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―晴れ渡る空―


 ユーヴェンはにっと笑って告げる。


「七年ぐらいずっと一途にローリーを守り続けたアリオンみたいにしたら、考えてくれたらいいよ」


「!ユーヴェン、お前な!」


 明らかにからかう意図がある言葉に突っ込む。


「はは、そんなんしたらお前絶対考えるよな。アレンに言っとくよ」


「言わなくていいからな!」


 ――確かに考えちまうじゃねぇか!


 それが悔しくてユーヴェンを睨む。


「言わずにしなきゃ意味がないのか。そうだよな、お前言われなくても最初からしてたみたいだもんな」


「フューリー、お前もからかいやがって!」


 楽しそうに言ったフューリーも睨みつける。


 するとユーヴェンが笑いながら口を開いた。


「ははは。しかしローリーがアリオンの事好きになりたいって言うなんてな。なんかそういうの興味なさそうだったのに」


 そのユーヴェンの何気ない一言にピキッと青筋が立った。


 フューリーもなんともいえない目を俺とユーヴェンに向けた。


 必死に感情を抑えながら、フューリーに問い掛ける。


「…………フューリー、俺ユーヴェン殴ってもいいと思うか?」


 事情も分かっているフューリーは少し難しい顔をしてから答えた。


「あー……一発ぐらいなら……?」


 そう言って許可されたので笑って頷く。


 ――そうだよな、一発ぐらい殴っても構わねぇよな。


 この無自覚でデリカシーのない馬鹿を。


「え!?なんだよ、なんでだよ!?なんでフューリーも許可してんだ!?」


 ユーヴェンは俺とフューリーの会話に狼狽えている。


 俺はすうっと息を吸って、手を解して殴る準備をしながらユーヴェンに答えてやる。


「……お前が俺の気持ちもわかってたのに、ずっとローリーを弟扱いして頭撫でたり肩組んだりしてたことに対する怒りだよ」


 ――それからローリーの気持ちに全然気づかねぇで触れてた事もな!


 そりゃローリーは気づかれたくなかっただろうし、それでいてローリーは隠すのがうまかった。たぶん俺とメーベルさん以外には突っ込まれていない。だから鈍感なこいつが気づかないのも当たり前だ。

 けど、それでも女の子だと意識せず触っていたことに関しては制裁を加えなければ気が済まない。


「うっ……!?」


 ユーヴェンが呻いて後退った。


 フューリーがユーヴェンの肩を叩く。


「……グランド、お前怒られても仕方ねぇ事してるから、大人しく一発殴られとけ……」


 フューリーも俺の意を汲んでくれた。


 ユーヴェンはしゅんとなって項垂れる。


「ああ、そうだよな……。俺が悪かった……。ごめん、アリオン……。大人しく殴られるよ。一発だけじゃなくて好きなだけ殴ってくれていいから」


 そう言ったユーヴェンに溜め息を吐く。


「はあ……。お前はほんと憎めねぇ性格してるよな……。一発でいい」


 こいつも流石に反省はしているのだろう。


「わかった」


 こくりと頷いたユーヴェンを見てから、治癒魔法の術式を描いていく。


「!?あ、アリオン……そ、それは……」


 ユーヴェンは俺の行動を見て、口端を引き攣らせた。


「何してんだ、ブライト?」


 フューリーが不思議そうに首を傾げて聞いてくるので、術式を描きながら答える。


「思いっきり殴る為の準備だよ」


 ユーヴェンは少し顔を青褪めさせた。


「準備?」


 一発だといっても、手加減するつもりは一つもない。


 描いた治癒魔法の術式を発動させて俺の手に纏わせた。


「よし。んじゃ、やるぞユーヴェン」


 そう言ってユーヴェンに笑う。


「お、おう……」


 ユーヴェンは顔を強ばらせながら頷いた。


 俺のやろうとしていることがわかっているのに、ちゃんと頷くユーヴェンに免じて多少治癒魔法の威力を強くしながらユーヴェンの腹を思いっきり殴った。


 みしりと音がしたのを確認してから、拳を引くと同時に治癒魔法をかけていく。


 ――こんな感じか。


「ぐう……!!」


 ユーヴェンは呻きながら腹を抑えて蹲った。


 感覚的にはちゃんと治癒できているはずだ。


「ほら、これで勘弁してやるよ。ちゃんと治ってるだろ?」


 ユーヴェンに一応確認する。


 ユーヴェンは虚ろな目をしながら俺を見上げた。


「おう……」


「ならいい。あとお前、メーベルさんにも軽々しく触れんなよ。メーベルさんはローリーよりも男に慣れてねぇんだからな。ローリーに頼まれたらまたやるぞ、俺は」


 釘を刺しておく。ローリーがユーヴェンにメーベルさんが何かされたか言われたかしたと怒っていたし、ローリーの話では頭も撫でていたと言っていた。流石にこいつも気づいてから真っ赤になっていたらしいが……。

