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楽しい関係性


「ローリー、リュドさんにちょっかい出されてねぇか?」


 マスターとリュドさんと話していると、お手洗いから戻って来たアリオンが背後から話し掛けてくる。


「わっ!アリオン!」


 それに驚いて声を出してしまった。


 さっきマスターとリュドさんとしていた話は聞かれていないだろうか。流石にあの話を聞かれていたら恥ずかしい気がする。でもアリオンは聞き耳立てるような性格じゃないし、いらない心配だ。


「坊主も俺に対して遠慮ねぇな……」


 リュドさんが苦笑しながら言う。


 アリオンは少し肩を竦めて答える。


「マスターは信用できますけど……なんかリュドさんは……いまいち……」


「奢ってやるのに酷え言い草だな、おい!」


 アリオンの言葉にリュドさんが突っ込む。思わずふふっと笑ってしまった。


 アリオンもからっと笑った。


「はは、半分冗談ですよ。感謝してます」


「半分かよ!」


 アリオンの言葉にまたリュドさんが突っ込んだ。更に笑ってしまいそうになるのを必死に抑える。

 マスターも少し肩を震わせていた。マスターはこの前も肩を震わせていたし、意外と笑い上戸なのかもしれない。


「冗談ですよ。ありがとうございます、リュドさん」


 今度はちゃんとお礼を言って笑うアリオンに、リュドさんはため息を吐いてから仕方なさそうに笑った。

 リュドさんは一見強面で厳しそうな印象の見た目だけれど、かなり優しいと思う。私にも色々助言や楽しい話をしてくれて、アリオンの冗談まで許してしまうんだもの。


 そう考えながら笑っていると、アリオンが覗き込んで来た。


「で、何もねぇか?」


 そうやって笑いながら聞いてくるアリオンはやっぱり過保護で心配性だ。

 何もなかったとは思っているのだろうけど、聞かないと気が済まないのだろう。スカーレットに怒られているのを見た次の日だって、大丈夫だろうと思っていた癖に聞いてきていた。


 思い返すとまたアリオンの行動に秘められた想いに気づいてしまって、唇に力を入れた。


「ないから大丈夫。……何かあったら言うわよ……ちゃんと」


 私が顔を背けながらそう返す。


 ――ちゃんと何かあったら言うと、アリオンと約束したもの……。


 ちらりとアリオンを見ると、灰褐色の目を細めた、とても優しい表情を浮かべていた。


「ん、そうか」


 その優しい笑みに、またきゅっと唇に力が入った。


 そうしていると、マスターが朗らかに笑いながら問い掛けてきた。


「ほっほ。お二人とも微笑ましいですねぇ。そういえば、昔からよく遊んでいたようですが、お二人だけで出掛けることもあったのですか?」


 『そういった話が好き』な、マスターらしい問い掛けだ。


 ――アリオンが来る前だって散々色々聞かれたもの……。


 だから学園の話をほぼ洗いざらい喋ってしまった。そこからあのアリオンが気づかなかった理由の話になって……。


 ――か、考えるのはやめて、早くマスターの話に答えちゃおう……!


 あんまり考えるとまた顔が赤くなってしまいそうだった。


「実は、もう一人がよく遅刻してて……結局二人で遊んだって事はよくあったんですけど、最初から二人っていうのはなくて……。でも……その……明後日……は、初めて……最初から、二人だけで……出掛けるん、です……」


