マスターの助言
私の言葉にマスターは優しく微笑んだ。
「ほう……どのように言ったかは分かりませんが、ガールドさんも分かられているということは、きっと真摯な告白だったんでしょうねぇ」
「う……」
マスターの言葉に思わず顔に熱が集まった。
確かにアリオンの告白は自分の想い全てを話してくれるような、真摯な告白で……その上私に溢れる想いを全て伝えてくるように何度もアリオンの気持ちを言ってくれる。
思い出すと、頭も心もふわふわしてくる。
マスターはそんな私の様子を見て、嬉しそうに笑った。
「ほっほ。でもその様子だと告白されて嬉しかったようですね、ガールドさん」
「!!……はい……。う、嬉しかった、です……」
言い当てられた事に驚いてしまう。そんなに態度に出ていたんだろうか。
「お、じゃあ付き合ってんのかい?」
私のその言葉にリュドさんが聞いてくる。
少ししどろもどろになりながら答えていく。
「いえ……その……あの……私……好きな、人がいて……だから……まだ、付き合って、ないんです……。でも……その人には別に好きな人がいるので……私諦めてて……。だから……告白してくれて……嬉しかったので……その……あ、アリオンの事を……す、好きになりたいって……返事しました……」
改めて人に話すとなると恥ずかしさに顔が赤くなる。
「そうですか。前向きな返事をされたんですね」
マスターは優しく笑ってくれた。
「おお、いいじゃねぇか!」
リュドさんは豪快に笑いながらそう言う。
「は、はい……」
私は二人の言葉に手を組んだり解いたりしながら頷いた。
そんな私の様子を見たマスターは優しく目を細める。
「ほっほ。まずはゆっくりでいいんですよ。きっと今は戸惑いも大きいでしょう」
そのマスターの言葉をもどかしく感じて、思わず言葉が出た。
「でも私、早く……アリオンの事……す、好きになりたくて……」
私の言葉にマスターは目を瞬かせた。
「おや、どうされたんですか?焦らなくてもブライトさんのお気持ちはすぐに変わるようなものではないと思いますよ」
マスターの言葉は嬉しいけれど、でも……早く、と、なんだか焦ってしまう。
「だ、だって……アリオンの彼女、になれたら……アリオンに……い、色々……してもらえるの、かなって、思いまして……」
言ってしまってからはっと気づく。マスターはこの前も緊急用伝達魔法とかについて助言をくれたから思わず言ってしまったけれど、これは言ってよかった内容なんだろうか。
そろりと視線をあげると、マスターは困ったように笑っていた。
「ガールドさん、そういった事は男性相手にあまり口に出さない方がよろしいですよ。ブライトさんにもできれば言わない方がいいでしょう」
やはり駄目な事だったらしい。しかもアリオンにも既に言ってしまっている事にバツが悪くなって目を逸らして謝る。
「う……す、すみません……」
「……こりゃ……あの坊主苦労するな……」
リュドさんからも呆れたように言われてしまった。
「……もしかしてもうブライトさんにも言ってしまいましたか?」
私の様子にとても鋭いマスターは気づいたのだろう。観念して白状する。
「はい……言いました……。アリオンにも注意されました……」
「わざわざ注意するとは……あの坊主、あんたの事大切にしてんだなぁ……」
リュドさんが感心したように言った言葉に、口端が綻ぶ。
――怒られたり……注意されるのは……アリオンが私を、大切にしてくれてるから、なんだ。
アリオンの優しさに、また気づけた事が嬉しい。
マスターはなんだかしたり顔でリュドさんの事に頷いた。
「そうでしょう。ブライトさんはとても紳士な方ですからね。しかしガールドさん、もう少し考えて話さねばなりませんよ。貴方は可愛らしい女性なのですからもっと危機意識を持ちませんと。ブライトさんを心配させてしまいますよ」
マスターから私も注意をもらってしまう。
私はしゅんとしながらマスターの言葉に頷く。
「気をつけます……。アリオンの事、心配させたい訳じゃないので……」
「そうですね。ガールドさんがその気持ちを忘れなければ大丈夫です」
「はい」
マスターが優しく笑ってくれたので、私も少し笑って返事をする。
「にしても……嬢ちゃん、そんな風に思ってるって事はあの坊主の事かなり好きなんじゃないか?」
リュドさんから投げかけられた質問に、顔を赤く染めてしまう。
「リュドさんは情緒というものが足りませんねぇ……」
マスターはリュドさんの質問に呆れた顔だ。
「嬢ちゃんの気持ちをはっきりさせる事も大事じゃねぇか」
にっと楽しそうな笑みを浮かべるリュドさんをちらりと見てから答える。
「えっと……アリオンの事は……正直、かなり好きだと……思います。だって……昔からずっと、アリオンはその……信じれて、頼りになって……甘えられる……人、だから……」
「ほうほう」
恥ずかしくなりながら答える。
思えば学園の頃から私は意外とアリオンに甘えている所があったと思う。男子の集団の中は正直私だって気を張っていたけれど、アリオンとユーヴェンとは気楽に付き合えた。だから……元々二人は、特別だったのだと思う。
ユーヴェンへの特別は、恋愛的に好きだと言う意味で……アリオンへの、特別は……きっと、私が気負わずに喧嘩もできて、それでいて甘えられる……という、意味で。