 あの話をした時のローリーの涙を思い出すと、もう一発殴りたくなってくる。でも今はローリーも気にしてないようだし、あいつが俺が話を聞いてくれてよかったと笑ってくれたからやめておく。


「う……わかった……。気を……つける……」


 痛みを堪えている震えた声で言うユーヴェンに満足して、笑って頷いた。


 フューリーはそんな俺を怪訝な顔で見て質問してくる。


「……ブライト、治癒魔法を拳に付与して何してたんだ?」


「あー……殴ると同時に治癒したんだよ。俺の魔力量が多いのと、自分が殴ってどれだけのダメージを与えたかがわかってるからできる荒業だけどな」


 普段はちゃんと怪我の具合を調べてからどう治癒するかを考えないとうまく治癒はできない。だが、怪我の具合さえ分かっていれば治癒はできるのだ。だから自分がどれくらいのダメージを相手に与えているか理解できれば、ほぼ同時に治癒魔法をかけられる。


 フューリーが仰け反った。


「なんでんな事できんだ……。……はっ、グランドが知ってる様子で……制裁してたって話があったな……」


 そう言ってユーヴェンを見ると、ユーヴェンは腹を抑えたまま答える。


 ――これやる時は痛み除去の部分の術式抜いてるから、まだ痛みあんだろうな……。


「……アリオンって……ほんとにローリー相手にやらかす輩に容赦なかったから……。でも暴力沙汰にはできないから……痛みだけを与えるあんな技を……修得、して……」


 正直に言えば、ローリーは綺麗で可愛くて性格もさっぱりしているから結構もてていたのだ。それでいて俺らやクラスの男子と仲が良いもんだから、自分も近付けるんじゃないかと思う馬鹿な輩が多かった。

 そんな馬鹿な輩が多い分だけ、問題ある輩が近付くこともよくあった。

 脅しただけでは懲りないような輩がいたので、どうすればいいか考えた末の先程の殴ると同時に治癒だ。


 一応自分の腕等で試しながら、実用できるまでにしたのだ。痛み除去の術式を抜くのも自己流だったからなかなかうまくいかず、何度も術式を考え直していた。


 ――俺だって流石にやらかす輩相手でも人体実験はやらなかったんだけどなあ……。


 容赦がない事はないと思うのだが。


 フューリーが口端を引き攣らせながら俺に向かって言う。


「……お前……尋問官でもやればいいんじゃ……」


「騎士と尋問官は違うだろうが。それにこれは毎回じゃねぇぞ。よっほどの事やった奴に対してやってただけだ。他はもうちょい穏便だよ」


 足に強化魔法かけて壁を蹴り砕いて脅すとかぐらいだ。……何度もやってたから再構築魔法もうまくなったなあ、そういえば。学園にバレていたら怒られるだけでは済まなかっただろうから、バレなくて助かった。……本当は担任の先生にはバレていたような気がするんだが。でもたぶん問題ある輩相手だから黙認してくれていたんだろう。ちゃんと後片付けは痕跡が残らないようにやったし。


 一応リックさんに騎士試験を受ける前にそんな事ができる事は相談したのだ。俺も尋問向きなんじゃないかと思っていたから。そうしたら……大丈夫、尋問官は『もっとすごい』魔法を持っているから、と言っていた。……恐ろしくてそれ以上は聞いていない。だから俺は普通に騎士の試験を受けた。