 明後日の事を思い浮かべると、自然と笑顔になる。

 ふとアリオンを見ると、なぜか知らないけど手で顔を覆っていた。


 マスターは楽しそうに笑いながら返してきた。


「おや、それは良い事を聞きました。初デートになるんですねぇ。ブライトさんにぜひエスコートしてもらってはどうですか?」


 アリオンが手を外してぱっとマスターを見るので、アリオンが口を開く前に私が手を挙げて宣言する。


「あ、明後日のは全部私の奢りなので!私がエスコートします!」


 アリオンは絶対マスターの言葉に同意して、私に奢られるのをどうにか回避しようと考えていたに違いない。


 私がにこにこと笑いながらアリオンを見ると、思った通り悔しそうな顔をしていた。


「意気揚々と宣言すんなよ……。お前ほんとに俺に出させる気がねぇな……」


 少し眉を寄せて拗ねたように言うアリオンに得意気に笑って返す。


「最近あんたに奢らせてばっかだもの。明後日ぐらいは私がもてなしてあげるわよ」


 私がそう言うと、アリオンは溜め息を吐いてから仕方ないように笑った。


「ほっほ。良い関係ですねぇ。互いを思い合う関係でいられるのは大事ですよ」


 マスターが褒めてくれるので嬉しくなる。


「えへへ、ありがとうございます」


 その会話にリュドさんが笑いながらアリオンに話し掛ける。


「坊主は初デートなのに奢られちまうのか。坊主、不貞腐れてるだろ?」


 アリオンはリュドさんに言われた通り不貞腐れたように返す。


「そりゃ……そうですよ。折角の初デートなのに……。でもこいつは言い出したら聞きませんから。まあ、次デートする時には俺が出します」


 そんな事を返すアリオンにすかさず突っ込む。


「そうされたら奢る意味ないじゃない」


 少し頬を膨らませて返す。お礼のつもりで明後日は奢るつもりなのに、次のデートで奢られてはまた今と同じようになってしまう。

 けれど……。


「お礼になんか買ってくれるって話だっただろ?それで十分だよ」


 アリオンがそう言ってくるので、ジトッとした目で見据えながら返す。


「ちゃんと選んでよー」


 この前はお礼に欲しい物を選ぶという事に対して、しっかり言質を取れなかったので今回はきちんと詰める。


「わかってるって」


 眉を下げて笑いながら返すアリオンに安心して笑みを零す。


「ふふ、ならいいわ」


 ――何回も、奢ったり奢られたりを繰り返しながらデートするのも……楽しそうよね。


 そんな事を、考えた。


「……この様子では『あの』アシストは必要もありませんでしたかねぇ……」


「マスター……坊主への『あの』拷問、アシストのつもりだったのかい……?」


「ほっほ。少し恋のスパイスになればと思いましてね」


「……マスター……それ爺さんっぽいぞ……」


「……もともと爺ですからそう言われるのは問題ありませんが……それはそれとしてウイスキーの新しいボトルでも入れておきましょうか?ちょうど50年物の良いものが入ったのですよ」


「マスター!?それめちゃくちゃ高えやつだよな!?」


 コソコソとマスターと何かを話していたリュドさんの大声に、アリオンと一緒に振り向いた。


「そうですねぇ……これぐらいです」


 マスターはリュドさんに何か紙を見せられている。それを見たリュドさんは真っ青だ。


「おや、ウイスキーが特にお好きなリュドさんに一番にお声掛けさせて頂いたのですよ。50年物のウイスキーなんて滅多に入荷しませんからねぇ……。リュドさんがいらないと仰るなら別の方にお声掛けしませんと……」


 その言葉に目をパチパチさせる。ウイスキーの年代物は……確か以前両親が顧客の為に手に入れようとしていて相当苦心していたような気がする。何年ものかまでは覚えていないけれど、お酒の50年は結構な年数になる。しかもウイスキーは蒸留酒だ。醸造酒であるワイン等より製造には手間がかかる。

 そういった手間をかける分だけ、入手に苦労がある分だけ、物の値段は上がっていく。そう考えるとあの紙に書いてある値段は相当だろう。


「……ウイスキーの年代物ってかなり高えよな……」


「ええ。たぶん零が六つくらいはついているんじゃないかしら?」


「そんなにか……!?」


「たぶんね」


 アリオンとそう小声で会話を交わす。私の両親は商会勤めなのでそういった物の価値は生活で役立つ程度にではあるが教わっている。

 アリオンやユーヴェンともそんな会話はよく交わしていたので、私に聞いてきたのだろう。


 アリオンが感嘆の溜め息を吐きながら、またリュドさんの方を向いた。リュドさんがどうするか気になっているのだろう。

 私もリュドさんの様子を見る。


 マスターの言った通り、ウイスキーの50年物は滅多に入荷しない物だろう。それに対してリュドさんは高いお金を払って手に入れるのか、それとも高いからやめてしまうのか。それが純粋に気になった。


「……50年……年代物……ウイスキー……滅多に手に入らない……」


 ブツブツとリュドさんは独り言を漏らしている。


「ぐっ……!!……よし……!!」


 リュドさんが何かを決意したように手をぐっと握り締めた所でマスターがにっこりと笑んだ。


「なんて冗談ですよ。きちんと皆様に飲んで頂きたいですからねぇ。ボトルキープはやっておりません。高額ですしね」


「えぇ!?」


 リュドさんが気が抜けたように崩れ落ちる。マスターはそれをにっこりと笑ったまま見ていた。


 私とアリオンは目を見合わせた。これは笑ってもいいんだろうか。

 そう思いながらも、口元が少し緩んでくる。


「ほっほ。一杯でも少し高めにはなりますが、手軽に楽しめる方が良いでしょう?」


 マスターは楽しそうに笑っている。これは完全にリュドさんをからかっている。


「すげぇ悩んだのに……そりゃないぜ、マスター……」


 ガックリと肩を落とすリュドさんに、マスターは朗らかに言った。


「ほっほ。リュドさんが即決でしたら少しは考えましたがねぇ。それと、やはりリュドさんはもう少し考えて言葉を出した方が宜しいですよ」


「マスター、それはどっちを推奨してんだ!?」


「それは臨機応変ですよ、リュドさん」


「マスターのそれは難しい気がするんだが!?」


「ほっほ。私の歳までには身につけて下さいねぇ。いずれリュドさんも爺になるのに、そのように考えなしに口に出されては敵いませんからねぇ」


「マスター、俺が爺さんって言ったこと気にしてんだな!?悪かったよ!」


「ほっほ。何のことですかねぇ」


 そのマスターとリュドさんの軽快なやり取りに、アリオンと一緒に笑いを抑えきれなくなって、声をあげて笑ってしまった。


 マスターは朗らかに、リュドさんは苦笑しながら、笑ってしまった私達を優しく見てくれていた。


 ……しかし、マスターの地雷はしっかり覚えておこう……。


 きっと、アリオンもそう思っているだろう。そう考えると、更に楽しくなった。


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