友人に伝える言葉
チリンと玄関にある呼び鈴を鳴らす。
急く気持ちを抑えて、そわそわとしながら相手が出るのを待つ。
まだ朝の冷たい空気が、火照っている頬を撫でた。
ガチャリと扉が開いて、翠玉色の瞳と綺麗で長い黒髪を持つ人物が現れた。
カリナだ。
「ローリー、何かあったの?急に朝早くから会いたいなんて……」
そう首を傾げるカリナになんだか安心して、抱き着いた。抱き着くとカリナも抱き締め返してくれる。
「カリナぁ……」
そんなカリナに気持ちが緩んで、弱々しくカリナの名を呼んだ。
「ローリー?どうしたの?とりあえず中に入ろ?」
そう言って、抱き着いたままカリナの家の中に入る。小さくお邪魔します、と呟く。
「お話聞くから大丈夫だよ、ローリー。落ち着いたらお話聞かせてね」
聞いてくれるカリナの声が優しくて、落ち着かせるように背中を撫でてくれるカリナに耐え切れなくて、まとまらない気持ちを言葉にしようと口を開いた。
「あ、アリ、オン……に……」
「?ブライトさんがどうしたの?」
不思議そうに聞くカリナに、抱き着いた腕の力をもう少しだけ強めて、言おうとする。
「き、きき……き、き……」
しかし、人に言おうとするとなかなかその単語が言葉にならない。ずっと、あの感触とアリオンの顔が、ぐるぐると頭の中を回っていた。
「?危機?ブライトさんに何かあったの?」
カリナが心配そうに眉を下げるので、ふるふると首を振った。
ちゃんと言わないと。あれからどうしようもなくて、眠れもしなくて、カリナに話を聞いてもらいたくて、カリナの家に朝早く来たのだ。
思い出すだけで、いっぱいいっぱいになって何も考えられなかった。
息を吸う。
そして、息を吐き出す勢いのまま言った。
「キスされたの!アリオンに!」
「ええ!?」
大きな目を限界まで見開いて、カリナが驚きの声をあげた。
一睡もできずにアリオンの額へのキスを繰り返し思い出してしまっていた私の頭は、全く働いていなかった。
***
「少し落ち着いた?ローリー」
眉を下げて聞いてくるカリナに、温かい紅茶が入ったカップを机の上に置く。
「う、うん……少し……落ち着いた、と思う……わ。ありがと、カリナ」
醜態を見せてしまった事に照れながらも、口角をあげて笑って答える。
でも、すぐにアリオンの所業を思い出してしまって唇にきゅっと力を入れた。
あれからとても驚いたカリナに、私は顔を真っ赤に染めたまま「額に、キス、アリオンに」と、何とか概要だけを伝えた。
カリナは「ちゃんと聞くから、部屋に行こ」と言ってくれてカリナの部屋に案内してくれた。クリーム色を基調とした部屋は、とても可愛らしい。若葉色のソファーと机も可愛い。以前来た時と同じで、なんだか落ち着いた優しい雰囲気にほっとした。
そしてカリナが紅茶を用意した後、二人掛けのソファーに一緒に座って今に至る。
「ローリー、聞いてもいい?」
カリナが優しく微笑みながら言う。
「うん……」
そのカリナの言葉に頷く。
「ブライトさんに、額にキスされたんだよね?」
カッと顔が赤くなった。さっき何とか伝えた概要だ。
思い出すと、また心臓が鳴り始める。
顔を真っ赤にしたまま、カリナの言葉にコクリと頷いた。
「そっか……。どうしてそうなったか、聞いても大丈夫?」
優しく聞いてくれるカリナに、何から話そうか迷う。今日は全部を話す為に来た。
だから全てを話すべきだと、私は思っていた。
アリオンの行為で頭が働かなくなっていたけど、カリナが優しくしてくれたお陰で少し落ち着いてきた。
一度、深呼吸をした。
「うん。今日はね、もともとその話をする為に来たの」
カリナは少しだけ目を丸くしてから、緩く微笑んだ。
「そうなんだね。じゃあ……教えてくれる?」
そう言ってくれたカリナに、私も微笑む。
「うん。カリナも、お話あるんだよね?私が先でもいい?」
「いいよ」
きっと、私がアリオンを好きになりたい事を伝えてからの方が、カリナも言いやすいと思う。
「ありがとう。聞きたいこととか……言いたいこととかあったら、遠慮せずに言ってね」
「うん、わかった」
頷いたカリナに安心して、話し始めた。