「他……」


「穏便かあ……」


 フューリーとユーヴェンが遠い目をした。


「大体クラスの男子でさえ、女子がいるってことに対しての配慮が欠けすぎてたんだよ。俺があいつらを矯正すんのも当然だろうが」


「矯正って……何やってたんだよ……」


 フューリーのその問いに肩を竦めてとぼける。


「さあな?」


 ユーヴェンが諦めたような目をして呟いた。


「アリオンってさ、昔から握力強いんだよな……」


 そのユーヴェンの言葉に、フューリーも同じ目をした。


「……そうか……。……俺は色んな事を知っちまった気がするなあ……」


 フューリーがなんだか哀愁を漂わせていたので、俺は無視してユーヴェンに話し掛ける。


「それよりユーヴェン」


「なんだよ、アリオン」


 ユーヴェンは腹をさすりながら立ち上がっていた。痛みが引いてきたらしい。


「お前休日明け、早く終わるんならローリー家まで送ってけよ」


 ローリーに頼んどくと言った事を頼む。ユーヴェンは軽く頷く。


「ん?別にいいけど」


「そんでお前フィルとノエルの迎えがねぇ時はローリー送って帰ってくれ。心配だからな」


 今は俺もリックさんも一緒に帰れない。巡回強化しているから大丈夫かもしれないが、裏を返せば巡回強化しなければならない程治安が悪くなっているという事だ。あいつもそこら辺を分かっているからほとんどまっすぐ家に帰っているし、昨日だってちゃんと店の中で待っていた。

 それでも一緒に帰る相手がいた方が安心だ。


 ユーヴェンに頼んでいると、フューリーが感心したように言ってくる。


「……ブライトってすげぇよなあ……」


 その言葉がどういう考えから言われているのか分かってしまうので、首を掻いて答える。


「背に腹は代えられねぇんだよ」


 ユーヴェンは俺の頼みにコクリと頷く。


「わかった。なんなら兄貴にフィルとノエルの迎え頼んどくから毎日送ろうか?」


 その言葉にぐっと眉を寄せてしまった。


「毎日……」


 ――毎日、ローリーとユーヴェンが二人で帰る……。


 考えるとやはり嫌な気持ちが湧いてしまう。でもこれはローリーの為を思うなら抑えるべき気持ちだ。


「……毎日は嫌なのか、アリオン」


 ユーヴェンは少し驚いたように言う。


 するとフューリーが口を開いた。


「来週中頃までには落ち着くんじゃね?」


「あー、確かに編成終わりそうだよな」


 ユーヴェンがフューリーの言葉に頷く。


「そうしたら、お前が送ってくんだろ?ブライト」


 にっと笑いながら言ってくるフューリーに頭を掻いた。


「そりゃそうするに決まってっけど」


 そう言うと、ユーヴェンはにこっと笑った。


「じゃ、俺はフィルとノエルの迎えがない時だけ送ってくよ」


「おう、頼む」


 その言葉に安心して頼む。中頃に落ち着くならそれで大丈夫だろう。


「いいよ、ローリーにもアリオンの事聞いてみよ」


 だが無神経に笑いながら言うユーヴェンの言葉に、またピキリと青筋が立った。


「ユーヴェン、ローリーに聞いたらもっぺん殴るぞ」


「え!?駄目なのか!?」


 驚いて聞いてくるユーヴェンに、厳しい目を向ける。


 ローリーはユーヴェンに言って欲しいって言ってきたくらいだから聞かれてもいいのかもしれねぇけど、何にも考えてないこいつに腹が立つ。


「俺にそう聞いたぐらいにしとけ。今はまだ俺に振り向かせてる最中なんだよ。変な事聞くな」


 とりあえずそうやって忠告しとく。


「わかったよ、仕方ないなぁ」


 少し口を尖らせながら言うユーヴェンに溜め息を吐く。


 ――こいつは素直過ぎるんだよな……。


「ブライトも大変だなぁ……」


「うっせぇ」


 心の底から言ったようなフューリーの言葉に悪態を返した。


 まあ後でフューリーには礼を言っておこう。俺の頼んだ事もやってくれたし、聞きにくい事も聞いてくれた。


 ――ユーヴェンの馬鹿さ加減を思い知っちまったな……。


 ずっと見守って居てくれた事には感謝しているし、ローリーや俺を大切に思ってくれているのもわかったが、頭がいいくせに考えが足りない。

 まあそんなユーヴェンの事を憎めない奴だと思っている俺は、結局こいつを許してしまうんだが。


 ――まあ、ローリーをわざと傷つけたりはしねぇ奴だからな……。


 そんな事があればいくら長い付き合いのユーヴェンでも俺は許さないだろう。

 でもそれはあり得ない。いつもローリーを守るのを手伝ってくれていたのはユーヴェンだ。


 小さい頃からずっと一緒にいる友人が、俺やローリーの信頼を裏切る訳がないと、俺が一番知っている。


 ――あとは、こいつも幸せになってくれればな。


 惚気けまくっていたユーヴェンを思い出す。ちらりとフューリーも見た。


 今日色んな話を聞いてくれたこいつらが、ちゃんと幸せになってくれればいいと思う。

 俺はユーヴェンみたいに素直じゃないので、口には決して出さないが願うのは願っておいていいだろう。


 晴れ渡る綺麗な空を見上げて、愛しい人を思い浮かべながら微笑んだ。


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