スカーレットとフューリーさん
なるべくスカーレットのフューリーさんへの疑問が解消できるように答える。
「私もそれをフューリーさんに言った話は聞いたわよ。……たぶん、アリオンの言う通りなんじゃないかしら。アリオンの事だから、他にも何か言ったのかもしれないけど……突っ掛かるのは子供っぽい、とか……もしかしたら少し怒ったのかもしれないわ。アリオンって面倒見いいから、スカーレットとフューリーさんが喧嘩ばっかりなの見過ごせなかったのかも」
少しくらい素直に話し掛けろとは言ったとは言っていたけれど、きっとアリオンの事だから他にも言っている気がする。
アリオンはお兄ちゃん気質だから、なんだかんだ私やユーヴェンの面倒をみてくれていたし、クラスの男子も何かあるとアリオンを頼ることが多かった。私もよくアリオンに頼っていた。
アリオンは私にしか優しくないなんて言っていたけれど、もともと面倒見はいいのだ。
――……私には、特別甘いから……まあいいかしら。
お兄ちゃん相手に拗ねてしまった事を思い返しながら、そう思った。
「そう、なのね……」
スカーレットは少し目を伏せた。けれどその口元は綻んでいる。
「スカーレットも……仲直り、したかったんじゃない?」
その笑みを見て、そう話し掛ける。
「ええ……本当は、ずっと……仲直りしたかったのよ……。でもカインがずっと、あんな態度だったから……」
スカーレットの表情は寂しそうだ。隣にいるカリナが優しくスカーレットの背中を撫でる。
「スカーレットとフューリーさん、本当に仲良かったもんね。よくお話聞いたもん」
小さな頃から一緒にいるカリナが、会ったことはなくてもそう言うくらいだ。相当仲が良かったのだろう。
そんな相手から突然喧嘩を吹っ掛けられるようになった時の困惑は計り知れない。
――私だったら……きっとアリオンから突然喧嘩吹っ掛けられるようなものよね……。
そうしたら、私だってあっちがその気なら喧嘩してしまうかもしれない。
それで喧嘩したとしても、突然そんな風になれば悲しくなるに決まってる。
――アリオンは……私にそんな事をしないくらい、優しくて甘いんだけど……。
でもスカーレットにとってフューリーさんも、喧嘩を吹っ掛けられるようになる前はそんな存在だったのかもしれない。
――今度アリオンと一緒に会って、しっかりフューリーさんを叱ってもらいましょ。
スカーレットだって私の大事な友達だ。数年に渡って困らせた責任は重い。
スカーレットは安心したような微笑みだ。
「ええ……。だから、ブライトには感謝してるわ。まさか私がカインが昔は可愛かったって言ってたのを聞いて考え直すなんて思わなかったけど」
苦笑交じりに言うスカーレットに、私はなるべく優しく微笑む。
フューリーさんへの制裁はアリオンと考える事に決めた。
「……きっと意地になっちゃってたのよ。……フューリーさんも、スカーレットとずっと仲直りしたかったんだと思うわ。アリオンがそのきっかけになったのね」
今はスカーレットの疑問がとれるようにと言葉を重ねる。それに事実だ。
フューリーさんだってあんな接し方、本当はしたくなかったんだろうから。……なんでしてたかはわからないけれど。
――まあアリオンの言う通り、幼年の子供がやるみたいな好きな子にちょっかいを出す的なやつなんでしょうけど。
それでも仲良かったはずなのに解せない。
「そうかしら……」
スカーレットが頬を緩めながら聞いてくるので、頷く。
「そうよ。だってこの前見た時すごく仲良さそうだったもの」
少しだけ見たスカーレットとフューリーさんは言い合いをしているけれど、仲が良さそうだった。
スカーレットは目をちょっと逸らしながら小さな声で言う。
「それは……前はそんな感じ、だったもの……。……でも、やっぱりローリーとブライトのお陰かも……」
