―守っていたもの―
頭を掻きながら悪態をついているフューリーに思ったことを言う。
「でも実際仲良いよな、お前等。この前なんて腕掴んでキャリー止めてたし」
こないだの光景を思い出す。腕を掴んで止めるなんて仲が良くないとできないだろう。
「そりゃ昔は普通に仲良かったからな。腕掴んで止めるぐらいするだろ」
「へえー。俺ローリーと仲良くてもしたことねぇけど」
その言葉にそう返す。ユーヴェンはやっていたが、俺はローリーに対して腕を掴んで止めるなんてした事がなかった。
「……は?」
信じられないような目をして俺を見たフューリーに首を傾げる。
「?なんだよ、その顔」
フューリーは目を見開いたまま呆けたように聞いてくる。
「呼び止める時とかどうしてたんだよ」
「そりゃ普通に呼んでたし。気づかねぇ時は少し肩叩くか、前に回り込んで止めてた。それに大体ローリーの少し前歩くようにしてたから、俺が振り向いたらあいつも俺の方に向いたしな」
「……あんな距離感、なのにか……?」
分からないものを見るように言ってくるので、頭を搔く。
そういえばフューリーにはそんな場面しか見せていなかった。
「あー……ちょうどフューリーと話したぐらいからだぞ、俺がローリーの頭を撫で始めたのって。それまではあんまりあいつに触れたりしてねぇよ。そんなんいくら仲良いからって、ローリーに悪いじゃねぇか」
正直、今あいつの頭を撫でたり手に触れたり……顔に触れたりしてる方が、信じられないぐらいだ。
ローリーの小さくて柔らかいしなやかな手に触れられていることも、俺が顔に触れると恥ずかしそうな可愛い顔をすることも……何もかも、信じられないくらいの幸福で。
「腕掴んだ事もねえってことは……まさか手を繋ぐとかもしたことなかったのか……?今あんなに普通に繋いでるのに……?」
そのフューリーの言葉に少し考える。引っ掛かったことも聞こうと思った。
「したことなかったな。手を繋ぐようになったのは……告白してからだ。……フューリーはしたことあんのか?」
フューリーはカッと顔を真っ赤に染めた。
「小せえ頃だよ!大きくなってからはしてねぇからな!」
フューリーの言い方に引っ掛かったのは当たりだったらしい。やっぱり昔はキャリーとかなり仲が良かったんだろう。
――なんであんなに拗れてたんだか……。
フューリーから普通に話し掛けたら普通に返すぐらいには、恐らくキャリーだって仲直りしたかったんだろう。……やっぱり喧嘩するようにしか話し掛けられなかったフューリーが原因だな。
俺は肩を竦めて返す。
「ほら、俺だって学園時代に初めてローリーと会ったんだからおかしくねぇだろ」
そう返した俺をフューリーは引きながら見る。
「……いや、お前ってほんとに……なんか……とんでもねぇな……。……てか、今も腕掴んだりしねぇのかよ」
その言葉に考える。今は確かに手に触れたりとかしているが、腕を掴む事はない。
「……しねぇな。大体あいつ呼んだら振り向くし、俺の少し後ろをいつも歩いてっから、誰かにぶつかったり、転ばねぇように注意してるし。わざわざ腕を掴む必要ねぇからな」
考えてみると、俺はいつもローリーが誰かにぶつからないよう、転ばないようにと先に注意していた。それにあいつはちゃんと呼び掛けるとこちらを向くので腕を掴む必要もない。
それにユーヴェンもローリーの隣か後ろを歩いていたので、どうしようもない時はユーヴェンが助けていた。
そんな事を思い返していると、フューリーがぽかんとした顔をして聞いてくる。
「……まさかいつもお前、あの子の少し前歩いてあの子が歩きやすいようにしてんのか?」
フューリーに頷いて答える。
「ああ、まあローリーが人にぶつかったりしねぇようにはしてっけど。人混みとかだったら裾掴んどけって言って前歩くし。あいつが人にぶつかって痛い思いしたりとか、転びそうになったら駄目だからな」
俺が答えるとフューリーは呆けた顔をした。
