進む気持ち
カリナも笑顔を返してくれた事に安心して、続きを話す。
「私……その時のカリナとユーヴェンの様子を見て、心が痛んじゃったの。それでねやっとユーヴェンを好きだったことに気づいたのよ。ふふ、すごく鈍感よね」
「ローリー……」
カリナがとても悲しそうな顔をするので、安心させるように微笑む。
「私ね、あの日落ち込んでたの。カリナのあんな場面を見たのに助けられなくて、ユーヴェンを好きな気持ちに気づいてしまって……。そんな自分が情けなくて」
「そんな事ないよ!」
カリナのその言葉が嬉しくて、そんな悲しい顔をしてほしくなくて、カリナの頭を撫でた。
「大丈夫よ、カリナ。カリナがあの日、私をすくい上げてくれたから、私落ち込んだままじゃなかったわ」
「でも、私……そんな……」
私の言葉を聞いても、まだ悲しい顔のままだ。
「ふふ、カリナが確かに私を救ってくれたのよ。だから大丈夫だったの。さっきと同じように。ありがとう、カリナ」
優しく頭を撫でながら言うと、カリナの瞳が少しだけ潤んだ。そして、綻ぶように笑った。
「ローリー……。うん……」
カリナの笑顔に安堵して、撫でるのをやめる。そして笑った。
「それにね、もう過去の事よ?私、アリオンのお陰で前に進んでるもの」
カリナは私の言葉に目をパチパチとさせてから、優しく笑う。
「そっか、わかった」
「うん」
笑って頷いてから、息を吸う。
あの日の嘘も、告白しなければならない。
「それからね、カリナ。三人で遊ぶ予定だった日、本当は私……あなた達二人の様子を見て逃げ出しちゃったの。気分が悪くなったなんて嘘だったのよ。ごめんなさい」
「ローリー……いいの、謝らないで」
カリナは私の手を握って、眉を下げて笑った。
「でも、カリナとユーヴェンにいらない心配かけちゃったわ……」
優しい言葉に、二人に辛そうな顔をさせてしまった事を思い出す。
ぎゅっと、唇を噛み締めた。
カリナはふるふると首を振った。
「ううん。ローリー、私ね……ほんとは見てたの。ローリーが、走って帰っちゃうところ……」
カリナの言葉に、目を見開いた。あの日、確かにカリナは辺りを見回していた。
カリナが何も言えないようにしてしまった自分の迂闊さに私は目を伏せた。
「カリナ……。……そう、だったのね。ごめんね……」
頭を下げて謝ろうとすると、カリナが私の顔を覗き込んで来た。
「謝らないで、ローリー。辛かったんだよね……。私の方こそ、ごめんなさい」
カリナが辛そうな顔で謝ってくる。
私は首を振って否定した。
「ううん、違う。カリナは謝らなくていいのよ。だって、私が気づいた時にちゃんと言うべきだったの。ごめんなさい、カリナ。言わなくて……嘘を吐いて、カリナにも言えなくさせてしまって……ごめんなさい……」
カリナの翠玉色の目を見たまま、しっかりと謝る。カリナが握ってくれていた手を握り返した。
カリナは曖昧に笑ってから、目を伏せた。
「違うよ、ローリー。私だって言わなかった。ほんとは私だってちゃんと言うべきだったの。言えたのに、言うのが怖かっただけ。ローリーが噓を吐いたってわかった時、私だって……安心したの」
少し弱い声で言った言葉に、私は目を瞬かせた。
――安心?
