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―直せない反応―


 当番だった見廻りを終えて報告を済ませた後、シャワー室に向かうか訓練場に向かうか迷っていると、ちょうど隊長事務室から出てきたリックさんと目が合った。

 少しだけ視線をずらしてからお疲れ様です、と頭を下げる。


 昨日ローリーの額にキスしてしまった事を思い出すと、リックさんの目をまともに見られなかった。


 リックさんはこちらに近づいてくるとポンと肩を叩く。俺は顔を上げると少し目を逸らした。

 にっこりと笑ったリックさんは、少し低い声で聞いてくる。


「……アリオンくん。なんだか今日僕とあんまり目、合わせないね?」


「は、はい!?そ、そうでしたか?」


 ギクッとしながら聞き返す。それでも目を合わせられないから、リックさんにはバレバレだろう。


「そうだねぇ。何かしたの?ローリーに」


「う……」


 肩を掴んでいる手に力が入る。その言い方は何かあったと確信しているようだ。

 昨日マスターからの連絡を見た後にリックさんに会ったので、ローリーを迎えに行く旨を告げた。その俺の様子がおかしいので、すぐにローリーに起因するものだとわかったのだろう。


 ――言ってなくてもバレた気はすっけど……。


 リックさんは大きく溜め息を吐いた。


「君、ほんと顔に出るよね……。ローリーと付き合うまでに直せる?それ」


 一瞬誤魔化してみたけれど、やはりまだ顔に出ているようだ。


「す、すみません……」


 申し訳なくて縮こまりながら謝る。


「頑張って直してよ。流石に付き合ったら口出す気、僕ないからね」


 以前と同じ注意に項垂れながら頷く。


 家でご馳走になった時にリックさんは今は付き合ってないから口を出すけれど、付き合ってからは口を出す気はないと言っていた。それなのに俺がわかりやすく顔に出るから、ローリーと付き合うまでに直してと言われている。……まだまだ道のりは長いけれど、頑張るしかない。


「は、はい……」


 リックさんは大きな溜め息をもう一度吐いてから聞く。


「詳しくは言わなくていいけど、僕が駄目って言った事した?」


 俺がいつも正直に話してしまうからだろう。これも直されているのだと思う。


「し、してません……」


 以前リックさんに言われた言葉を思い出してしまって顔に血が上った。これも顔に出てしまっているんだろうが、リックさんが駄目と言った内容は俺にとっては思い出すだけでも恥ずかしいのだ。


 俺の肩から手を離したリックさんはジト目で俺を見ながら呆れた声を出した。


「……ならそんな風にならなくっていいのに、全く……」


「はい……」


 赤い顔のまま頷くと、リックさんは紺碧の瞳で鋭く俺を見て聞く。


「……『許容してあげる』って言った事でもした?」


「!!」


 リックさんの言葉に思わず肩を跳ねさせる。驚いた顔でリックさんを見てしまうと、盛大な溜め息を吐かれた。


「はー……全くもってわっかりやっすいね、アリオンくんは……」


 とても強調された言葉に申し訳なくなる。


「う……すみません……」


 また素直に反応してしまった。


 リックさんが許容してくれると言った事だって、本当ならやるつもりはなかったのだ。

 なのにユーヴェンに俺の告白を言ってほしいなんて言ったローリーが可愛くて、俺を呼ぶと頷いてくれたローリーに堪らなくなって、リックさんも許してくれているならと思わず額にキスしてしまった。