「…………お前がガールド隊長に認められてる理由がよぉくわかった……」
フューリーが息を吐きながら言った言葉に驚く。
「なんだよ、普通だろ?俺家族にもそうしてんだけど。大抵妹にだけどな」
姉さんにもエーフィと一緒に出掛けない時は壁扱いされているが、エーフィも一緒だと姉さんもエーフィを可愛がっているのでエーフィ優先になるし、姉さんは人混みを縫って歩くのは得意だ。……たぶん俺がいる時は楽をしたいから俺を壁にしている気がする。別に姉さんの役に立つならいいんだけど。
そもそも壁のように歩くのを覚えたのも姉さんより俺の身長が高くなった時、姉さんに俺が前を歩くように教え込まれたからだ。
……俺の女性への接し方もそういえば姉さんに……いや、母さんと姉さんとで仕込まれた。
「あの子を家族枠に入れてる時点でなぁ……」
フューリーに呆れたように言われた言葉に驚愕する。
「は!?いや、違うぞ!?さ、流石にそこまで考えてねぇからな!?ただ……女性には……優しくしなきゃだろ!?」
そうだ、女性には優しく、という信念から俺の女性への接し方は仕込まれたんだった。それで姉さんやエーフィ、その友人……エーフィもやり始めた時は小さかったが、だからこそ大きく喜んでくれた。それと母さんの友人にもしたら喜ばれて誉められたから、それで俺も嬉しくなって自主的に始めたんだ。
でもローリーに初めて会った時は焦っていたからつい素で接してしまって……そこからずっと素で接している。接し方は素でも、なるべく優しくしたいとは思っていたからローリーが歩きやすくなるようにと配慮していた。
フューリーは疑わしい目で見てくる。
「……お前の事だからあの子以外に仲良い女性いないんだろ……。しかもお前騎士職だもんな。そんなんする必要ねぇ女性が同僚だから、そんなんしなくていいし」
「!!そりゃ……そうだけど……」
確かにローリーと家族以外にはそこまではした事はない気がする。なにしろ女性と一緒に歩くなんてこと、家族以外だとローリーくらいだった。多少は学園時代にあったとは思うけれど、大抵ローリーも一緒にいたからローリーを優先していた。
騎士の同僚だとそんなの考えた事もない。そんなんしたらどいつもこいつも決闘を申し込んできそうなくらい血気盛んな奴等の方が多い。
そう考えるとフューリーの言葉は見事に当たっている。
「はー……ほんとお前あの子至上主義だよなぁ……。そんな風にずっと守られてたら、あの子だって自然とお前に気を許すか……」
フューリーは感服したように言ってくる。
「ぐっ……。う、うっせぇなぁ……」
ここまで言い当てられると恥ずかしくなって目を逸らした。
すると、見慣れた人物が視線の先に見えて驚く。
そいつは俺に気づくとこちらに向かってきた。
「アリオン、探してたんだよ。まだ帰ってなくてよかった」
金の髪と榛色の瞳を持った俺の友人はそう言って笑った。
「ユーヴェン。お前今日出勤だったのか?」
騎士団事務員は月に何回か休日出勤の当番がある。騎士団事務の制服も着ているし、きっと出勤だったのだろう。
早番だったので朝に見なかったのは分かるが、さっき見廻りから帰ってきた時もいなかったのでまさか出勤だったとは思っていなかった。ちょうど席から離れていたんだろう。
昨日のローリーの言葉を思い出す。ユーヴェンに言わなければいけない。
だが……。
――どんな反応なのか分かんねぇから怖えな……。
ユーヴェンが俺の気持ちを知っているのかさえ分からないのだ。ローリーの気持ちも恐らくわかってはいなかったとは思うが、もし知っていたなんて言われたらいくらユーヴェンでも思いっきり殴ってしまいそうだ。
――その可能性はないだろうけどなぁ……。
ちらりとまだこの場にいるフューリーを見る。
――巻き込むか。
フューリーは事情を知っている部外者だ。客観的に指摘するだろうから、俺が暴走することもないだろう。