「ローリーがはっきり言わなかったから、あれはローリーじゃなかったかもしれないし、ローリーだったのかもしれない。そう思えたの。それで……ローリーだったとしたら……ローリーがもしかしたらユーヴェンさんを好きかもしれないから、私はユーヴェンさんから離れなきゃいけないんだって……思ったの」
「カリナ……?」
ぎゅっと唇を嚙み締めながら、震えてきた声で言うカリナが心配で名を呼んだ。
「本当は……ユーヴェンさんの事を……いいなって思ってたの」
「うん」
私が頷くと同時に、カリナの目からぽたりと雫が一粒零れた。
それにはっとして、両手でカリナの手を握る。
「でもね……ほんとは怖かったの……。だんだんと……ユーヴェンさんに、惹かれてるってわかる、気持ちが……怖かった……。だから……言わなかったの、聞かなかったの。ローリーの事を……ユーヴェンさんと、向き合わない理由にしたの……。ごめんなさい、ローリー……。だから、ローリーは謝らなくていいの……」
カリナが涙を流しながら言った告白に、眉を下げた。
「カリナ……」
――私と同じだわ。
私も、カリナが気持ちをしまい込んでしまいそうだからと、カリナと、ユーヴェンと、二人共と向き合わない理由にした。
「ごめんなさい……」
紡がれるカリナの謝罪の言葉に、ハンカチを出してそっと目に当てて涙を優しく拭った。
「カリナ、泣かないで。あのね、私も同じよ」
微笑みながら、話し掛ける。
「え……?」
カリナが涙に濡れた目を瞬かせた。
「私も、カリナにユーヴェンを好きな事を言わないの、言ったらカリナが気持ちを閉じ込めちゃうかもしれないからって、言わない理由にしちゃったわ。……それに、ユーヴェンと向き合わなかったのもそう。カリナの気持ちを理由にした」
苦笑交じりに言いながら、カリナの涙を拭いていく。
「でも……それは、ローリーの優しさで」
拭き終わると、そっとカリナの頭をもう一度撫でる。
「なら、カリナのも同じよ。私に言わなかったのは、カリナの優しさだわ。ユーヴェンへの気持ちだって、私の事がなかったらカリナはもっと考えたでしょ?だからそれは、私への優しさなのよ」
私の言葉にカリナは苦しそうな顔をして、口を開いた。
「ほんとは……ローリーにも言って、向き合って……ユーヴェンさんの事もちゃんと……考えるべきだったもん……」
――ああ、本当に同じだわ。
そう思いながら、優しくカリナの頭を撫でる。
あの時のアリオンの言葉を思い出して、言葉を紡いでいく。
「今、ちゃんと向き合ってるじゃない。それに、これからでもユーヴェンの事は考えられるわ。遅いなんてことないのよ。それにね、カリナ一人で悩まなくていいからね。私でも、スカーレットでもいる。それにカリナには素敵な姉弟もいるもの。一人で悩まないでカリナ。ちゃんと、傍にいるわ。どんな風に考えても、何を選んでも、私はカリナの意思を尊重するわ。だからね、カリナがどうしたいかで決めていいのよ」
カリナを安心させる為に、なるべく優しい声で言いながら微笑んだ。
カリナの翠玉色の瞳が涙できらめいた。
「ローリー……ありがとう……ありがとう、ローリー」
そう何度も言いながら、涙を零すカリナに優しく笑う。
「ふふ、そうお礼を言われちゃなんだか悪い気がしちゃうわ。これ、アリオンの受け売りなのよ」
私の言葉に、カリナは目をパチパチとさせた。
「……そうなの?」
きょとんとしながら言ったカリナに頷く。
「うん……私が泣いた時にね、同じようなことを言って励ましてくれたの」
あの時の事を思い出すと、ぽかぽかと温かい。泣いていたはずなのに、思い出すのはアリオンの事ばかりだ。
自然と笑みが漏れた。
カリナはふふっと笑った。
「そうだったんだ。ブライトさん、素敵な人だね」
カリナのその言葉に、なんだか息が詰まった。少し、嫌な気持ちが湧く。
「カリナはユーヴェンを好きになればいいからね?」
言ってしまってからはっとする。これはなんだか、まるで。
――嫉妬、みたいな。
思ったと同時に、カリナの堪えられなかったような笑い声が聞こえてきた。
「ふっふふ……。ローリーってば、可愛い……。ふふ、ブライトさんはローリーの事が好きだもんね?ローリー以外の人は好きにならなくていいもんね?」
「!!」
カリナが少し意地悪そうに笑って言った言葉に、カッと顔を赤くした。
「ふふふ、ローリー真っ赤で可愛い」
そのカリナの言葉に、耐え切れなくなって思わず言い返す。
「か、カリナだって!ユーヴェンに頭撫でられた時真っ赤で可愛かったわよ!あれにはユーヴェンも惚れ直しちゃうわね?」
三人で遊ぶはずだった日に見たことを思い出しながら言った自分の言葉に、気づく。
――あれ?私……今、なんとも、ないかも……。
そういえばカリナに言う為にカリナとユーヴェンの事を思い返していても、今まで痛んでいたはずの胸は、一度も痛んでいなかった。
「ろ、ローリー!!」
カリナが顔を赤くして恥ずかしそうに言ってくる様子に、思わず笑みが溢れた。
その笑みには、アリオンだけを想えそうになった今の自分が嬉しい気持ちも入っていた。
――後は……アリオンを好きになるだけよね。
きちんと進んでいる自分の気持ちに、頬が緩んだ。