けれど。
「でも……その、恋愛的な意味で……好きにならないと……アリオンの……真っ直ぐな想いには、応えられないなって……思ってて……」
特別でも、ちゃんと恋愛的に特別じゃないと……アリオンへ、返事ができない。
私の言葉にリュドさんは戸惑った顔をする。
「んな事ねぇとは思うけどなぁ。もっと気楽に付き合えばいいんじゃねぇか?」
その言葉に目をパチクリとさせる。
「リュドさん、それはガールドさんとブライトさんで決める事ですよ。ちょっと口を出し過ぎです」
だが、私が答える前にマスターがリュドさんに厳しい声で糾弾する。
「ああ……そうか」
リュドさんはマスターの声に申し訳なさそうに頷いた。
「気楽に……でも……」
そんな二人の声を聞きながらも、リュドさんの言葉を少し考えてしまう。
――気楽に考えるなら……付き合ってしまえば……いいのかもしれないけど……。
でも、アリオンは……あんなに真っ直ぐ、深く想ってくれている。それなら……私も……できるだけ、同じような想いをアリオンに返したい。
考え込んでいた私に、マスターが諭すように告げる。
「ガールドさん、あまりリュドさんに言われた事は考えなくていいですよ。焦らずに、しっかり考えてブライトさんに返事をすればいいんです。それをブライトさんも、ガールドさん自身も望んでいるのでしょう?」
焦らずに、という部分を強調したマスターは私がアリオンを早く好きになりたくて焦っていた事も分かっていたのだろう。
「マスター……。はい、わかりました」
なんでも見透かすようなマスターには、なんだか敵う気がしなくて。
マスターに言われた通り、焦らずにしっかり考えようと思った。だって緊急用伝達魔法も、マスターの助言のお陰でうまくいったのだから。
「……そうだな。嬢ちゃん、しっかり考えて坊主と向き合ってやんな」
リュドさんも優しくそう言ってくれるので、お礼を言う。
「あ、ありがとうございます。えっと、リュドさん、でいいんですか?」
ついでにちゃんと呼び名を確かめると、にっと笑って返ってきた。
「おう、構わねぇよ。俺は嬢ちゃんって呼ばせてもらう」
「ふふ、はい。リュドさんもありがとうございます」
アリオンの事も坊主呼びだし、きっとこれがリュドさんの人との距離感の取り方なのだろう。
こういったお店での出会いだから、リュドさんなりに気を遣っているのかもしれない。
「いや、余計な事言っちまって悪かったな」
「いえ、大丈夫です」
そんな風に話していると、マスターから声がかかる。
「ああ、お話が過ぎましたね。ガールドさん、何がよろしいですか?」
マスターから言われてやっと私もまだ注文していない事に気づく。
「またマスターのオススメでお願いします」
以前と同じ頼み方をすると、マスターは朗らかに笑ってかしこまりました、と言ってくれた。
「お、じゃあマスター、俺のオススメも出しといてくれ。さっきの詫びに俺が奢るわ」
「え、いいですよ、そんなの気にしないで下さい!」
リュドさんから言われた言葉に目を見開いて遠慮する。
「構わねぇから気にすんな!俺は若い娘に奢んのが人生の楽しみみたいなもんだからな!」
豪快に笑いながら言ったリュドさんに私は見開いた目をパチパチとさせてしまった。
「リュドさん、その言い様は感心できませんよ」
マスターが呆れた様子で突っ込む。
それに怯むことなく、リュドさんはにっと笑った。
「そんな事言わずに、な、マスター!」
「はあ……仕方ありませんねぇ。ガールドさん、この方のお詫びの気持ち受け取っておいて下さい。リュドさんはこれでもお金はしっかり稼いでいる方ですし、まあまあ信用できる方ですから奢られても大丈夫ですよ」
「マスター、なんか棘ないかい?」
「ほっほ。気のせいですよ」
マスターの仕方なさそうな言葉とリュドさんのジト目での言葉のやり取りに笑ってしまう。
「あ……えっと……では、お言葉に甘えて……。ありがとうございます、リュドさん」
マスターの言葉に従って受け取ることにして、リュドさんにお礼を述べる。
「はは!若い娘に感謝されんのはいいねぇ!」
「リュドさん、次そのような事を仰っしゃれば出入禁止です」
マスターがリュドさんの言葉に対してピシャリと釘を刺す。
リュドさんは目を丸くした。
「マスター、その言い方本気だな……!?」
「私はいつでも本気ですよ」
朗らかに笑っているはずなのに、なんだかその笑顔は怖い気がする。
リュドさんは椅子を少し後ろにずらした。
「わかった!もう言わねーから!」
「ほっほ。理解れば宜しいのです」
「……マスターはおっかねぇなぁ……」
ポツリとリュドさんが呟いた言葉は私の所まで届いた。ちらりとマスターを見ると、また同じ笑顔だ。
「よっぽど出入禁止になりたいんですねぇ、リュドさんは」
「いえ!滅相もない!申し訳ありませんでした!」
そう言って頭を下げるリュドさんは、マスターに完全に手玉に取られているように思える。
この前マスターがこの店での安全を保証すると言った言葉が思い出される。きっとこの店でマスターに敵う人はいないように思う。
「ふふふ」
そう考えると自然と笑いが零れてしまった。