「カリナ。まず、聞いてほしいのはね……。私……あの、あ、アリオンに……こ、告白、されたの……」
少し吃りながら、それでも伝えた言葉にカリナは目を見開いた。
「!!そっか、そうだったんだね。ブライトさん、ローリーの事やっぱり好きだったんだ」
カリナの言葉に目をパチパチさせてしまった。
「や、やっぱり、なの?」
そういえば、騎士団でもバレバレだと言っていた。
カリナは人の気持ちに敏いし、なんとなく分かっていたのだろうか。
「あ、えっと……ブライトさんのローリーに対する態度見ててね、あんなにローリーを大切にしてるのに恋愛的に好きとかじゃないんだなぁって思ってた、というか……」
その言葉にはっとする。そう言えば遊んだ時にカリナもスカーレットもアリオンの言動に驚いていた。
「カリナ、遊んだ時……誤解した女の子達の気持ちがわかったって言ってたものね……」
私がそう言うと、カリナは頬を掻いて苦笑した。
「うん、そうなの……。……ローリー、なんて返事したの?」
優しく聞いてくれた事に安堵して、口を開く。
「あのね……あ、アリオン、すごく真摯に……こ、告白してくれたの。……わ、私の事、昔から、好きだった……みたいでね……。アリオンも最近まで気づいてなかったみたいなんだけど……。そ、それでね……す、少しでいいから、考えてほしいって……言われたの」
「うん」
赤くなっていることを自覚しながら、アリオンの事を話す。思い出すと、心がぽかぽかと温かくなる。
そう、私は。
「私ね、アリオンの告白……すごく、嬉しかったの」
思わず口端が緩んだ。
「アリオンが私に傍にいてほしいって言ってくれて、嬉しかった。私の事が大切だって言ってくれて、嬉しかった。甘えて頼っていいって言ってくれて、どうしようもなく嬉しかったの。だからね私、アリオンに……アリオンの事を好きになりたいって、アリオンの想いに応えたいって、答えたわ」
カリナの翠玉色の瞳と私の瞳を合わせて真っ直ぐ言う。
――今の私の、素直な気持ち、だから。
カリナは少し目を瞠ってから、優しく目を細めて笑ってくれた。
「そう、なんだね」
「うん、そうなの。だから……私の事、気にしなくていいのよ、カリナ」
私の言葉に、カリナは目を見開いた。微笑みながら、カリナに話し始める。
「カリナ。私ね、全然気づいてなかったんだけど、ユーヴェンの事好きだったみたいなの」
言いながら苦く笑う。
カリナは私をじっと見て、黙ったままだ。
「カリナにも聞かれたのに、気づかなかったのよ。……実はアリオンにも聞かれたんだけどね、それでも全然気づかなかった」
ゆっくりと話していく。その時の事を思い返しても、どんな気持ちだったかは思い出せるのに、今の感情は伴わない。
「それでいつの間にかユーヴェンとカリナが少しずつ近づいていっていることに、落ち込むようになっていったの。でもきっと、友達を取られるみたいで悲しいんだって、ずっと思ってた」
カリナは、辛そうな顔をする。そんなカリナに私は柔らかく笑った。
――私は大丈夫。
そう伝わるように。そうしてから、眉を下げて謝る。
「カリナ、私、廊下で貴方が絡まれた現場に本当は居たの。すぐに助けられなくて、声を掛けられなくて、ごめんなさい」
カリナが目を丸くして息を飲んだ。そして首を思いっきり振った。
「謝らないで、ローリー!だって、助けようとしれくれてたんでしょ?それでたまたまユーヴェンさんが早かっただけ。だから、私が言う事は変わらないよ。いつも助けてくれてありがとう、ローリー。それとね、廊下で絡まれた時も助けようとしてくれてありがとう。やっぱりどんな時でも助けようとしてくれてた!ローリーはやっぱり頼りになるね!」
私が以前言った、助けようとしたという言葉を一切疑わずに感謝を伝えてくれるカリナに、少しだけ、目が潤んだ。
――カリナは、本当に……優しくて眩しくて……最高の友達だわ。
「ありがとう、カリナ」
満面の笑みでカリナにお礼を伝えた。カリナに対して屈託なく笑えるのが、嬉しい。
ふっと優しく笑っているアリオンの顔が思い浮かんだ。
――アリオンのお陰、ね。
自然と笑みを漏らした。