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―贖罪と親友の安堵―


 俺が思い出していたのはいつも、ローリーを傷つけた事。あいつを傷つけた事を忘れてはいけないと思っていたんだ。俺が浅はかだった事だけ覚えていて、ずっと自分を責めていた。

 ローリーは俺が自分を責めるのを望まないことをわかっていたのに。それでも俺は、自分を責めた。


 ――ああ、俺は。


 自分で封じ込めたのか。ローリーへの気持ちを。

 気づかなかったのは、俺が鈍感だっただけじゃない。俺は、ローリーへの気持ちにずっと気づかないようにしていた。

 傷つけた俺が、ローリーを想うなんて許されないと……ずっと思っていたんだ。


 ローリーがユーヴェンを好きだと気づいた時だって、俺は仕方ないと考えた。

 ローリーを傷つけた俺が、想われるわけがない。だから、ローリーがユーヴェンを好きなのも言い訳に使って、俺は自分の気持ちに蓋をした。


 でもあいつは、そんな俺にずっと気にしなくていいと伝えてくれていた。仲良くなかったクラスの女子ともちゃんと仲良くなって、わだかまりなんてなかったかのように笑い合って。そうしながらローリーは、いつも俺に気にし過ぎと怒っていた。

 そんなローリーに俺は、ずっと救われていたんだ。


 就職してから、あいつにもちゃんと女性の友達ができた。クラスの女子とは仲良くなったといっても、やっぱり付き合いの長い俺達といる方が多かった。

 けれど今度はちゃんと、俺達と同じくらいに仲良くなれそうな友達だ。だんだんとあいつの話の内容もその友達の事が多くなっていった。

 ローリーはいつもちゃんと前へ進んでいて、俺はそんなあいつが眩しかった。


 もしかしたら、いつか……俺と話す事だって少なくなっていくのかもしれない。そう思ったら胸が痛んだ。ローリーが友達を大事にするやつだとはわかっていたはずなのに不安になった。

 それでもローリーがユーヴェンとくっつくのなら、俺と疎遠になることはないだろうなんて……思った事もあった。

 

 ユーヴェンがローリーじゃない別の人を好きになって、ローリーもユーヴェンを好きじゃないと言った。俺はローリーがいつか離れていくのが嫌だった。ローリーがユーヴェンを好きじゃないなら、何で引き止めればいいのかわからなくなった。それでも今はちゃんと新しくできた友達を紹介してくれるから、俺のことも大事に思ってくれているのが嬉しくて。

 いつかローリーに好きな人ができたら俺から離れていってしまうのかもしれないと考えたら怖かった。それでも今は俺が彼氏だと思われてもいいなんて言う、そんな事を考えてもいないローリーに安心していた。


 そんな時、あいつが傷ついていた時でさえ流さなかった涙を見て、封じ込めていた想いが溢れ出した。

 俺は七年以上、ローリーだけを見ていたんだ。本当は抑えきれないぐらいに、もう焦がれてしまっていた。


 俺はずっと……ローリーを好きだと言いたかった。


 ――こんな風に自分を責めてたなんて言ったら、あいつにまたとことん怒られるだろうな……。


 きっとまた、ちょっとそこに座りなさいって、笑っているのに全然笑ってない笑顔で言われるような気がヒシヒシとする。


 ――黙っといた方がいいかもなあ……。


 ローリーに怒られるのは別に構わないけれど、悲しい顔をさせてしまう気がする。

 ……言わなくてバレたらそれはそれで怒られそうな気がするんだが……。鈍感だったで押し通すか。


 まあ俺が鈍感なのは……本当だ。


 ――いくらなんでもあいつにあんだけ気にするなって言われてたんだから、もう少し早く気づいてもいいよな……。


 自分でも気づくのが遅すぎると思う。


 フューリーが呆れたような顔をしながら俺に笑った。


「その七年越しの想いが叶いそうとかそりゃ浮かれるか、お前」


「え、叶いそうなのか!?」


 フューリーの言葉に驚いて反応するユーヴェンに、なんだかむず痒くなる。


「あー、グランドにまだ言ってなかったな。おい、ブライト、言わねぇのか?」


 フューリーがドンと背中を叩いてくるので、少し息を吸って、吐いた。


 ユーヴェンがなんだかキラキラとした目で俺を見てくる。


「アリオン、ローリーに告白してどんな返事もらったんだよ?」


 ――なんかずっとこいつに見守られてたと思うと報告すんの、すっげぇ恥ずかしいな……!


