思い返す想い
笑いながらカリナに言い募る。あの時辛いと思っていた事も、なんだか嘘みたいに思える程、今は気が楽だ。
「言っとくけどね、ユーヴェンは私を撫でる時は赤くなんてならないからね?あんな反応するのカリナにだけよ」
くすくすと笑いながら言ったその言葉に、カリナが目をパチクリとさせた。
「…………ユーヴェンさん、ローリーの頭も撫でるの?」
呆けた顔で聞いてくるカリナに、頷く。
――もしかして、これは……。
考えながら、とりあえず正直に答える。
「ええ、時々だけど撫でられたわよ。アリオンが軽々しくそういう事やるなって毎回引き剥がしてて……。あ、アリオンが気持ち、に気づいてからは……その、撫でる前に……止めてた、けど……」
駄目だ。アリオンの事になると少し恥ずかしくなってくる。
そういえば、まだいつ……私への気持ちに……気づいたのか、アリオンに聞いてなかった。たぶん、ユーヴェンの撫でる手を止めてる時には気づいてたと思うんだけど……。
ふっとカリナを見ると、なんだか難しい顔をしている。
「ふぅん……」
カリナのムッとしたような声に、先程考えていたことを口に出す。
「……カリナ、拗ねてる?」
「!!」
私が覗き込んで聞くと、カリナは顔を真っ赤に染めた。
それが可愛くて思わず微笑んでしまう。
「ふふふ、そっかぁ。私まで撫でられてたの嫌だったのね。大丈夫よ、カリナじゃないと意識もしてないわよ、あいつ。ちょっと腹も立つけど、私は……今は、アリオンが撫でてくれる方が嬉しいから」
私が兄にも優しいアリオンを見て拗ねた時のような反応に思わずからかってしまった。
そして安心させようと思っている事を言う。ユーヴェンは私を弟達と同じような扱いをしている気がしてならなくて、それに対しては少し腹は立つ。けど、撫でられるならアリオンがいいな、と、今は思う。優しくて大きな手が頭を撫でてくれるのは、いつも心地良い。
――でも、アリオンの撫で方が心地良いのって前からなのよね……。
やっぱり以前からかなり好きなんだろうと思う。……恋愛感情で好きとかではなかったのだろう、けど……。
少し悩んでいると、きょとんとしたカリナが聞いてくる。
「……ローリー、ブライトさんに頭撫でられてるの?」
「あ……」
カリナの言葉に思わず声を漏らす。そういえばカリナには告白されてそれに応えたいとしか言っていない。
カリナが微笑んで私の顔を覗き込んでくる。
「ローリー、ブライトさんとの話、もっと教えて?どうして額にキスされたの?まだそこまで聞いてないよ?」
にこにこと笑って楽しそうに聞いてくるカリナに恥ずかしくなって目を逸らす。
今日は額にキスをされてカリナの家に早く来てしまった事を思い出す。まだ、考えるだけで心臓が壊れそうなくらい鳴ってしまう。
聞いてもらいたいけれど、一度頭が冷えるとまた言い出すのに勇気がいる。
「う……か、カリナの、話は?」
カリナの話を聞くという約束もあるので、聞いてみるけれど、カリナは笑っているままだ。
「私、一番話したかった事はもう言っちゃったよ?」
そうか。さっきの話で、私とカリナの間にわだかまっていたものは……もう、なくなったのだ。
だからこうやって、屈託なく笑い合えている。
ふっと口端が綻んだ。
ちらりと笑っているカリナを見て頬を膨らます。
「……私だって……カリナが話してくれるなら……もっと、聞きたいわよ?」
そう、私だってカリナに聞きたいことはまだあるのだ。保管庫の件とかも何があったのか聞いてみたい。
私がじっと見ると、カリナはそろりと顔を逸らした。その頬は赤い。
「……わ、私のは……す、スカーレットが来てから……一緒に、話す……から……」
「わ、私だって、スカーレットに……せ、説明しなきゃ、だもの……」
カリナの言った言葉に、それなら私もそうだと言ってみる。
カリナはにこっと笑って詰め寄ってくる。
「ローリー、それも!私聞きたいな。どうしてスカーレットにローリーとブライトさんの事を説明しなきゃいけなくなったの?」
「あう……」
ぐっと少し下がって声を漏らす。
確かに説明しなければいけない事が多いと思う。
「ふふふ。ね、ローリー。実はね、最近ローリー、ブライトさんの事ばっかり話してるなぁって思ってたの。その理由、教えて?」
「え!?そ、そうだった、かしら!?」
カリナが楽しそうに笑って言った言葉に驚きの声を漏らす。
全然気づいていなかった自分の行動に顔が真っ赤に染まる。
「うん、そうだったよ。……遊ぶ予定だった休日明けのローリーは、なんだか辛そうで……やっぱり、あの日見たのはきっとローリーだったんだって思ってたの。でも、その翌日にはすごくすっきりしてて……不思議に思ったの。気の所為だったのかな、とも思った。それから……なんだかブライトさんの話が増えて、ローリーが楽しそうにしてたから……。ほんとはね、それで言おうって……ちゃんと決心がついたの」
「そっか……。悩ませちゃったわね……。それにしても……あの日私が変だった事、カリナにもバレてたのね……」
やっぱりカリナは鋭い。あの日私が空元気でいることを見抜いていたんだ。
「『も』って事は……ブライトさんも、気づいてたんだね」
「う……」
カリナの言葉に観念して、肩を落とす。ちらりとカリナを見てから話し始めた。
「うん……アリオンも、気づいてたの。だから……その日、話を聞いてくれて……えっと……あ、甘やかして……くれたの……」
なんだか泣いたとは言い難くて、違う言葉にしたけれど……これはこれで違った気がする。
「ふふ、そっか……。……さっきブライトさんの受け売りって言ってた言葉も、その時?」
その少しだけさみしげに笑うカリナに、私はコクリと頷いた。言い難いけれど、ちゃんと言った方がカリナも安心するかもしれない。そう思った。
だから、息を吸ってゆっくりと喋り始める。
「そうなの……。あ、アリオンがね……その、泣かせてくれたの……。や、優しく話も聞いてくれてね、励ましてもくれて……。それでね、そうやってアリオンの前で……思いっきり泣いたら、すごく気持ちがすっきりしたの……。だからね、アリオンには本当に感謝してるのよ……。……そ、その後……こ、告白されたんだけど……そ、それも……す、すごく真摯に告白して、くれて……えっと、えっと……う、嬉しいなぁ……って、思ったの……」
安心するようにと思って、ちゃんとアリオンが泣かせてくれた事まで言ったけれど……。
思い出しながら言う話は、恥ずかしさでどうしても詰まってしまった。
あの時の事を思い出すと、アリオンにしてもらったことに顔が赤くなってくる。あの時のアリオンの言葉も、行動も……何もかもが、温かくて、嬉しくて……ふわふわする。
感じた気持ちは……あの時も、アリオンの想いを聞いた今も、変わらない気がする。ただ、その想いがあったと思うと……心臓が、ぎゅっとした。それは……アリオンの想いが……とても、嬉しかったから。
カリナに言いながら、マスターに言われた通りにゆっくり一つずつ考えてみる。
「そっか、だから応えたいって思ったんだね、ローリー」
カリナは優しい笑顔で、聞いてくれる。
そうだ。アリオンの想いが……応えたいって、好きになりたいって思うくらいに……嬉しかった。
ううん、それだけじゃなくて……私が返したのは……告白より前から思っていた、気持ちだった。