大切な宝物
私の零れた笑みに、マスターが柔らかく笑ってくれた。
「ほっほ。ガールドさんの可愛らしい笑顔を引き出せたので良しと致しましょうか」
そのマスターの言葉にリュドさんは胡乱な目を向ける。
「マスター、自分のそれはいいのかい……?」
マスターはリュドさんの言葉に朗らかに笑った。
「私は爺ですから」
「……年齢が関係あったのか……」
神妙に頷いたリュドさんにマスターが鋭く突っ込む。
「リュドさんは私の年齢になっても駄目ですけどね」
「はあ!?なんでだ!?」
仰天して返すリュドさんにマスターは朗らかな笑みのまま返した。
「見た目ですかねぇ」
「ぐっ……!」
マスターの言葉に悔しそうに唸ったリュドさんは確かに……少し厳ついから、マスターのような柔和な見た目にはなりそうにない。
笑っては失礼だと思ったけれど、思わず更に笑ってしまった。
「ふふふ!」
「ほっほ。ガールドさんに笑って頂けるなんて光栄ですね。しかしあまり可愛らしい顔を引き出していると、ブライトさんに嫉妬されてしまいそうです」
「!!」
マスターににっこり笑いながら言われてカッと赤くなってしまう。
アリオンの嫉妬のような感情には心当たりがある。ユーヴェンに対して私に触れさせなかったり、私とユーヴェンの噂が嫌だと言っていた。
それを思い出すと恥ずかしくなってくる。
「おや、ガールドさんも心当たりがありましたかな?」
笑いながら首を傾げたマスターに、言葉が出なくなってしまった。
そんな私に対して、リュドさんが同情するような声音で言ってくる。
「嬢ちゃん、マスターはそういう話大好物だから気をつけることだな……」
「う……はい……」
そうリュドさんに返事をしたけれど、もう手遅れなような気がする。
「ほっほ。よければブライトさんとのお話を聞きたいですねぇ。昔からのご友人なのでしょう?」
朗らかに笑いながら質問してくるマスターには、やっぱり敵う気がしなかった。
***
「そんな、感じ……です……」
アリオンとの出会いから始まって学園の頃の様子を結局聞かれるがままに話してしまった。
マスターもリュドさんも聞き上手なのが悪いと思う。
お酒を飲みながら話したけれど、恥ずかしいものは恥ずかしい。今回はマスターが酒量を調整してくれた上に、マスターがお水を勧めてくるので、時々お水を飲んでいた為に頭ははっきりしたままだ。
――正直もう少し酔いたい気分だったわ……!
でもあまり酔ったらアリオンが心配しそうだし仕方ない。最後とばかりにグイッと水を飲んだ。
「ほっほ。流石ブライトさんですねぇ。ご自身の気持ちに気づかない間もガールドさんをずっと大切にされているとは」
「にしてもそこまで大切にしてたらもう少し早く気づいてもよさそうだけどなぁ……。あの坊主、学園の時ほんとに気づいてなかったのか?」
リュドさんの言葉に顔を上げる。アリオンから気持ちに気づいたのは最近だと聞いた、という事も話してしまった。
――だって聞かれちゃうし、なんか答えられない雰囲気じゃなかったもの……!