 それでも言わないわけにもいかないので、首を掻きながらユーヴェンに答える。


「……俺の事、好きになりたいって……返事もらった……」


 言ったと同時に赤くなってしまった顔を抑えた。


 ユーヴェンは顔をパッと輝かせて、肩を叩いてきた。


「マジか!よかったな、アリオン!その様子なら安心してローリーを任せられるよ!」


 嬉しそうにユーヴェンが言った言葉に目を丸くする。


「その様子ならって……なんだ?」


 疑問に思ったことを聞く。


「あー……俺がアリオンに途中からローリーの事なんにも言わなくなったの、実は危なっかしいなって思ったからだし」


「危なっかしい?」


 ユーヴェンの言葉に首を傾げてフューリーが問い掛ける。俺もユーヴェンの言葉の意図がわからない。


「だってアリオン、ローリーの事好きだって気づかなかったの罪悪感からだろ?」


「!!」


 さっき自分で気づいたばかりの事を指摘され、目を見開いた。


「罪悪感?」


 フューリーが眉を寄せて聞くと、ユーヴェンはどう言うか迷ったのか視線を泳がせた。


「あー……」


 ここまで言ったらそりゃ気になるだろう。説明しようと俺が口を開いた。


「……はあ……俺、女性には違う接し方だろ?今は同僚の女性騎士にもそうするようになったけど、昔はローリーだけに普通の接し方してたんだよ。そしたら……」


 ぐっと唇を噛み締める。さっきも思い出した、苦い記憶だ。


「……あの子になんかあったのか」


 フューリーが重く聞いてくる。俺が歯を食いしばると、それにユーヴェンが答えた。


「ローリーが……ちょっと女子にハブられちゃってさ……。ローリーは私もあの子達と喧嘩したから気にしないでって言ってたんだけど……アリオン、すげぇ気にしててさ」


 確かにローリーはそう言っていたけれど、おそらく喧嘩の発端も俺に関する事だろう。喧嘩の原因は決して言わなかったから、すぐにわかった。


「あー……そりゃお前、気にするよな……」


 フューリーが眉を下げて言ってくる。俺は目を伏せた。


「俺が……ローリーの事を大切な友人だって言った直後だったからな……」


「でもアリオンはあの接し方の時は俺の事も大切な友人だって言ってたじゃないか」


 そう言ったユーヴェンに対して、思わず悔恨の言葉が口から出た。


「それでも俺がもっとちゃんとしてれば……!」


 そうだ、俺が対応を間違えていなければ、ローリーをあんな目に合わせなくて済んだはずだった。


 そんな俺の言葉をユーヴェンの厳しい声が止める。


「アリオンがそんなだから駄目だと思ってたんだよ、俺」


「!!」


 ユーヴェンは榛色の目を厳しく細めた。


「ずっと気にしてたお前は、ローリーを直接助けたり、側にいたりするのをいつも俺に任せてた。お前がローリーにやらかそうとした奴らを自分の手で直接懲らしめたかったのはわかるし、ローリーにそれを気づかせないようにしてたのも理解はできる。でもお前は、自分で助けられそうな時でさえ俺に任せてた。それはローリーを傷つけた負い目を持ってたお前が、自分の気持ちは許されないとでも思ってたんじゃないのか?だから贖罪のつもりで、お前は自分自身では助けなかったんだろ?」


「……」


 静かに顔を伏せる。


 確かにそうだった。この気持ちは、許されないと思っていたんだ。


 でもユーヴェンに助けさせたり側にいさせたりしたのは……それは……ローリーがユーヴェンを好きだと気づいたからだ。なるべく、ユーヴェンとローリーの接する機会を……増やして、やろうなんて……思っていた。でも、そんな事は口に出せない。


 ……いや、俺はローリーの気持ちに気づく前からそうしていた。だからはじめから……贖罪のつもり、だったんだろう。


「ブライトお前……」


 フューリーも俺を痛々しい目で見た。


 ユーヴェンは俺の何も答えない様子に、溜め息を吐いて告げる。


「だから駄目だと思ったんだよ。俺だってローリーは大事な友達だと思ってるんだ。ローリーの事を好きな癖に、自分よりももっと大切にしてくれそうな奴がいたら譲りそうなくらい危なかっしいお前に、ローリーを任せる気はなかったよ」


「ユーヴェン……」


 こいつも長年一緒にいたローリーの事は、大事に思っているんだろう。


 おそらく情けない顔をしているだろう俺を見たユーヴェンは、ふっと安心したように笑った。


「正直ここまで気づかないなんて思ってなかったんだけどな。まあさっきお前がローリーの事話してる様子を見てたら、誰かに譲る気なんて一切なさそうで安心したよ!今のお前ならしっかり任せられるな!」


 そう言ったユーヴェンは、いつもと同じように真っ直ぐだ。

 言った後、にかっと屈託なく笑ったユーヴェンに俺もつられて笑ってしまった。


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