―ローリーとの出会い―
――俺って……ローリーの事、昔っから大好きだったんだな……。
俺が考えているその間にもユーヴェンはフューリーに話を続けている。
「それからも何回かローリーに対してすっげぇ優しい顔で笑ってて、その度にローリーの事大切にしてるなぁって思ってたんだよ。それで……そのハイタッチもしてくれないってローリーが怒った時も、怒られて謝った後に同じ顔して笑っててさ。こいつ妹溺愛してるから、妹扱いしてるローリーの事も溺愛してるなあって思ってたんだよ。それで怒り終わったローリーが、じゃあハイタッチって手を差し出してさ、その時にアリオン、嬉しくて堪らないって顔して。ハイタッチした後も、またすんげぇ優しい顔で笑ってローリーの事見てて……なんか、あれ?って思ったんだよ。これって妹を見てる目なのかなって……この眼差しって妹を見てるって言うより、なんか……愛しいとか、好きで堪らないみたいな表情だなって思って……俺やっと気づいたんだよ。そこで気づいたら、最初から同じような顔してたから、一目惚れだったんだろうなって」
ユーヴェンの話に、だいぶ気持ちが漏れていた事が分かってしまって思わず空を仰ぐ。
「…………」
――俺、ほんと……なんで気づかなかったんだか……。
というかユーヴェンは確かに人の事をよく見てる奴だけど、なんで俺のそんな事まで見てるのか。
――人の事ちゃんと見てる癖に、気持ちには鈍感なんだよな……。
こいつ自身は自分の気持ちを真っ直ぐ伝える奴だから、誤魔化すとか迂遠な言い回しとかがわからないからなんだろうけど。
フューリーが呆れたような顔で笑う。
「見事に一目惚れっぽいな、お前。とすると……お前等が会ったのって学園の最初の頃か?」
そう聞いたフューリーにユーヴェンが答える。
「ああ、俺がローリーと仲良くなってアリオンの紹介したの10月の半ばぐらいだったかな?でもローリー同じクラスだったし、アリオンも見たことはあったはずなんだよな……。そうすると一目惚れってのは違うか?」
二人の会話に頭を掻く。
実は完璧な一目惚れなんだが、言う必要はないだろう。
「いや、そんなん一目惚れで大丈夫だろ。……しかしそうなると、丸七年ぐらいお前自分の気持ちに気づかなかったのか。……流石に鈍感過ぎねぇ?」
呆れた声で言ったフューリーから顔を背けた。
――俺も流石に自分でも鈍感だった気がしてきたな……。
「うっせぇ……。なんでユーヴェンは人の好意に大抵鈍感な癖に俺のは気づくんだよ……」
しかし素直には認められないのでユーヴェンにそう悪態をつく。
「アリオンのはすっげぇわかりやすかったからな?」
「ぐっ……!」
苦笑交じりに言われた事に呻く。
――そりゃ人の好意に鈍感なユーヴェンが気づくぐらいにわかりやすかったんだろうけどな……!
フューリーはそんな俺を腕を組みながらじっと見ていた。
なぜか嫌な予感がして、少し後退った。
フューリーはそんな俺に対して、口角を上げてにっと笑う。
「なあ、ブライト。俺ひとつ思ったんだけどさ、本当にグランドに紹介されてからの一目惚れだったのか?お前ずっとあの子の事、綺麗で可愛いって思ってたんだろ?なら、初めて見た時も思ってたんじゃないのか?」
「!!」
その言葉に目を剥いた。
――なんて余計な事に気づくんだ、こいつ!
