スカーレットは無理をしているような顔で笑う。
「その男子とも仲が良かったから、直接報告されたわ。……すごく嬉しそうだった。仲良いから喜んであげないといけないのに、私全然喜べなかった。むしろ、すごくショックだった。私……そこでやっと、自分の気持ちに気づいたのよ。……気づくのが、遅かったの」
「スカーレット……」
思わず眉を下げてしまう。なんだか今も……その想いを引きずっているような、哀しげな琥珀色の瞳が寂しい。
「きっと……失恋して慰められていた時から、惹かれ始めていたんだってやっと気づいた。でも……気づいても、もう遅かったの。……それからはその男子とは少し距離が空いちゃったわ。当たり前よね。彼女がいるんだもの」
悲しそうなスカーレットの隣に行く。カリナも反対側の隣に座った。
二人でスカーレットの両手をぐっと握ると、スカーレットは緩く微笑んだ。
「……私、どっちの恋も何もしなかったし、頑張れなかったの。だから……二人には、頑張って欲しいわ」
そう言ってくれるスカーレットに抱き着く。カリナも同じ様に抱き着いた。
「スカーレット、ありがとう。頑張るわ」
「……私も……ちゃんと、頑張る……」
「ええ、そうして」
優しく笑ったスカーレットをぎゅっと抱き締める。
きっとスカーレットの二回目の恋の傷は、まだ癒えていないんだろう。スカーレットの哀しげな琥珀色の瞳が、頭から離れなかった。
スカーレットにも、幸せが訪れるように願った。