 ――昨日のローリー、すっげぇ可愛かった……。


 そんな俺の浮かれた思考を遮るように、リックさんの声が響く。


「よーし、寝不足で巡回してた部下に稽古でもつけようか!昨日ローリーに会ってて羨ましいし!」


「!は、はい!」


 寝不足だった事もバレていたらしい。やっぱりリックさんは鋭い。稽古をつけてくれるのは寝不足でも問題なく実力を発揮できるか確かめる為だろう。

 騎士であるならばいついかなる時も実力を出さなければならない。


「ま、少しだけねー。そしたらちゃんと休みなさい。明日休みなんでしょ?ゆっくり休めばいいよ」


「あ……」


 優しく言ってくれた言葉に思わず声を漏らす。リックさんがこちらを向いた。


「ああ、なんか用事があった?」


 その問いに、口元が緩まないように必死に力を込める。


 リックさんは隊長だから俺よりもだいぶ忙しく、暫くローリーに会えていないのだ。


「いえ……その……ろ、ローリーと一緒に、で……出掛けます……」


 言った途端、リックさんはすっと紺碧の目を細めた。


「……へぇー……デートなんだ。ローリーと。僕は全然会えてないのになぁ……」


 リックさんの低い声が俺に突き刺さる。


「……す、すみません……」


 思わず謝ると、リックさんはにっこりと笑った。


「気絶するぐらいにしようか……アリオンくん」


 恐ろしい笑顔に背筋が凍るが、素直に頷く。


「はい……」


 するとリックさんは軽く息を吐いてから、ふっと笑う。


「はあ……ちゃんと頷いちゃうんだから……。冗談だよ。しっかり休んで、しっかりローリー守ってエスコートしてよ」


「う……」


 リックさんのエスコートという言葉がズシッと伸し掛かって思わず小さく呻いた。


 俺の呻き声にリックさんは眉を寄せた。


「なんで呻いてるの?ローリーとのデート嫌な訳じゃないでしょ?」


 責めるような声に頷きながら、どうしても複雑な気持ちになってしまう事を話す。


「当たり前です。嬉しいですよ。けど……明日は俺がローリーにエスコートされるんです……」


 俺の言葉にリックさんは目を瞬かせてから首を傾げた。


「……ん?なんで?」


 リックさんの問いに、少し目を逸らしながら答える。


「俺が最近よく奢ったからって、明日はローリーが全部出すって言うんです……」


「ふ、ふははっ!」


 言い終わった途端に噴き出して笑うリックさんに、思わず苦言を呈す。


「わ、笑わないで下さいよ!俺だってエスコートしたいけど、ローリー聞いてくれないんです!」


「ははは、ローリー頑固だからねぇ。言い出したらそりゃ聞かないよ。ま、しっかりエスコートされればいいんじゃない?」


 面白そうに言うリックさんにぐっと喉が詰まる。


「くっ……リックさんまで……!」


 マスターにもリュドさんにも……リックさんにまで俺がエスコートされてしまう事を肯定されてしまえば、受け入れるしかない。

 ローリーが言い出したんだから意見を曲げない事はわかっていたけれど、少しでもどうにかできないか探っていたのに。


 リックさんは止まらない笑いを噛み殺しながら言ってくる。


「ふ、ふふふ。初デートなのにやられたね、アリオンくん」


「!!わ、わかってたんですか……!」


 その言葉に驚く。初デートとまで分かられていては更に気恥ずかしくなってきた。


「ローリーは僕に色々話してくれるからね。その話を聞いてたら、今までユーヴェンくんが来ないからって二人で遊ぶことはあっても、休日に最初から二人はなかっただろう?」


 ローリーもリックさんの事を口では面倒そうに言っているけれど、基本的には大好きだ。今は両親が外国にいるのでリックさんと二人暮らしだし、とても仲が良い兄妹だから色々と話しているんだろう。


 そんな事を考えていると、俺も妹のエーフィ、姉さんや母さんに会いたくなってきた。最近忙しくて帰れていなかったので、今度帰ろうと考える。


 そう考えた後、楽しそうなリックさんの質問に目を伏せて頷く。


「その通りですよ……。だから明日はすごく楽しみにしてるんですけど、ちょっとだけ複雑なんです……」


「ふ、はは」


「ずっと笑い止まらないじゃないですか!?」


「お、面白くてね……」


「うう……」


 リックさんの震えている声に思わず項垂れる。


「ほら、この後の稽古で一つでも攻撃を入れられたら笑うの止めてあげるよ」


「頑張ります……」


「うん、頑張ってね」


 少しの希望を持って稽古に臨むが、今までリックさんに攻撃を入れられた事は一度もない。


 稽古を終えた後もからかわれそうな予感を振り払うように、気合を入れた。


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