つい心の中で言い訳する。
「ブライトさんが気づかなかった理由なら、なんとなく推測はできますが」
「え」
その言葉にパッとマスターを見る。
「すげぇなマスター。そんなことまでわかっちまうのか」
リュドさんも感心した様子で聞く。
「ほっほ。推測に過ぎませんがね。ガールドさん、失礼ですが……ガールドさんの好きな方と言うのは、もしかしてブライトさんの親友、という方ですかな?」
「!そんなことまでわかっちゃうんですか……!?」
もしかして学園時代の話でそんな感じの話し方をしていたんだろうか。それはまだユーヴェンを好きだと言う証拠で……少し落ち込む。
「ああ、ガールドさんの話し方でわかった訳ではありませんよ。ガールドさんの話し方では好きな方が誰か、など分かりませんでした」
マスターのその言葉に首を傾げる。ならどうしてわかったのだろう。
「ガールドさんを学園の時もしっかりと守っているブライトさんがご自身の気持ちに気づかない状況は何かと思いましてね。もしかするとそれは……気づかないのではなく、無意識に『気づかないようにしていた』のでは、と考えたのですよ」
「えっと、それ……って……」
私がユーヴェンを好きで……アリオンは自分の気持ちに気づかないように、していて……。
アリオンはきっと私が気づく以前から……ユーヴェンが好きなんじゃないかと気づいていて。そうじゃないと、居酒屋でいいのかなんて、聞かれなかったはずで。
そうすると……。
「はー、なるほどな。あの坊主、その親友と嬢ちゃんがくっついた時の為に自分の気持ちが邪魔にならねぇようにしてたのか」
リュドさんがマスターの推測を聞いて気づいた事を纏めた言葉に、耳まで熱くなった。
「もちろんご自身が親友とガールドさんへの恋心の間で傷つきたくないという予防線のような感情もあると思いますよ。人間ですしね。しかしブライトさんの性格を鑑みれば、きっとガールドさんの親友への恋心を邪魔したくなかったのではないでしょうか。ガールドさんの為になるならば、ご自身の想いなど些末な事だと考えていそうです」
マスターの推測は……なんとなくだけれど当たっていそうな気がする。
だって、いつもユーヴェンが触れる前に止めるなんて事も……この前まではしていなかった。小言は言っていたけれど、前まではユーヴェンが触れてから引き剥がしていた。
それはきっと、アリオンが自分の気持ちに気づいていないからできていた事だったんだと思う。
「むしろ、ガールドさんと親友がくっつくならば祝福しよう、などと以前の様子だと考えていそうでしたからねぇ。その為にはブライトさんご自身のお気持ちは邪魔だと……無意識に思っていたのでしょう。だからずっと気づかなかった……いえ、気づかないようにしていたのだと、思いますよ」
「はっは!ほんとあの坊主、不器用な恋の仕方だなぁ!でも嬢ちゃんの事をずっと、一番大切な宝物みたく守ってるなんて恐れ入ったわ!」
マスターは優しく、リュドさんは豪快に笑いながら。
アリオンが気づかなかった理由に、全身が真っ赤に染まった気がした。
――一番大切な、宝物……。
リュドさんが言った言葉に、ぎゅっとスカートを握った。
そんな風に想われていたとしたら……すごく嬉しい、と、そう思った。
マスターはなんだか楽しそうに更に考えている。
「最近になってブライトさんがご自身の気持ちに気づいたのは……ガールドさんが親友への気持ちを否定するような事があったから、でしょうか?」
「!!」
思わずバッとマスターを見る。確かに居酒屋でそんな話をしたからだ。
「おや、当たりのようですね」
マスターは朗らかに笑うので、思わず反応してしまった事に顔を伏せた。
「気づくきっかけも不器用だなぁ、あの坊主」
リュドさんも苦笑交じりに話している。
「ほっほ。実はその親友さんがガールドさん以外の人を好きになったからとも考えていたんですがね……。……ふむ……両方の可能性もありますか」
「なるほど?嬢ちゃんから気持ちを否定された上に、親友には別の好きな人ができた。だからやっと自分の気持ちに気づいたって事だな?」
補強されていくアリオンが気づいた理由に、何も言葉が出なくなる。両手で顔を覆った。
「ええ。その二つが重なった、というのが、長年ご自身の気持ちに気づかないようにしていたブライトさんがやっと気づこうとした強い理由になるかと。親友がガールドさんを幸せにしてくれないのは流石に看過できなかったのでしょう」
「そうなると、ますます不器用だなあいつ。そこまでにならねぇと自分の気持ちに気づこうともしねぇとか」
マスターとリュドさんが交わす会話に耐え切れなくなって、カウンターに突っ伏す。
「ほっほ。きっとブライトさんも無意識でしょうから、どんなに話しても答え合わせはできませんがね」
「いやぁ、マスターの推測だから十中八九そうだと思うがな」
アリオンの何もかもが、私への想いの深さを表していて……どうしたらいいのか分からない。
学園時代の事を話した時に、アリオンのしてくれた多くの行動に改めて気づいてしまった所だったのに。
マスターとリュドさんから、とんでもない爆弾を落とされてしまった。
アリオンが自分の気持ちに気づかなかった理由も、そして気づいた理由でさえ……私の事を想っていてくれていたからなんて、想像さえもしていなかった。
私をずっと……本当に、一番大切な宝物みたいに守ってくれていたアリオンの想いに、心臓がぎゅうっとなった。