「?どうして?」
その言葉を不思議に思って首を傾げる。
スカーレットはいつもは強気な目を弱々しく伏せた。
「本当は……ずっとカインが急に普通に話し掛けてくるのが不思議で、私ちょっと怪訝そうな態度とってたのよ。でも……ローリーとブライトのあんな場面見たからちょっと吹っ飛んじゃって。それでカインが説明する、なんて言うから更に分かんなくなって……昔みたいに言い返しちゃったのよ」
「スカーレット……」
寂しげだった声から少し力が入って嬉しそうにするスカーレットに、眉を下げた。
それはそうだろう。ずっと突っ掛かっていたのに、突然普通に話し掛けられるなんて不思議に思うのは無理もない。
――フューリーさんってずっとスカーレットを困惑させてるわね……。
どうしてやろうかと考える。
「それからは……なんか気負わずに話せるようになったわ。だからありがとう、ローリー」
嬉しそうに微笑んだスカーレットに、私も自然と頬が緩む。
「ふふ、よかった。どういたしまして」
スカーレットに役に立てたのは嬉しい。
――変な場面を見られたと思っちゃったけど、それがよかったのね。
そんな事を考えていると、スカーレットは楽しそうに笑って口を開く。
「それで、なんでブライトに頭撫でて手を繋がれてたの?」
「はう……」
にっこりと問い掛けられた言葉に思わず変な声を出した。
それからスカーレットに不安に思った事……アリオンに慰めてもらっていた事を伝える。
スカーレットは苦笑交じりに答えた。
「そっか。心配かけちゃってるわね」
それにふるふると首を振る。
「ううん、スカーレットの事も信じてるわ」
「うん、私も信じてるからね」
私とカリナは目を合わせて、スカーレットに言う。
「ありがとう、二人とも」
そう言って笑っているスカーレットを見て、安心した。
それからは色んな話をしていた。配属された兄の隊の話には思わず顔を覆ってしまったけれど。
――お兄ちゃんってやっぱり恐れられているのね……。
そんな事を思いながら、ずっと二人に聞いてみたかった事を聞いてみる。
「ね、二人は……誰かを好きになったことあるの?」
私はユーヴェンしかない。アリオンを好きになりたいのに、アリオンとユーヴェンは全然違うからなかなか参考にできない。
――そもそもユーヴェンをどう好きになったのかは分からないのよね……。
ユーヴェンを好きな事に気づいただけだ。
――だ、だいぶアリオンを……す、好き、に……なってきてるとは……思うのだけど……。
でもアリオンの事は基本的に好きだったから、それが恋愛的なものなのかと悩んでしまう。
――アリオンと同じような感じで……会いたいとかの……気持ちを抱き始めたから、そうなってきてるとは思うんだけど……。
それでも悩むから、二人に聞いてみたかったのだ。
カリナは苦笑した。
「私は……したことないよ?」
「そっか……じゃあユーヴェンが」
「ち、違う!ちょっといいなって思って……ひ、惹かれてるだけだもん!ちょっとだから、違うもん!」
カリナの言葉にくすくす笑ってしまった。真っ赤になりながら言われてもあまり説得力はない。
「ふふ、そうね。悪かったわ。私はさっき話した通りよ」
カリナはもう、と言いながら頬を膨らませていた。相変わらず可愛い。
そして、私はずっと顔を背けて目を合わせないようにしているスカーレットににっこり笑って声を掛ける。
「スカーレットは?」
ちらりとこちらを見てくる。その顔は恥ずかしそうだ。
「別に言いたくないなら言わなくてもいいのよ?」
スカーレットは目を彷徨わせている。そして息を吐いた。
「……別に、そんな事ないわよ……」
少し顔を赤くしているスカーレットは可愛い女の子そのものだ。
「ふふ、そっか」
そう相槌を打つ。急かす事はやめておこう。