鈍感なユーヴェンだけなら誤魔化せたはずだった。なのにフューリーは目敏く気づいてくる。
「お、図星っぽい」
面白そうに笑って言うフューリーを睨む。
俺が頼んでおいて悪いが、やっぱり巻き込まない方がよかったのかもしれない。
ユーヴェンが感心したようにフューリーを見た。
「すごいな、フューリー」
「ふっ、ブライトってわかりやすいからな。ほら、入学式で見た時か?いつからそう思ってたんだよ、お前」
ニヤニヤと笑いながら聞いてくるフューリーに観念して溜め息を吐いた。
――わざわざ巻き込んじまったんだから、正直に言ってやるか……。
顔を背けながら、重い口を開いた。
「……にゅ、入学試験、の時、だよ……」
俺の言葉にユーヴェンが目を丸くした。
「え?アリオン、学園入る前にローリーと会ったことあったのか?」
ユーヴェンの言葉に頭を搔きながら答える。
「……妹のエーフィが作ってくれた、お守り落としちまって……拾ってくれたんだよ、ローリーが……。接したのは……一瞬、だったけど……そん時に、可愛くて綺麗な子だなって……」
入学試験の時、俺はポケットに入れていたはずの妹のエーフィが作ってくれたお守りがなくて焦っていた。紙で星型に折られたお守りだったから、もしかしたらゴミとして捨てられてしまったらどうしようと焦ったのだ。
そんな時にお守りを拾って声を掛けてくれたのがローリーだった。
焦っていたからか、俺はいつもの女性への接し方も忘れて素で返した。
ローリーはエーフィの手作りのお守りを俺に手渡して、大事なものなら鞄にしまっておいた方がいいと思う、とあの綺麗な青い目を優しく細めて言ってくれた。
その時はあまり俺と変わらないぐらいの身長だったローリーの青い瞳はよく見えた。澄んだ晴天の空のように綺麗な碧天色の瞳が、差し込んだ太陽の光に照らされて煌めいていた。さらりと揺れた肩口まである亜麻色の髪も綺麗で。
俺はその時、ローリーを可愛くて綺麗な優しい子だと、思ったんだ。
「ほおー……」
「へえー……」
同じように答えるフューリーとユーヴェンに顔を赤くする。
――流石に入学試験頑張った理由もその子に……ローリーにまた会いたかったからとか言えねぇけどな!
入学試験は学力を測るもので、その試験の結果によってクラス分けがされる。俺はユーヴェンと一緒に勉強していったけれど、入学試験を頑張り過ぎて授業についていけなくなったら嫌だななんて考えていた。
でもその時見たローリーが知的に見えたから、試験をかなり頑張ったのだ。もしかしたら同じクラスになれるかもしれないと考えて。一緒に勉強してくれていたユーヴェンにその時初めて感謝した。
――ほんとに俺って……この時から惚れてるじゃねぇか……。
「……入学して同じクラスになった時に、もう一回ちゃんとお礼言ったけど……そんぐらいの会話しか……お前に紹介される前は話してねぇよ……」
教室に入った時に、もう一度会いたいと思っていたローリーの姿を見て嬉しく思ったんだった。でもそんな事はユーヴェンには言えなかったので黙っていた。
その時は、もう一度お礼が言いたいだけだと思っていたんだ。
だから、お礼を言う為に話し掛けた。困惑させないようにと言い訳をしながら、俺は以前と同じように素でローリーと接した。
『実はね、私もおんなじようなお守りを、昔お兄ちゃんに作った事あったの。だから……妹としては失くされたら嫌だなって思って拾ったんだ』
そう言って楽しそうに笑ったローリーを、俺は眩しく思ったのを覚えている。
でもそれ以降は話し掛けることはできなかった。素で話し掛けたから、いつも女性には違う接し方をしている俺がまた話し掛けるのはなかなか難しくなってしまったのだ。
そうしていたら、ユーヴェンが仲良くなったからとローリーを連れて来た。
だから俺はユーヴェンにローリーを紹介された時、思わず顔を緩めて笑ったんだ。
「グランド、ブライトが思ってたよりもだいぶ純情なんだけど」
フューリーが珍獣を見るような目で俺を見ながらユーヴェンに話し掛ける。
「俺も紹介する前にローリーと話したことあったとか初めて聞いたよ……」
呆然としながら答えるユーヴェンに口を曲げながら返す。
「うっせぇ……」
ローリーに会っていた事を話すのはいくら仲の良いユーヴェンでも憚られて、ローリーにもお守りを落としたのを知られたくないから黙っていてくれと頼んだんだった。
――なんかただ単にローリーとの秘密を持っていたかっただけな気がする……!
あの時はただ純粋に、ローリーに対して感じる、くすぐったくて、でも笑みが零れてしまうような幸せな気持ちを、なんだか嬉しく思っていた。
顔が見えないように、手で覆う。
けれどそんな気持ちを、俺は今まで思い出そうとはしなかった。
目を閉じて考えると、見ようとしてこなかった自分の気持ちが見えてきた。




